もり・まさこ 1964年8月生まれ。いわき市出身。東北大法学部卒。弁護士、金融庁課長補佐・検査官などを経て、2007年参院選福島県選挙区で初当選。女性活力・子育て支援内閣府特命担当大臣、法務大臣を歴任し、参議院や自民党で要職を務める。4期目。
参議院災害復興特別委員会の理事として11月設置予定の防災庁の関連法に深く携わった森雅子参院議員。自民党の女性活躍推進特別委員会では、「女性版骨太の方針」策定でも中心を担ってきた。4期目のベテランに仕事と育児の両立支援から防災庁地方拠点の福島誘致まで幅広く話を聞いた。(インタビューは7月10日に実施)
――地方における女性の「仕事と育児の両立」について、ご自身の経験も踏まえ、国や地方が取り組むべき具体策は何と考えますか。
「女性が子育てと仕事を両立できるようにすることは2人の子どもを育ててきた私の一番のライフワークです。自民党の女性活躍推進特別委員会で上川陽子委員長の下、事務局長を務めています。今年も政府の経済財政運営の基本方針である『骨太の方針』の男女共同参画版、通称『女性版骨太の方針』を取りまとめました。これは私が女性活力・子育て支援内閣府特命担当大臣の時に創設したもので、以来毎年作られています。今年の目玉は、ベビーシッター・家事支援税制です。男性が仕事の付き合いで飲みに行けば経費で落ちるのに、女性が働くために必要なベビーシッター代やハウスキーパーの費用は一切経費になりません。保育園に預けていても、子どもが熱を出せば預かってもらえず、母親が家で看ることが多いです。働くために絶対必要な経費なのに、『ベビーシッターが認められないのはなぜ?』と働く女性はみんな思っています。
この税制は米国、欧州、中国、韓国と世界中にあるのに、日本にだけない状況です。私は議員連盟をつくって党内で実現を訴えてきました。自民党税制調査会の議題リスト、通称『電話帳』に載ったのが約5年前です。最初は見送りを示すバツ印、それから三角、二重三角と実現に近づき、今年ついに『女性版骨太』に明記されました。年末の税制改正に入る期待が大きいです。本県は働くお母さんの割合が東京都より高く、減税項目が増えれば家計の助けになります。病気の子どもを預かる病児保育も地方では登録制で枠が少なく、本県にはベビーシッターの担い手もほとんどいません。税制ができれば、企業の福利厚生としての利用も含めて市場が育つきっかけになるはずです。
一方、地方ならではの課題は子育て家庭の偏在です。昔は子育ての知恵を自分の親から教わりましたが、核家族化が進み、親の助力を得るのが難しいです。だからこそママ友、パパ友同士の情報交換や助け合いが不可欠なのに、地方では周りに子育て家庭そのものが少なくなっています。子ども同士を預け合う自然な助け合いも難しくなりました。県内でも子育て世帯が集中して保育園に入れない地域がある一方で、小さな町村では子どもがほとんどいないといった状況があります。ある町の老人会にお邪魔した時、300人のお年寄りの前で新小学1年生のダンスが披露されましたが、たった1人でした。少子化のはずなのに都市部では待機児童が生じ、町村には子どもが1人といった事態は珍しくなくなるでしょう。その親御さんはサポートがなければ孤立してしまいます。人口偏在に拍車がかかる、これが地方の現状です」
防災庁拠点は福島県にこそ
――11月に設置予定の防災庁について、国の関係機関を福島県内に設置する意義と、今後の地域防災の変化を教えてください。
「私は参議院災害復興特別委員会の理事として、防災庁設置関連法の付帯決議を作る係を担い、衆議院よりも充実した内容に仕上げました。ポイントは小さな自治体への支援です。現行の災害対策基本法は市町村が防災の主体ですが、町や村に東京都と同じ防災をやれと言っても無理です。しかし日本全国どこに住んでいても、災害があったら命が助かるようにしなければならない。だから国が財源で面倒を見る、防災の専門人材を派遣する、ということを書き込みました。
避難所の規格の標準化も重要です。防災グッズやユニットの規格を国が定め、全国どこの避難所でも同じものが使えるようにすることが大切です。トイレ、キッチン、ベッドが48時間以内に避難所に揃うことが必須です。避難所・避難生活学会が『TKB48』と銘打って提唱しています。床で寝て、冷たい食事が続く避難生活は、3カ月後の心筋梗塞や持病の悪化としてはっきりデータに表れます。避難所の環境は被災者の健康だけでなく、地域が立ち直る速さも左右するのです。国がすべて自前で行うのではなく、防災に取り組むNPOや大学など産官学と連携して体制を整え、平時から訓練しておくことも盛り込みました。防災は起きてからでは遅く、平時の備えがすべてだからです。
従来の内閣府防災は他省庁からの2年交代の出向者ばかりで、担当官僚の顔ぶれが毎回変わりノウハウが蓄積されない弊害がありました。防災庁となることで生え抜きの人材が育ちます。
地方分局の『防災局』には福島市やいわき市が誘致に手を挙げており、私も委員会で『福島県に置くべきだ』と質問しました。東日本大震災と原発事故という類例のない複合災害の教訓は、防災庁の拠点を福島県内にに置いてこそ次に生かされます。原発事故は絶対に起きないという前提に頼り切っており、時の政府はきちんと対処できませんでした。防災庁には私たちの被害を教訓にしてほしいのです。自然災害に化学工場の爆発や武力攻撃が重なる複合災害、災害が続けて起こる群発災害はこれからも起こり得ます。なお、防災庁ができても復興庁は別に存続します。復興庁は震災、津波に加え原発事故があった福島を念頭につくられた特別な組織です。長期的な解決が必要な復興のために、なくしてはいけないと付帯決議に書き込みました」
――県民へのメッセージを。
「私は福島県で生まれ、悲しい思いをした時に助けてくれた人がたくさんいた大好きなふるさとのために働きたいと思い、国会議員にならせていただきました。私の原点は12歳の時です。債務問題という、子どもには何の関係もない大人社会の騙した騙されたという争いに巻き込まれ、学校に通えなくなるという不条理を経験しました。『なんて不条理なんだろう』と子ども心に思い、その時に助けてくれたのが弁護士さんでした。世の中の不条理を正したい。それが司法試験を目指した出発点であり、今も変わらない私の軸です。
災害などの被害は、ある日突然、誰にでも降りかかります。普通に毎日を過ごしていたのに、何も悪いことをしていないのに、物は売れなくなり、仕事はなくなり、避難を強いられる。震災と原発事故という不条理の極みを経験した福島県民の皆さんだからこそ、分かっていただけると思います。不条理に落とし込まれた人のセーフティーネットとなる国の制度を作るため、復興も少子化も過疎も、中小企業のエネルギー問題も、どんなご相談にも全力で取り組んでいきます。特に子どもと女性のことは、母親として一番力を入れているところです」





















に向けて掲げられたプラカード。過激な言葉が並んだ=2025年10月19日、仙台市青葉区河北新報提供-002_eyecatch-520x305.jpg)



