いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張

いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張

 いわき市で昨年6月、知人男性をブロック片で殴打し殺害した罪に問われた男の裁判員裁判が地裁郡山支部で開かれ、3月8日に懲役13年(求刑懲役18年)が言い渡された。男は控訴している。被害男性に借金をしていた男は、車の買い手を探すように依頼され、架空の経営者をでっち上げて乗り切ろうとしたが、嘘がばれて乱闘になり撲殺につながった。男は「正当防衛」を主張するが、乱闘の原因が自身の嘘にある点、凶器を手にした事実を考えると説得力は乏しい。

ブロック片で殴打し殺害した罪

 被告はいわき市内郷の遠藤丈騎(40)。山形県出身で、東日本大震災・原発事故が起こった2011年ごろにいわき市に移住した。市内の建設会社に就職し、現場主任を務めていた。被害男性のAさん=当時(41)=は遠藤被告と同じ建設会社に勤めていたが、事件当時は別の会社に転職していた。

 なぜ2人は再会したのか。それは遠藤被告の借金癖に起因する。中学生で柔道を始めた遠藤被告は高校卒業後、横浜市内の大学に柔道推薦で入学。ところがネットワークビジネス、いわゆるマルチ商法にのめり込んだ。遠藤被告は友人や消費者金融から借金を重ねるようになり、柔道の練習にほとんど行かなくなった。

 いわき市に移住して建設会社に就職しても、結婚して家庭を持っても借金癖は治らなかった。ギャンブルにものめり込んだ。勤め先の代表取締役から借金を重ね、その額は1000万円にも上った。そのうち「独り身になれば余裕が出るだろう」と代表取締役から貸す条件に離婚を提案された。2022年に籍を抜いた上で元妻と同居を続けた。

 その後も借金癖とギャンブル癖は治らなかった。金融機関や知人からの信用を失っている遠藤被告は、闇金など違法なところから借りるようになる。事件前は2カ月間で競輪に約50万円費やした。「借金返済のために競輪で稼がなければいけないと思った」というほどの本末転倒ぶりだ。事件とは直接関係ないが、前出・代表取締役が遠藤被告に1000万円貸していたことも、借金癖を深刻化させる要因になった。理由は分からないが、異様な関係性に感じるのは筆者だけではあるまい。

 Aさんを頼ったのは2年前。金を貸してくれそうな知り合いが多いと耳にしたからだ。遠藤被告はAさんに「職場の女性と不倫して妊娠させた。中絶費用が欲しい」と嘘を付いた。この嘘は金を借りる時の常套句だった。切迫感を出すために「ヤクザでもいいから貸してくれる人を紹介してほしい」と言うと、Aさんは「危ないところから借りるくらいだったら俺が貸す」と応じてくれた。

 別の機会に「子どもの治療費が必要」と嘘を付いた時は、Aさんは「まずは子どもを第一にしてくれ」とすぐに貸してくれた。Aさんへの借金は計30万円になったが、遠藤被告によると25万円返したという。

 Aさんは遠藤被告が借金を全額返してこないので、債権者として様々な依頼をするようになった。「犬を売ってくれる人はいないか」、「会食相手を紹介してほしい」。そこまでして人を探すつもりがなかった遠藤被告は架空の人物を作り上げ、いざ対面が近付くと「会えなくなった」と言い訳してやり過ごした。

 撲殺事件が起こった2023年6月20日も架空の人物との待ち合わせだった。遠藤被告は「Aさんの車を地元企業の社長が欲しがっている」と嘘を付いた。だが今回ばかりは急なキャンセルで収まりそうにない。Aさんは車を売る手続きを進めており、「手間や出費が掛かっている。謝罪と迷惑料を求める」と遠藤被告に社長との面談を迫った。もちろん、社長は実在しないので会えるわけがない。遠藤被告はAさんが諦めるように、今回も適当な理由を付けてごまかそうとした。

