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インタビュー

  • 【檜枝岐村】平野信之村長インタビュー

    【檜枝岐村】平野信之村長インタビュー

    ひらの・のぶゆき 1957年1月生まれ。喜多方工業高校卒。檜枝岐村役場で企画観光課長などを歴任。同村教育長、副村長などを経て、今年4月の村長選で初当選。  ――任期満了に伴う檜枝岐村長選において、無投票で初当選を果たしました。 「出馬にあたっては、村民の方々から要請をいただき、そうした声を真摯に受け止め立候補を決断した次第です。これまで副村長を務めてきましたが、実際に村長を務めると決断や責任が伴ううえ、立ち位置も明らかに異なります。あらためて職責の重さを実感しているところです」 ――1期目の抱負についてうかがいます。 「喫緊の課題は人口減少です。人口減に歯止めをかけるべく早急に対策に着手する考えです。また、震災・原発事故に伴う風評被害や新型コロナで落ち込んだ地域経済を何とか立て直したいと強く思います。今後は官民連携を一層強化し、民間からアイデアや知恵をお借りして実効性のある経済対策に努めていく考えです」 ――村の地域資源である尾瀬などの自然環境保護も長期的な課題となっています。 「かつて尾瀬観光に多くの観光客・登山客が訪れ、本村の規模に対し『オーバーユース』と言われた時代もありました。ただ、今は『アンダーユース』となり、利用されないために劣化する状況です。今後は関係機関の方々と協議を重ね、観光客の回復に注力する所存です。その一環として、バスを中心とする公共交通機関の利用促進を図っていきます。具体的には、本村―尾瀬―群馬県片品村間の相互移動の利便性を高め、観光ルートとしての魅力に磨きをかけながら観光客誘客を図ることで、宿泊業、飲食店、土産物屋も確実に潤うものと考えます。また、村内でのバス路線の維持は非常に厳しい状況ですが、観光客による利用増が図られれば乗車率のアップはもちろん、運行会社の収益性向上につながるなど、まさに『三方良し』となるはずです」 ――新型コロナウイルス感染症における感染症法の位置付けが5類に引き下げられました。この間、村の基幹産業に位置づけられる観光業の現状についてうかがいます。 「観光客は思ったほど戻っていないように感じます。本村は山岳観光地であり、感染症リスクは比較的低いため、この点を前面に打ち出していきたいと思います。教育旅行については回復している状況です」 ――その他今年度の重点事業について。 「村内のワーケーション施設が今年度中にリノベーションを経て完成する運びとなっています。結びに、村内の景観や若者受けする施設整備の一環として、檜枝岐川上流側に位置する中土合公園、ミニ尾瀬公園、癒しの空間の3公園を一体化する事業が今年度から着工する予定となっています」

