事業承継の時代

伊藤江梨 いとう・えり
1984年1月生まれ。安積黎明高、大阪大卒。共同通信社記者を経て、税理士に転身し、2017年4月に暁経営会計を開業。家業の建設会社を継承し、2020年に同名の株式会社として再出発を果たした。東北税理士会福島県支部連合会広報部長などさまざまな団体の要職を務めている。事実婚で2児の母。
「事業承継」という言葉がすっかり定着した。最近の日本の「事業承継」が表すものは、戦後日本の高度経済成長を作り上げ、たくさんの中小企業を起こした「団塊の世代」の経営者からの事業の引き継ぎだ。2025年に団塊の世代がみな70代後半の後期高齢者となるのを何とか次の世代に引き継ぎたいという戦略だ。
事業承継を進めるために、経産省と財務省が折衝してでき上がった「特例事業承継税制」という、割と使い物にならない特例税制があるが、その税制の適用期限は令和9(2027)年末まで。事業承継を進めたい国は、手続きの期限延長を繰り返しているが、この最終期限だけは頑なに変えない。団塊の世代の事業承継の支援はここまでがタイムリミットとしている。
確かに年を取れば取るほど承継は難しい。決断力も鈍ってくる。来年までに、団塊の世代の事業承継ができなければ、その会社はもうほとんど手遅れなのかも。賢い経営者は、後継者が見つからないとなれば、早い段階でさっと大手・中堅に売り抜けている。かなりの売却代金を手にして、楽しそうに引退している。
事業承継を阻むもの
事業承継は難しい。そもそも人口は右肩下がりなので、担い手の母数が減っている。ただ、引き継ぐ側の団塊ジュニア以降世代側から言わせてもらえば、団塊の世代がそびえ立つ壁を作っている。ゼロから事業を作り上げた誇りと自信、年功序列が染みついた世代特有の若年者に対する「上から目線」、自分の古くからのやり方が最良と信じて変えない姿勢。「俺の作った素晴らしい会社を引き継がせてやる」という意識が、受け継ぐ側の意識と大きく乖離している。若手は貴重で、いくらでも代えがきく時代ではない。大体、経営をやりたがるような奴は、上からモノを言われるのが嫌いだ。
そして、さすがは往年の経営者。将来ある若者に安く事業を譲ろうなどという心意気なく、内容がイマイチな会社は化粧をし、内容の良い会社は「のれん代」を釣り上げてくる。今の若手はそんなに金がない。棺桶に金は持っていけないのに、さらに相続財産を増やして相続税を国にたくさん納めようということだろうか。
ずっと偉い人でいるつもり?
日本を代表するような素晴らしい経営者と言われた人でも、後継者探しに難儀している例は意外に多い。孫正義(ソフトバンクグループ)、永守重信(ニデック)、柳井正(ファーストリテイリング=ユニクロ)。あれだけの成功を収めた経営者でも、自分以外の人に自分の代わりを務めてもらうことができていないのは、人間味を感じる。
老いはすべての人に平等に訪れ、かつての姿を失わせる。かつては素晴らしい経営者、経済人だった先輩方がいつまでもその席を降りることなく、自分の過去の栄光の昔話ばかりするようになる姿は、「ああ、こうはなりたくない」と思わせる。
自分の代わりを探せないのなら、最後は不老不死を目指すしかない。プーチン大統領と習近平国家主席も不老不死の相談をしていたそうだが、不老不死を目指す権力者はもはや典型的な悪役のようだ。
創造的破壊
今の段階で後継者が見つけられていない団塊の世代の会社は、もう誰かに上手に引き継がれることはないのではないか、という気がしている。結果的に誰かがそれなりに引き継ぐという例もあるだろうが、会社経営は甘くはないので、おそらくニデックのように経営状況が悪化してきてしまうだろう。
しかし、その会社がダメになっても、きっと悲観することはない。破壊された土壌には、また創造が生まれるのだ!
2025年のノーベル経済学賞は「創造的破壊」に関する研究に授与された。創造的破壊とは、イノベーションで新しい価値が創造されると同時に、古いビジネスは破壊される、ということらしい。日本にイノベーションが足りないのはきっと創造的破壊が足りていないからに違いない。とにかく古くから何百年と長く続く会社が多い日本。素晴らしい伝統であるが、「不易流行」とか言っても結局なかなか変えられないということを私は知っている。
もう事業承継とか生ぬるいことを言っていないで、破壊して一から作り直していく方がいいんじゃないかという心持ちになってきた。経営者一人の手腕頼みだった会社は廃業にして、その空いた場所で別の効率的で現代的な会社が芽吹いて活躍すればよいのだ。
いつもそこに団塊の世代
我々団塊ジュニアの目の上にはいつも団塊の世代が大きな存在としていた。団塊ジュニアは就職氷河期、失われた30年を押し付けられ、少子化の原因も背負わされた世代。今ではZ世代にお荷物扱いされ、初任給でも追い抜かれていく。団塊の世代もきっとがむしゃらに苦労をして築き上げてきた者としての言い分があるのだろうが、生きる時代が違った者同士の苦労を分かり合うことはなかなかできない。
今となってはもう私も将来を担うキラキラ輝いた世代ではなく、ただひたすら白髪を増やし、未来世代のために労役すべき世代となった。
先日、福島市で「『おとな』に今、いいたいこと」と題した若者主催のイベントが催された。「おとなはリスナーに徹して」との言葉に、胸が詰まる。気づけば私も自分の言いたいことばかり言う「おとな」になった。私たちは若い時、上の世代に話を聞いてもらえなくて諦めてきたけれど、同じことを下の世代にしてはいけない。そういえば私も若いころ「おとな」に話を聞いてもらいたかったのだ。
窮屈さと抑圧の打破
田舎になればなるほど年功序列がきつく、地域で権力を持つ年長者に逆らえない、モノを言えない空気が強く、地方の窮屈さ、抑圧の象徴だなと思っていた。力のない若者は「ここにいたらやばいよね」と陰でコッソリ囁きながら逃げ出すしかない。
立派な中間管理職となった我々の仕事は古きを壊し、窮屈さと抑圧を打破し、とにかく話したい気持ちをぐっとこらえて若者の言葉に耳を傾け、新しい世代にちょっとの自由と受け入れられた感覚と居場所を確保することのような気がしている。
この間、郡山の経営者の会でみんなしゃべりたいことにあふれていたので、「ちょっと年長者がしゃべりすぎですね!」と言ったら、会場がちょっとざわついた。それでも怒られたり排除されたりしないのが、郡山のいいところ。あなたの地域はどうだろうか。

























