【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

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 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。

原賠審議事録を読み解く

 原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。

 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。

 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。

 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。

 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。

 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。

 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。

原賠審委員名簿

役職 氏名肩書き
会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授
会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授
委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事
委  員江口とし子元裁判官
委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授
委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授
委  員古笛恵子弁護士
委  員富田善範弁護士
委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授
委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授

 このほか、委員からはこんな発言もあった。

 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」

 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」

 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。

中間指針見直しは必要

 本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。

 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。

 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。

 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。

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