今年1月の南相馬市長選をめぐり、南相馬署は8月10日までに公職選挙法違反(事前運動)の疑いで、同選挙に落選した前市議の櫻井勝延元市長(70)を書類送検した。現職・門馬和夫氏と3度目の一騎打ちとなった市長選では、告示前から両陣営を取り巻く激しい情報戦が展開されていた。今回の書類送検を機に、選挙戦を振り返る。
3度目対決で展開された〝グレーな応酬〟


まずは南相馬市長選の選挙結果から紹介しておきたい。
当1万5976 門馬和夫71 無現
1万2385 櫻井勝延70 無元
8月11日付の福島民報、福島民友によると、櫻井氏は同市長選告示前の1月5日、市議として所属していた市議会会派・市民クラブの活動報告チラシに、自身の写真や市長選への立候補を示唆する文言を掲載し、新聞折り込みで配布していたという。SNSなどに投稿されたチラシを見ると、表面には櫻井氏が公約に掲げた政策、裏面には櫻井氏の写真と「2026・1・11 立候補予定」と記されていた。
公職選挙法第129条は立候補の届け出前の選挙運動を禁止している。
報道によると、櫻井氏はチラシをめぐり南相馬署から警告を受け、2月には市内の男性が同署に刑事告発していた。なお、告発者とされる市内の経済人に取材を申し込んだが、「体調不良でしばらく休みをもらっている」(従業員)とのことだった。
櫻井氏は本誌取材に次のようにコメントした。
「6月に任意で南相馬署の取り調べを受けました。チラシはあくまで会派の活動報告として出したものであり、市選挙管理委員会にも相談しながら作成したので、不備があったとの認識はありません。必要があればしかるべき対応を取ります」
ただ、市選管担当者の認識は少し異なる。
「昨年12月中旬、櫻井氏から『会派の活動報告チラシに、会派から市長選候補者を擁立する旨を記載する』と伝えられました。ただ、実物を見たところ、候補予定者のアピールが『主』で、会派の活動報告は『従』になっていた。後援会などで配布するならともかく、新聞折り込みで不特定多数に向けて配布されたわけで、もし事前に実物を確認できていたら、再考を促していたと思います」
同市長選では、当初櫻井氏ではなく若手市議が立候補する予定だったが、急転直下で櫻井氏の出馬が決まった。短期間で有権者への浸透を図る必要があったことは想像に難くない。それに対し、門馬氏の支持者を中心に「これは事前運動ではないか」と疑問視する声が上がり、告発・書類送検へと発展した格好だ。
本誌は同市長選で「選挙漫遊」を実施し、その模様を2月号でリポートしたが、大きな争点となったのが、櫻井氏の「市民に1人10万円を給付する」という公約だった。
櫻井氏は選挙期間中、下校中の中学生に「10万円もらえるよ。家でお父さんお母さんに伝えてね」と話すほど、この公約を前面に押し出した。一方で、市民からは「バラマキではないか」、「財源はどうするんだ」と疑問の声も上がった。
そうした中で「南相馬まちづくりラボラトリ」という団体が「おじいちゃん(市)からお年玉(10万円)もらって大丈夫?」「『大型事業』を止めれば10万円もらえるは本当?」と題するチラシを作成し、告示前の1月9日付の新聞に折り込んだ。
同団体はユーチューブで同様の内容の動画を公開し、ネットの「note」でも記事を公開。櫻井氏の名前こそ出していないものの、10万円給付公約を念頭に置いた内容であることは容易に読み取れる。同団体の代表者はチラシ・動画を制作した経緯を次のように語った。
「市長選でどちらの陣営を支持しているわけでもなかったが、櫻井氏の10万円給付公約について疑問を感じ、仲間たちとチラシや動画などで発信することにしました。AIなどに詳しいスタッフがいたのでチラシ・動画などはすべて手弁当で制作し、お金を出し合って政治的な意見を述べるということで、県に政治団体として届け出ました」
「動画をご用意しました」

注目されるのはこの動画と門馬後援会の関係だ。動画が公開されたのは告示直前の1月8日。本誌記者の手元には、門馬和夫後援会のLINEグループチャットで、1月7日に交わされたやり取りの画像がある。そこでは動画の拡散やチャンネル登録、高評価を呼び掛けると同時に、次のように記していた。
【重要】10万円給付について動画をご用意しました
いつも活動を支えていただきありがとうございます。今、多くの方からご相談をいただく10万円給付について、解説した動画を制作しました
「動画をご用意しました」「動画を制作しました」という表現だけを読めば、後援会が制作に関与したように受け取れる。南相馬まちづくりラボラトリの代表者は「メンバーの中に門馬氏の支持者がいたのは事実だが、当団体と後援会が一体化しているわけではないし、頼まれて制作したわけではない」と説明した。
門馬氏に①櫻井氏の書類送検への受け止め、②同団体が制作した動画についての認識と同団体との関係を尋ねたところ、次のように回答した。
《新聞報道により承知していますが、司法の手続き中と受け止めており、現時点でコメントは差し控えさせていただきます》
《市長選挙では、様々な方が守るべき法律や基本的なルールを踏まえ、SNS等で情報発信を行っていたものと承知しています。その上で一般論として、法律から逸脱した場合には警察による警告等、悪質な場合には送検を含む厳正な対応がなされるものと承知しています。私自身も、法律とルールに従い、FacebookやX等で発信しました》
②の質問には答えず、「書類送検された事例と、後援会内でのやり取りを同列に比べるのはいかがなものか」と遠回しに述べているわけ。
櫻井氏のチラシが公職選挙法に違反しているかどうかは、今後の司法の判断に委ねられる。一方で、櫻井氏の公約を批判するチラシや動画も発信され、門馬氏の後援会内は告示前に拡散を呼びかけていた。それらが直ちに公職選挙法に抵触するわけではなさそうだが、櫻井氏と門馬氏は市長選で3度目の一騎打ちとあって、告示前から激しい情報戦が繰り広げられていたことがうかがえる。
書類送検の結果、起訴され有罪判決に至れば公民権停止につながる可能性もある。元衆院議員の亀岡偉民氏が公選法違反に問われ、現在公判中だが(本誌82頁参照)、落選した政治家は捜査の俎上に載せやすい面もあるのかもしれない。11月15日には南相馬市議選が予定されており、櫻井氏の立候補も取りざたされていた。今回の書類送検が今後の政治活動にどう影響するか。
一般的に書類送検の情報がマスコミ各社に広く知らされることは多くない。そうした中で民報・民友が同時に報じたことも含め、市長選を巡る〝情報戦〟はいまも続いているように見える。市議選でも〝グレーな応酬〟が繰り返されるのか。それとも今回の書類送検を教訓に、公職選挙法のルールをより意識した選挙戦になるのか。引き続き注視したい。





















に向けて掲げられたプラカード。過激な言葉が並んだ=2025年10月19日、仙台市青葉区河北新報提供-002_eyecatch-520x305.jpg)



