【牧内昇平】福島民報社が手掛けた県事業11件

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 地元マスメディアの福島民報社が県庁から金をもらって県産水産物のPR事業を行っていたことは本誌7月号に書いた。権力の監視役としてふさわしくない行為だと指摘したが、実はこんな事例が山ほどある。2021年度に福島民報社が請け負った他の県事業を紹介しよう。

社説・一般記事を使ってPR

 2021年、県庁の農林水産部は「オールメディアによる漁業の魅力発信業務」という事業を福島民報社に委託した。予算は約1億2000万円。同社を含めた県内の新聞、テレビ、ラジオの合計8社で県産水産物の風評払拭プロパガンダを行うという事業だった。同社は一般の新聞記事やテレビのニュース報道(たとえば県が県産トラフグや伊勢エビのブランド化に乗り出した、といった内容)を「プロモーション実績」として県に報告していた。 

 この事業について、筆者は本誌7月号でこう指摘した。

 《オールメディア風評払拭事業が「聖域」であるべき報道の分野まで入り込んでいる(中略)権力とは一線を画すのが、権力を監視するウォッチドッグ(番犬)たる報道機関としての信頼を保つためのルールである》

 地元マスメディアが県の広報担当に成り下がっているのではないか、というのが筆者の問題意識だった。

 これは一種の例外的事象だ、と思いたいところだが、実はこうした例が山ほどあるのだ。「オールメディア事業」の番頭役を務めた福島民報社について調べてみると、21年度だけで少なくとも11件の県事業を受託していることが確認された(別表)。1億円を超える予算がついた「オールメディア事業」を除いても、受託額の合計は6000万円にのぼる。(表に掲げたのは筆者の乏しい取材力で把握できたものだけだ。実際の受託事業数はもっと多い可能性もある)

2021年度に福島民報社が受託した県事業

事業名発注元金額事業目的・内容
テレワークタウンしらかわ推進事業県南地方振興局968万円新白河駅を起点とした「テレワークタウン」構想を進め、首都圏からテレワーカーを呼び込む
ふくしまチャレンジライフ推進調査事業(県中地域)県中地方振興局547万円県中地域のふくしまチャレンジライフプログラム(短期滞在型仕事・生活体験)の企画・運営、広報
ふくしまチャレンジライフ推進事業(県南地方)県南地方振興局492万円県南地方のふくしまチャレンジライフプログラム(短期滞在型仕事・生活体験)の企画・運営、広報
魅力体感!そうそう体験型観光振興事業相双地方振興局499万円相双の地域資源を発掘する体験型観光バスツアーを実施
ふくしまのプロスポーツ魅力向上事業企画調整部545万円県内プロスポーツチームの魅力を発信し、ファン拡大、試合観戦者増につなげる
市町村と連携した移住促進交流イベント等実施事業企画調整部309万円「起業」「子育て」などをテーマに県内への移住に関する交流イベントを開催
国際交流員による「ふくしまの今」発信事業生活環境部695万円県の国際交流員が県内の観光地などを取材し、SNSなどで国内外に向けて発信する
東京2020ふくしまフード・クラフト発信事業観光交流局249万円東京オリンピック・パラリンピック関連イベントで日本酒をはじめとする県産品のPR・販売を行う
アフターコロナを見据えた地域づくり推進事業いわき地方振興局977万円中山間地域にサイクリングモデルコースを造成。地域の魅力を発信する「アンバサダー」を育成する
アフターコロナを見据えた食の担い手応援事業いわき地方振興局720万円いわき市の「食の魅力」を学び、伝える人材を育てる現地視察会やワークショップの開催
ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業(オールメディアによる漁業の魅力発信業務)農林水産部1億1999万円福島民報など地元メディア8社が自社の媒体を通じて県産水産物のPRを行う
※県への情報開示請求で入手した資料を基に筆者作成。金額は1万円未満を切り捨てた。

受託した県事業を新聞記事で周知

 筆者は福島県に対して情報開示請求を行い、これらの事業について福島民報社が提出した実績報告書などを入手した。その結果言えるのは、同社が自らの新聞を利用して当該事業のPRを行っていたことだ。

 たとえば県南地方振興局から約970万円で受注した「テレワークタウンしらかわ推進事業」については、21年10月7日付福島民報4面に以下の紹介記事が載っている。

 《ゴルフ場でワーケーション 関係人口拡大 3カ所で専用プラン 

 県県南地方振興局は、ゴルフ場に宿泊してテレワークを行い、就業時間前後や休憩中にプレーを楽しむワーケーションを推進する取り組みを始めた。「ゴルファーケーション」と名付け…(以下略)》

