旧相馬女子高跡地の解体・整地が終わり、4月から向かいの相馬高の第二グラウンドとして使用できるようになった。そこで気になったのが、校舎から第二グラウンドまでは国道115号で隔てられているが、そこに対しては何の対応もないのかということだ。
国道を横断して使用する相馬高
本誌2024年12月号に「旧相馬女子高『跡地利用』遅延の経緯」という記事を掲載した。
きっかけは、同年11月9日付の福島民報に次のような記事が掲載されたこと。
《相馬市の旧相馬女子高の校舎が解体され、跡地に屋外の多目的運動場が整備される。2026年2月の完成を目指す。政調会で示した。運動場は旧相馬女子高の校舎の敷地3万0916平方㍍に整備する。近隣の相馬高の生徒が使用できる。議会の承認を経て12月下旬に解体工事に着工する。費用は約10億円を見込んでいる》
この記事が出た前日に、県議会12月定例会に向けた政調会が行われ、そこで旧相馬女子高の校舎を解体し、隣接する相馬高の屋外運動場(グラウンド)として使用することが示された。そのことを伝えたのが同記事である。
実は、ちょうどその少し前、地元関係者と、この件が話題になった。地元関係者の話はこうだ。
「旧相馬女子高は校舎が使われなくなって20年くらい経つ。東日本大震災のときは避難所として使われたが、その役目を終えてからは、ずっと空き校舎になっている。いまは向かいにある相馬高の管理下に置かれているが、同校はグラウンドが手狭なため、旧相馬女子高の校舎を解体・整地して、第二グラウンドのような形で使いたいと要望して認められた。それが10年くらい前のことだったと思う。ただ、その後は一向に動きがないのはどうしてなんだろうと不思議に思っている」
旧相馬女子高はその名が示す通り、女子校だったが、2003年に共学化され、「相馬東高」に名称変更された(※その後、2022年に新地高と統合して現在は相馬総合高)。共学化後、1年間はもとの校舎が使われていたが、2004年に新校舎が完成し移転した。新校舎はもとの校舎から直線距離で2㌔ほど離れたところで、それに伴い旧校舎は使われなくなった。
つまり、2004年から20年超にわたって空き校舎となっていたわけだが、前出・地元関係者の話を整理すると、①旧相馬女子高の校舎は空き校舎になって以降、相馬高の管理下になっている、②東日本大震災では避難所として使われたが、その役目を終えてからは未使用の状態、③相馬高ではグラウンドが手狭なため、旧相馬女子高の校舎を解体・整地して、第二グラウンドのような形で使いたいと要望して認められた、④それが10年くらい前の話だが、一向に進まない――ということになる。
確認したところ、①、②については間違いなかった。付け加えると、東日本大震災が発生した際に避難所として使われた後、2012年から2016年までは、原発事故に伴い設定された警戒区域内にあった文化財などの保管庫として使われていたという。その後、警戒区域を抱える市町村で、避難指示解除が進んだことから、保管していた文化財を戻すなどして保管庫としての役割を終えた。2017年からは完全に未使用の状態になった。
③も事実だが、どの時点で解体・第二グラウンド化の了承を得られたのかは不明だった。少なくとも、関連予算が付いたのは2023年度で、関係者間(県と相馬高関係者)で合意に至った正確な時期までは特定できなかった。ただ、2016年までは避難指示区域の文化財保管庫として使われていたわけだから、実際に動きがなかったのは7年ほどになる。
横断時に注意を
ともかく、以前から要望していたことがようやく実現に向けて動き出した格好。その後、工事が進められ、2025年度末までに解体・整地が完了した。
県教委施設財産室によると、「新年度から、相馬高校の第二グラウンドのような形で使用できます」とのこと。
そんな中で、気になったのは、相馬高の校舎と第二グラウンドは国道115号で隔てられていること。横断歩道はあるものの、信号(押しボタン式信号)はない。そこはそのままなのだろうか。
「何か、(安全に横断するために)設備を設けるという計画はありません。学校の方で指導というか、十分注意して渡るように呼びかけてもらうことになると思います」(県教委施設財産室)
小学校低学年とか、もっと小さな子どもが利用するならともかく、高校生だからそこまでの対応は必要ないということだろう。
確かに、その通りだが、場合によっては、体育の授業や部活動などで必要な用具を持って横断することもあると思われる。その途中で、用具を落としたり、風で飛ばされたりということも起こり得るため、そういったことも踏まえて十分な注意が必要になる。いずれにしても、事故やトラブルがないことを願う。


























