福島県立医科大学が国内外の研究機関、先端企業との連携を深めている。昨年は放射線医学分野で世界トップクラスのドイツの大学と連携協定を締結し、共同研究を進める。国内では、遠隔での透析治療を企業が開発した最新システムを用いて初めて実証実験に臨み、有用性を示した。「県立」でありながら、世界を視野に連携を深める同大の使命を竹之下誠一理事長(3期)に聞いた。
――2021年に福島駅前に開設した保健科学部は今年の新入生で全4学年が揃い、来年3月には1期生が卒業します。学生の様子と市街地に開設した効果を教えてください。
「1期生は参考にする先輩がいない中、自分たちで勉学や学生生活を送り、保健科学部の学風を生み出してきました。学科によってはゼミが始まり、卒業研究に取り組む学生もいます。まずは研究の楽しさとそれに伴う困難さに直面してほしい。悪戦苦闘した経験を卒業後も医療や研究の現場で生かしてほしいと願っています。1期生と同様に教員もゼロから成長してきました。学生、教員、あらゆる関係者が一体となって保健科学部の歴史と伝統をつくっていく途上です。
本学の大きな目標は福島県の地域医療と災害医療に貢献できる人材を育てることです。医学部、看護学部に続き、保健科学部の学生も医療機関などでチーム医療を担う一員として県民の健康を守る業務に加わってほしいです。
保健科学部がある福島駅前キャンパスに通う学生は、地域づくりやボランティア活動に関心がある人が多く、同学部が主体となるボランティアサークルも生まれ、再開発が進む駅前の活性化に貢献できるものと思います」
――昨年10月、ドイツのヴュルツブルク大学と交流協定を結びました。どのような効果を期待しますか。
「ドイツは原子力災害医療や核医学の先進国です。中でもヴュルツブルク大学は江戸時代に日本に西洋医学を紹介したシーボルト博士の出身大学です。X線を発見したヴィルヘルム・レントゲン博士など多数のノーベル賞受賞者を輩出しています。
同大はチェルノブイリ原発事故以降、WHOの緊急被ばく医療ネットワークの構成機関であり、特に甲状腺がんのアイソトープ治療では世界トップクラスです。
福島国際研究教育機構(エフレイ)が取り組む第4分野『放射線科学・創薬医療』と第5分野『原子力災害関連プロジェクト』で中心の役割を担うことが期待されている本学にとっては、ヴュルツブルク大学との協定で共同研究と人事交流が活発になることは大変有意義と考えています」
――昨年10月に医療製品・サービスの開発企業ウィーメックス㈱と連携し、国内で初めてリアルタイム遠隔医療システムを活用して透析領域で実証実験を行いました。
「透析は腎臓の機能を失った方が尿毒症にならないよう、腎臓の代わりに老廃物や水分を排出する治療法です。血液透析の場合、4~5時間の透析を週に3回は受ける必要があります。透析診療は専門医の知見が必要ですが、県内では専門医が不足しており、患者さんはわざわざ遠方まで足を運ばなければなりません。
県内では2018年から電話やウェブ会議システムを用いて遠隔での透析を行っています。より質を高めようと考えた時に、得られる情報が対面と比べてまだまだ十分でないのが課題でした。
今回、県内の病院の協力を得てウィーメックス社が開発した遠隔医療システムで透析医療の実証実験を行いました。リアルタイムですので、医師が能動的に患者さんの様子を確認できます。カメラの性能も高く、現場に特化しており画面越しにカルテも難なく読めました。遠隔とはいえ、対面に遜色ない能動的なコミュニケーションが患者さんと取れることが示せました。今後の課題は電子聴診器で血管内を流れる血液の音やエコー画像をリアルタイムに共有し、いかに実際の診察により近づけられるかです」
――医師不足が深刻です。医療従事者確保について県立医大が果たしている役割を教えてください。
「県内医療機関からの医師派遣依頼に対し、2023年度は常勤・非常勤医師を延べ2011件派遣しました。特に非常勤医師は、対応件数1479件(対応率86%)と、県が掲げる中期目標の対応件数1000件以上(同84%以上)を6年連続で達成しています。
県内の臨床研修病院とネットワークをつくり、魅力ある臨床研修プログラムを用意したり、各病院の取り組みを深く知ってもらう研修会を開いたりして、県内の医療機関への定着促進を図っています。
また、地域医療支援センター機能強化事業として、県外から指導医と専門医を招き、若手医師の指導や相談に当たってもらい、若手の育成に努めています。事業を始めた2021年度以降、計12人の指導医を招聘しました。うち5人は浜通りの医療機関で大震災・原発事故からの復興が進む地域で医療に貢献していただいています。また、地域間の医師偏在を解消しようと、修学資金被貸与医師を対象に、原則3カ月のローテーションで医師不足地域に常勤医として派遣する『福島モデル』を今年度から始めました」
――新型コロナは収束していますが、いつ新たな感染症が蔓延しないとも限りません。危機への備えをお聞きします。
「福島県では、県立医大が中心となり、県、医療機関が緊密に連携する『福島モデル』を構築しました。重症者は救急医療機関で、中等症以下はそれ以外で、回復した方は在宅でというように役割分担をした過程で、連携が深化しました。東日本大震災時に診療記録が津波で流失した経験を踏まえ、県と県内の医師会、歯科医師会、薬剤師会で情報共有するツール『キビタン健康ネット』を構築していたことが新型コロナの対応に役立ちました。
次なる感染危機に備えて本学の医療―産業トランスレーショナルリサーチセンター(TRセンター)では、独自に確立したタンパク質の解析技術と抗体遺伝子のクローニング技術を用いて新型コロナウイルスに結合するIgA抗体を取得しました。抗体は新型コロナを予防するスプレーやマスクに使用され製品化されています。
福島医大のTRセンターによる浜通りサテライトの開設、ARCALIS社の南相馬市への誘致は、MeijiSeikaファルマ社が世界で初めて製造承認を取得した次世代型mRNAワクチンの国内製造拠点誘致へと発展し、浜通り地域における医療関連産業の創造・集積につながりました。これからも機敏にかつ固定観念に捉われないしなやかさを持って、新たな感染症に備えた体制づくりに貢献してまいりたいと思います」