 この記事が載った4面はいわゆる「経済面」だ。ゴルファーケーションの記事の下には「イオンの売上高が過去最高」とか、「財務省が日本郵政株を追加売却」などといった経済ニュースが掲載されていた。読者は当然、ゴルファーケーションの記事も一般的な地域の経済ニュースとして受け取ったことだろう。

 そして同年12月中旬には新聞中程の地域面に「テレワークタウンしらかわ」と題した5回シリーズの連載が組まれた。内容は、県南地方振興局長へのインタビューやテレワーク対応の仕事場の紹介などだ。ゴルファーケーションの課題や事業効果などを批判的に検証しているかと問われれば、疑問符がつく内容だろう。結局これらの記事は「報道」の体裁を取りつつ、県の事業をPRしているに過ぎないのではなかろうか。

 自社の受託事業であることが紙面上で明らかになっていないのも問題だ。紹介した新聞記事は主語が「福島県」になっている。(「県南地方振興局はワーケーションを推進する取り組みを始めた」など)。福島民報社がこの事業を受託していること、1000万円近い予算がついていることなどは記事を読んだだけでは分からない。これは読者からしてみればアンフェアだろう。

 新聞記事による事業PRは多くの案件で行われていた。

 相双地域の観光バスツアーを実施する「魅力体感! そうそう体験型観光振興事業」の場合、同社は受注前の企画提案の段階で《新聞社機能を最大限に生かし、紙面はもちろん、様々なデジタルメディア、SNSを駆使し、相双地域の魅力を県内に広く発信します》とアピールしていた。

 そして約束通り、ツアー開始前の同年7月6日付福島民報3面に「相双観光親子で楽しんで きょうから参加募る」というPR記事を掲載。数日後から「行こう! 相双の夏」というタイトルの特集記事を随時紙面化した。

 11月20・21日に行われた女性向けツアーに関しては、同月3日に「女性限定相双楽しんで 参加者募集」という記事を出し、さらに開催後の22日にも「女子旅で相双満喫」という結果報告記事が出ている。自らが受託した県事業を手厚くPRしたのである。繰り返しになるが、紹介したのは広告ではなく、通常の記事だ。そして同社がこの事業を受託していることは記事に書かれていない。

 福島ファイヤーボンズなど県内のプロチームをPRする「ふくしまのプロスポーツ魅力向上事業」も同様だ。同社は提案書で《これまで各球団の取材・報道をはじめ、イベント事業など積極的に連携・展開しております。その経験と知見を活かし、県内プロスポーツの魅力を発信できるのは弊社しかいないという強い思いで本事業に参加させていただくことにしました》と熱く(!)アピール。実績報告書の中では、ファン拡大のためのイベント実施などと共に、《スポーツ担当記者が取材し、福島民報朝刊で県内3プロスポーツの動向、試合結果等毎回記事掲載》と書いた。民報のスポーツ記事は県のPR事業の一環だったということになる。

社説まで利用していいのか?

福島民報社
福島民報社

 驚いてしまったのは、いわき地方振興局が発注した「アフターコロナを見据えた地域づくり推進事業」である。市内の山間部にサイクリングのモデルコースを作ったり、地域の観光スポットを紹介するフォトコンテストを実施したりする事業だ。これを福島民報社が受託し、例によって事業のPRやコンテストの結果紹介記事を紙面に掲載したのだが、実は「新聞の顔」とも言うべき社説(福島民報の場合は「論説」)にも同種の記事が載っていた。

 《阿武隈山地の観光振興を目指す取り組みが、いわき市で始まった。自然景観、歴史遺産、特色ある食文化を掘り起こし、サイクリングルートをつくる。海産物や沿岸部の観光施設などを主力としてきた市内の観光に新たな魅力を加え、疲弊する山間部の地域づくりにつなげる試みとして注目したい》(21年10月13日付福島民報「論説」)

 新聞の社説は「世の中がどんな方向に進んでいくべきか」を書く欄だ。そこに単なる県事業のヨイショが載るのはお粗末だし、ましてやその事業を自社が受託しているというのでは論外だ。ちなみにこの社説(論説)の筆者は、当該の「アフターコロナ事業」の統括責任者(いわき支社長)として同社の企画提案書に名前が載っている人物と同姓同名だった。

 前にも書いたが、権力と報道機関の間には一定の距離感が欠かせない。県の事業を受託してしまったら、少なくともその分野について批判的な検証を加えるのは困難だろう。世の中から期待されている「番犬」の役割を放棄していることにならないか。

 福島民報社の担当者は筆者の取材に対して、「福島県の県紙として、福島復興の支援などに役割を果たしてまいります」としている。

まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。

公式サイト「ウネリウネラ」

牧内昇平

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