【お菓子のさかい】新規客増加につながった老舗の新ブランド戦略

【お菓子のさかい】新規客増加につながった老舗の新ブランド戦略

特別企画スイーツ新時代

県民に愛されているスイーツはどのような思いを込めて作られ、提供されているのか。県内の人気菓子店や菓子製造メーカーの取り組みを紹介していく本コーナー。初回は、新ブランド「nyu(ニュー)」が話題を集める石川町の老舗菓子店「お菓子のさかい」を紹介する。(志賀)

nyuジャージーミルクシュー 1個 280円(税込み) 

nyuジャージーミルクシュー 1個 280円(税込み) 
薄く焼き上げられたシュー生地の中に、濃厚でなめらかなミルククリームがたっぷり

数あるスイーツの中でも、シュークリームは作り手の力量が見えやすい一品と言われる。「シュー生地の中にクリームを詰める」というシンプルさゆえに、食感や味わいに差が生まれやすいためだ。ふんわり生地かサクサク生地か、カスタードクリームか生クリームか、デコレーションを加えるか。バリエーションとバランスは千差万別だ。

そのため〝スイーツ好き〟は自分好みの一品を求めて、さまざまな店に足を運ぶが、いま注目を集めているのが、石川町の「お菓子のさかい」が販売している「nyuジャージーミルクシュー」だ。

薄く焼き上げられたシュー生地の中に、濃厚でなめらかなミルククリームがたっぷり詰められており、一口食べれば幸福感に包まれる。

「圧倒的なミルク感にハマり、リピーターになっていただくお客様が多い商品です」。笑顔でこう語るのは、「お菓子のさかい」総務担当で同社の4代目に当たる川前綾子さん(29)だ。

川前綾子さん
川前綾子さん

「シュークリームはコンビニやスーパー、チェーンの菓子店、人気菓子店など至るところで販売されており、競争が激しい。ただ、ビジネス的な観点で言うと、いままでにない商品カテゴリーの全く新しい商品よりも、大きい市場で他社と差別化して支持される商品の方が売れやすいのです。そういう意味では『〝さかい〟らしいシュークリームができれば、多くの方に支持していただけるのではないか』という思いがありました」(以下、コメントは全て川前さん)

商品名に付けられた「nyu」は、2025年7月に新しく立ち上げたブランド名だ。ジャージー牛乳をたっぷり使用した「nyuジャージーミルクチーズケーキタルト」、ブッセに濃厚なミルククリームをはさんだ「nyuブッセ リッチミルク〈ジャージーミルク〉」、チーズクリーム入りのボーロ饅頭「nyuミルクブリッジ」、ミルクをたっぷり使用した「nyuミルクロードサブレ」――。ミルクの味を堪能できる菓子をラインアップしているが、その目玉商品として発売されたのがこのミルクシューなのだ。

新ブランドには、川前さんの父親で3代目の酒井秀樹社長の強い思いが込められているという。

「創業者・酒井正治は牛乳店の次男で、牛乳が手に入りやすい環境を生かして、1913(大正2)年の創業時からカスタードクリームを自社で炊いてシュークリームを提供してきました。そのため100周年の節目を迎えた後、社長を中心に『牛乳店にルーツがあることを商品やブランドで表現できないか』とたびたび話していたのです」

社内のスタッフでは実現できず、半ばあきらめかけていた中、思いがけないつながりから道が開けた。というのも、大手広告代理店・博報堂、そしてそのグループ企業であるウェブ広告代理店・ソウルドアウトから声を掛けられ、共にブランドを作っていくことになったのだ。

博報堂では「地方創生」をテーマに、ふるさと納税を起点とした自治体・地域事業者の収益向上を支援する取り組みに着手していた。さらにソウルドアウトと連携し、新たな枠組みで地方の中小企業を支援していけないかと模索する中で、たまたま声をかけたのが「お菓子のさかい」だった。

博報堂とブランド立ち上げ

「nyu」のメーンビジュアル
「nyu」のメーンビジュアル

対面での打ち合わせ時に前述した酒井社長の思いを伝えたところ、新たにブランドを立ち上げることが決まり、ネーミングやパッケージデザインを博報堂が、プロジェクトマネジメントをソウルドアウトが担った。本来なら博報堂に依頼するにはブランドの立ち上げだけで莫大な初期費用がかかるところ、レベニューションという仕組みにより、初期投資のリスクを気にせず新たなブランドで積極的に挑戦することができた。

「牛乳店にルーツがあること、創業100年を超えて新たに再スタートを図りたい思いなどを伝えたところ、『new』、『乳』という意味を兼ねたブランド名『nyu』をご提案いただきました。併せてメーンビジュアルや『たっぷりミルクに癒される』というキャッチコピー、商品パッケージも作成していただき、既存商品のリニューアルを図りました。コンセプトなどが共有されていたのか、デザインや文面に関してはほぼ即決で決まりました」

