川内村が復興事業を検証する理由

 3・11以降、原発被災自治体では多額の公金が投じられ、復興まちづくりが進められている。そうした中、川内村では村が実施してきた復興事業が効果的だったのか、検証を進めている。なぜいま検証しようと考えたのか、同村の遠藤雄幸村長に話を聞いた。

遠藤村長が選ぶ〝効果が低かった事業〟

遠藤雄幸村長
遠藤雄幸村長

 昨年10月1日付の朝日新聞に興味深い記事が掲載された。原発事故による避難指示が解除された川内村で、若い世代が戻らず、思い描いた村づくりが進まないとして、復興事業の検証を始めたというのだ。

 同村の遠藤雄幸村長は2004年の村長選で初当選し、現在6期目。原発事故で避難指示を出された12市町村の中で、唯一原発事故前から首長を務めている。

 本誌ではこの間、原発被災自治体について、「原発被災地は空間線量が高い箇所も多く、帰還・移住する人は限られるのに、立派なハコモノを整備して復興まちづくりを進めるのはナンセンス。もっと身の丈に合った、住民本位の行政運営をしていくべきだ」と主張してきた。

 どの原発被災自治体の首長も復興まちづくりを積極的に推進している立場なので耳が痛い意見だと思うが、そんな中で遠藤村長は自ら復興事業の検証を続けていくというのだ。

 なぜこのタイミングで検証を始めようと考えたのか、遠藤村長はその理由を次のように説明した。

 「これまで復興のための環境整備やインフラ整備を前のめりに進めてきましたが、振り返る作業はあまりしてきませんでした。本格的に復興まちづくりをスタートしてから10年経過し、このあたりで事業の効果や帰還への影響について、自分への戒めも含めて振り返っておきたいと考えたのです」

 福島第一原発の半径20~30㌔圏内にある川内村は、原発事故直後に村独自の判断で郡山市に全村避難した。村東部が半径20㌔圏内の警戒区域、残りが20~30㌔圏内の緊急時避難準備区域に指定され、緊急時避難準備区域は2011年9月に解除された。

川内村が復興事業を検証する理由 地図

 2012年4月からは、村内の半径20㌔圏内のエリア(旧警戒区域)が年間積算線量によって「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」に再編され、2014年10月には村内の20㌔圏内の大部分を占める避難指示解除準備区域が一部解除。放射線量が比較的低かったこともあり、2016年6月には双葉郡内で最も早く全区域解除となった。

 帰還・移住を促進するため、村では福島再生加速化交付金などの復興交付金を活用して、義務教育学校やコンビニ・食堂が入る商業施設、移住者も暮らせる戸建て復興住宅、工業団地、トレーニングジムが併設された室内村民プールなどを整備した。

 にもかかわらず、思ったように帰還は進まなかった。村ホームページによると、2月1日現在の総人口は2224人だが、避難者368人が含まれているので、実際に村に住んでいるのは1856人。帰還率は83%だが、ここ3、4年は微増。若い世代や子育て世帯の動きは鈍く、高齢化率は50%を超えている。

 雇用を創出することで現役世代の移住が増えることを期待し、国が工場設置費を最大4分の3補助する「企業立地補助金」などを活用して企業誘致に注力。さらに村にとって初めてとなる工業団地(田ノ入工業団地)も整備した。企業立地補助金を申請する際の条件には、地元住民を採用することが定められており、自治体としては確実に雇用が創出されるので、帰還を促すきっかけにできる。

田ノ入工業団地
田ノ入工業団地

 だが、工業団地は7工区中2工区しか埋まっていない。帰還が進まない中で従業員の確保が見込めないと進出を断念した企業もあったとみられる。工業団地進出第1号企業として2017年に稼働した、水着・スポーツフィットネスウェア製造リセラ(岡山県、宮本豊彦社長)の川内工場は現地で11人を雇用していた。ただ、同社は2023年11月に破産手続きを開始し工場も閉鎖。思い描いていた復興は停滞している状況だ。

 政府は復興期間を10年間として、2011~2015年度の5年間を「集中復興期間」、2016~2020年度を「復興・創生期間」と位置付け、2020年7月には、2025年度までの5年間を「第2期復興・創生期間」とすることを決めた。来年度で震災復興に重点的に取り組む期間が終わるのに合わせて、昨年から復興事業を振り返る動きが活発化している。

 昨年秋、外部有識者が参加して公開で事業検証を行う「秋のレビュー」で、国が拠出している福島再生加速化交付金について「拠出のあり方を見直すべきだ」という指摘が出され、波紋を呼んだ。

必要な事業を明確化

 

川内村の主な復興事業

除染関連 180億円
工業団地整備 28億円
森林再生 25億円
義務教育学校・こども園 34.3億円
室内村民プール 11.8億円
復興住宅建設 7.5億円
野菜工場の建設運営 7億円
コンビニが入る商業施設 4.6億円
ワイン事業 3.7億円
自家野菜の放射能検査 1.9億円