 同日午後6時ごろ、遠藤被告とAさんは市内のパチンコ店で待ち合わせた。疑いを深めていたAさんは遠藤被告が逃げないように自分の車の助手席に座らせ道案内させた。

 いわき市好間から内郷までを3時間かけて巡った。車中でのやり取りがドライブレコーダーに記録されていた。待ち合わせの場所が二転三転し、そのたびにAさんのいら立ちが高まっていった様子が分かる。Aさんが「社長なんて嘘なんじゃないか」と疑い出した。遠藤被告は「すれ違ったのかもしれないね」と白々しく言う。さらに「社長からの指示が入った」と、パチンコ店、スーパーと次々に行き先を変更した。ここで遠藤被告の携帯電話が鳴った。「社長ですか? 今向かいます」。傍目には電話越しに話しているように見えるが、実は着信偽装アプリを用いて一人芝居を打っているだけだった。

借金癖と虚言癖

撲殺事件が起こったいわき市内郷の県職員公舎駐車場。ブロック片は左側のゴミ捨て場から拾った。
撲殺事件が起こったいわき市内郷の県職員公舎駐車場。ブロック片は左側のゴミ捨て場から拾った。

 Aさんは架空の社長に4回も待ち合わせをすっぽかされた。「逃げたんじゃないか」、「どういう神経しているんだ」とAさん。遠藤被告は「会社所有の倉庫にいるようだ」とまた嘘を言い、内郷の県職員公舎の駐車場に行くよう指示した。こうして事件が起こった駐車場にたどり着いたのは午後9時ごろ。街灯は暗く、人けはない。遠藤被告がこの場所に連れ出したのは、近くの自宅にすぐに逃げ帰れるようにするためだった。

 ここに来てAさんは、社長は実在しないと確信を強めた。遠藤被告では話にならないと思い、「借金したこと、嘘を付いていたことをお前の元妻に電話で話す」と宣告した。家族に借金がばれるのを遠藤被告は何よりも恐れていた。1度目の電話は出なかった。折り返し着信があり、Aさんが出ると、遠藤被告は手を延ばして遮ろうとした。避けたAさんは車外に出てこう切り出した。

 「借金であなたの夫に嘘を付かれた。本当のことを聞きたいですか」

 元妻の「はい」との答えの次に聞こえてきたのは、Aさんが遠藤被告に怒鳴る声だった。「お前はこっちにくんな。あっち行ってろ」。この声を最後に雑音が入り、電話は切れた。

 殺害は車外で起こったため、ドライブレコーダーのような客観的記録はない。残るは遠藤被告の証言のみだ。遠藤被告は電話をするAさんを押さえようと足にしがみついた。蹴られたり殴られたりしたため、抱き着いて密着し、打撃が自分に及ばないようにしたという。Aさんの首に手を掛けて絞め落とすが、意識を取り戻すと激怒したAさんが車内から武器を持ち出したように見えた。

 対抗しようと遠藤被告は、近くのゴミ捨て場からコンクリート製ブロック片を持ち出した。戻ってきた時、暗がりからAさんにタックルされた。仰向けに倒れ、首を絞められた。「気を失いそうだ。死ぬ」と思った遠藤被告は、横転してすり抜け、両手に持ったブロック片でAさんの頭を少なくとも2回殴った。これが致命傷となり、Aさんは約1時間後に死亡した。

 遠藤被告は法廷で「正当防衛」なので無罪と主張したが、判決では認められなかった。遠藤被告は正当防衛を主張した理由をこう語る。

 「起訴状には私がブロック片で何回も殴ったと一方的に書かれている。この日に起きたことが我が子に少しでも伝わってほしい、判決に残したいと思った」

 遠藤被告が事件を起こすまでには借金のために付いたいくつもの嘘がある。事件の夜は「家族に借金を知られたくない」との一心でAさんを黙らせようとした。柔道三段の戦闘力がそれを可能にした。だが、凶器を持ち出した時点で最悪の事態は避けられなかった。早い段階で周囲に嘘を全て白状していれば、信用は失墜してもAさんを殺めずに済んだのではないか。

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