単なる既存商品のパッケージリニューアルに留まらないように、商品づくりにも磨きをかけた。北海道十勝・高田牧場で自家栽培の牧草により育てられた乳牛のジャージー牛乳を使用し、濃厚なミルクのベースを製造。それらを対象商品に共通使用することで、圧倒的なミルク感を安定して再現できるようにした。

さらにブランドを象徴するオリジナル商品として、店でしか購入できない冷蔵の商品がほしいということで開発されたのが、冒頭で紹介したミルクシューだった。

川前さんによると、ブランド立ち上げから半年以上経ったが、売り上げは安定して伸びており、社内でも主力級の存在感になりつつある。

「お菓子のさかい」と言えば、ふわふわスポンジとつぶつぶチーズ入りのバタークリームが人気の「幸福の黄色いブッセ」、かりんとう風味の「カリントまんじゅう」が2大看板商品だった。だが、創業100年を超えて新たな「軸」を生み出したことになる。

石川町で創業した「お菓子のさかい」は地域の菓子店として、近隣住民のニーズに応える形で、さまざまな和洋菓子を開発・提供してきた。同町下泉の本店ではパンを製造・販売。現在の酒井社長が東京の有名菓子店で修業して戻ってきた後は本格的なケーキも扱うようになった。現在は石川町など5市町に6店舗出店している。

そんな歴史の中で、4代目に当たる川前さんも菓子職人に憧れ、一時は専門学校への進学も検討した。ただ、酒井社長に「いまは物を作るより売る方の力が重視される時代。作る人は雇えるかもしれないけど、経営者は雇えるものではない」と諭され、安積高校、慶応義塾大学商学部に進学し、経営の勉強に励んだ。

そのまま東京のウェブ広告代理店に就職。地方の企業経営者から経営課題を聞き、広告展開を通して課題解決につなげていくといった事業に3年にわたって取り組んだ。今回の新ブランド立ち上げがスムーズに進んだのは、川前さん自身がそうした業界で経験を積んだことも大きく影響したのだろう。

「さかい」の味を全国へ

「代理店を退職して石川町に戻り家業に入った後は、社長のサポート役として総務・広報分野のさまざまな業務に対応してきました。今回の件はスケジュール調整など大変な面もありましたが、今後の売り上げの核となり得るブランドを立ち上げられたことで『ちょっとは会社に貢献できたのではないか』とホッとしています」。川前さんは笑いながらこう話した。

川前さんが見据えるのは「お菓子のさかい」の味を全国に届けることだ。すでに実績はある。2022年に発売され、冷凍でもふわふわ感が楽しめると人気を集めるパンケーキサンド「うふれっと」。実は大手コンビニや首都圏のスーパーのスイーツコーナーに並べられているのだ。実際、筆者は県外のコンビニでたまたま「うふれっと」を見かけて驚き、思わず買ってしまったことがある。

川前さんによると、福島県による6次産業化推進プロジェクト「ふくしま満天堂」をきっかけに、全国の食品生産者を支援する㈱生産者直売のれん会とのつながりが生まれ、販売網を広めてもらった結果、県外でも販売されるようになったという。ここでも偶然のつながりが販路拡大の道を切り開いた。

同社では今後、新ブランドを名刺代わりに首都圏などでの催事販売を増やしていく考えだ。同時にインスタグラムなどSNSでの発信にも力を入れ、幅広い世代に商品の魅力を伝えている。川前さんが担う役割はますます大きくなりそうだ。

最後に川前さんに「『お菓子のさかい』の中で一番好きな商品は何か」と尋ねると、このように答えた。

「橋の形をしたチーズクリーム入りの焼き菓子『nyuミルクブリッジ』が好物です。もともと『牛乳橋』という商品名で、酒井牛乳店が営業していた時代、牛舎から牛乳の加工所への道をつないでいた橋の通称が由来です。味もさることながら、バックストーリーがある点も気に入っていたんですよね」

後付けのコンセプトではなく、100年の歴史と、創業家の思い入れを込めて立ち上げられた新ブランド「nyu」。ミルクシューをはじめとした濃厚なミルク感が味わえるスイーツは県内のみならず、全国でファンを拡大していきそうだ。


しが・てつや

1980(昭和55)年生まれ。福島市出身。
大手食品スーパーで勤務後、東邦出版に入社。

【最近担当した主な記事】
南相馬市ブローカー問題「借金踏み倒し」被害者の嘆き(2023年7月号)
相馬市の醤油醸造業者が殊勲(2023年5月号)

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