 こうした状況を受けて遠藤村長は「原発被災自治体の首長としては、『国策として原発を推進した結果、事故が発生して生活環境が低下したのだから、復興は国が責任を持って対応すべき。原点に返って議論してほしい』という思いは当然ある」と語るが、その一方で「『復興・創生期間』の継続や財源について、レビューや復興庁のワーキンググループで議論する姿を見ると、復興支援をいかにソフトランディングさせて終わらせていくかを探っている様子もうかがえる」とも話す。

 こうした状況を踏まえ、財源を確保しながら本当に必要な事業を継続していくためにはどう動けばいいか考えた結果、遠藤村長と同村は自ら復興事業を検証し、重要な事業を選別していく方法を選んだわけ。

 「村の一般会計当初予算は35億円前後だったが、原発事故後は一気に倍以上になり、今年度は59億8000万円でした。ただ、徐々にかつての予算規模に戻りつつある。そもそも復興予算の原資は税金であり、費用対効果や福島県以外に住む国民の目線も考えながら復興を進めていく必要がある。だからこそ、身の丈に合った事業規模に戻していくことが必要だし、効果的だった事業とあまり効果が得られなかった事業を分析して明確にしておくべきと考えました。次のステップに進むための準備として、本当に継続したい事業に関しては裏付け・バックデータを取っていきます」

 遠藤村長の考えを受けて昨年夏、検証委員会が立ち上げられ、1500ある復興事業を分類。担当課ごとに分析している。前出・朝日新聞記事によると、これまでの村の復興事業費は約530億円で、ほとんどは国からの予算。除染費用が3分の1を占める。最終検証で評価し合って優先度が低いと判断した事業は、国への予算要求をやめる予定。村総務課担当者によると、事業評価に時間がかかっており、最終検証は2025年度にずれ込みそうな見通しだ。

 これまで行われてきた復興事業の中でも、思うような効果が得られなかったものを遠藤村長に尋ねたところ、いくつか事例を挙げた。

 「避難指示が出されて、旧警戒区域と、それ以外の旧緊急時避難準備区域に分断されたことで、両区域の住民の間に大きな賠償格差が生じ住民感情も複雑になった時期がありました。少しでもその差を埋めようと、旧緊急避難準備区域の住民で、帰還した人を対象に『川内村復興地域振興券』という地域振興券を一人当たり計12万円分支給しました。ところが、賠償格差が大きすぎて、心情的な〝溝〟を埋めることができませんでした」

 「避難先から帰還した企業・店舗を応援する意味で助成制度を設けたのですが、しばらくして対象企業が廃業したのです。結局、事業承継・担い手不足が問題だったことが分かり、いま振り返ってみると、もう少し状況を把握してから事業展開しても良かったなと思います」

 このほか都市部で暮らすシングルマザーなどの一人親世帯に移住を呼びかけ、マイカー購入費を計60万円支給したり、家賃を半額補助するなど手厚い支援策を打ち出した。この施策により、定住者が増えるかと思いきや〝5年間のみ〟という縛りを設けたことで、5年後に村を去っていく人が現れたという。

 今後、検証が進む中でさらに興味深い事例が出てきそう。前述した学校や商業施設、復興住宅、工業団地、室内村民プールの利用状況や投資効果なども気になるところだ。

 遠藤村長はこれらの〝失敗〟について隠すことなく、双葉郡内の首長にも伝えて共有しているという。復興事業の検証結果に関しても、広く公表することで他の自治体の参考になるのではないか。

他自治体も見習うべき


 逆に、今後も継続していきたいのはどの事業なのか、遠藤村長はこう話す。

 「産業振興を進めるうえで、福島再生加速交付金や企業立地補助金などを活用できるのはありがたい。高齢者の外出支援サービス、診療所への医師派遣なども復興予算を活用しており、住民の生活に欠かせない事業は継続したいところです。本村は基幹産業が農林畜産業なので〝土〟と関わる産業と相性がいいと考え、企業誘致と並行して、生食用のブドウ栽培、オリジナルワインの醸造、イチゴ栽培工場などを前に進めてきました。このほかクラフトジン製造所や花屋、パン屋など、新しい産業が根付きつつあります」

 同村の可能性を大きく広げているのが、昨年4月に開通した「県道145号吉間田滝根線(広瀬工区)」だ。あぶくま高原自動車道小野インターチェンジと、いわき市川前地区を結ぶバイパス道路で、小野町やいわき市へのアクセスが劇的に改善された。観光・買い物・通勤などに利用する村民が増えているという。

 交通アクセスが改善されたことで、最近では村内の温浴施設「かわうちの湯」に村外から訪れる人も増えているようで、遠藤村長は「廃校となった中学校などを活用して、観光需要に対応した施設を整備し、にぎわいを創出したい」と意気込む。

 原発被災自治体はこの間、帰還・移住を促すため、商業、医療、交通など帰還できない理由として挙げられる事柄を一つひとつ潰すように復興まちづくりを進めてきた。その結果、身の丈に合わない施設を整備する自治体も散見されるようになっていた。最後発で避難指示が解除された大熊町や双葉町ではいまも盛んに復興まちづくりが進められているが、川内村のように復興事業を検証していく姿勢が必要だろう。検証結果の完成が待たれる。

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