  • 【楢葉町】松本幸英町長インタビュー

    【楢葉町】松本幸英町長インタビュー

    まつもと・ゆきえい 1960年12月生まれ。県立四倉高卒。1997年から楢葉町議4期、その間議長を2期務める。2012年4月の町長選で初当選を果たし、現在3期目。  ――移住・定住施策のため、昨年、相談窓口機能を備えたコドウがオープンしました。 「コドウの昨年度の移住相談実績は80件で、そのうち15名が移住に結び付きました。移住相談窓口以外にも大学生のフィールドワークの対応や、町内で新しいことをはじめたい方をサポートするスタートアップ支援も行っています。また、移住者の数だけを重視するのではなく、移住してきた方が、例えば起業して新たなサービス等を提供することによって住民の利便性が向上するなど、満足度の高い町になることが移住定住事業の重要なポイントだと考えています。そのために町としては今後、地域の担い手となる方や地域課題を捉え、起業を考える方をはじめ、多くの方に少しでもまちを知っていただくため、まずはぜひ足を運んでいただきたいと考えています」 ――農業の6次化に取り組んでいます。 「これまで農業再生について効率化・省力化に向けた担い手への農業集積や基盤整備、サツマイモの産地化など、特色ある新しい農業モデルに取り組んできました。新たなチャレンジとして地元農産物を活用した付加価値の高い特産品開発、商品化を進め、生産から処理、加工、さらには販売や販路へと一体的な流れを構築する6次産業化の第一歩として『楢葉町特産品開発センター』が4月に落成しました。この施設では主に甘藷・柚子・米を活用した加工品の開発や製造を行い、そのほかの町内産の農産物も幅広く活用しながら生産農家の経営安定を目指していきたいと考えています」 ――今後の抱負。 「震災から12年が過ぎ、ハード面の整備からソフト事業への移行が重要となる今『笑顔とチャレンジがあふれるまち ならは』の実現のための事業として、昨年オープンしたコドウやまかない付きシェアハウスでの事業に加え、新たに地域住民との交流拠点『まざらっせ』もオープンしました。これらを活用し、移住者と震災前から住む町民が互いに手を携え交流人口の拡大を図りつつ、さらに新しいステージへ邁進していきます。 役場機能についても、今年度から住民サービス向上のため、窓口業務一元化として町民税務課を設置しました。また、新規企業誘致や安定的な雇用の確保に注力し、観光資源の活用も今まで以上に進めるべく、産業創生課を設置して組織強化を図っています。さらにはDX推進体制の整備・強化を目指し、政策企画課内にDX推進室を設置しました。私たちが目指すのは、最終的には町民の幸せな暮らしの実現です。このことを肝に銘じて全職員心を一つに今後も精進してまいります」

  • 【双葉町】伊澤史朗町長インタビュー

    【双葉町】伊澤史朗町長インタビュー

    いざわ・しろう 1958年生まれ。麻布獣医科大学獣医学部卒。2003年から双葉町議を務め、2013年の町長選で初当選。現在3期目。  ――昨年、特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。 「町長就任時は町に帰還することは想像できませんでした。この間、町民と町政懇談会を行ってきましたが、町民からの『いつ帰還できるのか』との質問に答えられない時もありました。そういった意味で故郷に戻ったことは感慨深く、ホッとしています。一方で、医療・福祉や教育面の充実など新たな課題も生まれています」  ――JR双葉駅西側には公営住宅が建設中で診療所もオープンしました。  「当町は被災自治体で最後に避難指示が解除されたため、復興は遅れています。そのため、他自治体と同様のことを行っても町民は納得しないというのがスタートでした。そういった意味で、被災自治体の中で一番誇れる災害公営住宅と再生賃貸住宅であると自信を持っています。  診療所はJA厚生連の協力もあって開所しました。現在は週3日だけですが、来年以降は診療日を多くとっていただけるよう厚生連にも働きかけていきたいと考えています。また、移動手段を持たない高齢者などが駅から歩いていける場所にしたいとの考えから駅前に整備しました。町役場も駅前にあり、いずれ飲食店や商店ができ、『駅前に行けば便利』と思っていただけるような環境づくりを進めていきたいと思っています」  ――4月には浅野撚糸の双葉事業所が開所するなど産業復興の動きも活発です。  「帰還して生活していくには仕事・雇用が必要です。そのため避難指示解除前から企業誘致に取り組み、20件、24社と協定を締結し、現在は16件が町内で動き始めました。誘致企業の中には町内居住が雇用の条件のところもあり、ありがたく思っています。誘致企業で働く他地域から来られた方で、町の良さを知って住んでみようと思う方が増える可能性もあると思っています」  ――農業面ではブロッコリー栽培が行われています。  「除染によって痩せた土地でも栽培しやすいブロッコリーを、県の営農再開支援事業を利用して60㌃ほど栽培しています。もちろん検査も行われており、安全面の問題はありません。私も食べましたが、身が締まっており美味しいですね」  ――今後の抱負を。  「復興は町長就任直後から頭から離れたことはありませんが、やっとそのスタートラインに立つことができたと思っています。今後も職員含め、心一つに進んでいきたいと思います」

  • 【玄葉光一郎】衆議院議員インタビュー

    【玄葉光一郎】衆議院議員インタビュー

    げんば・こういちろう 1964年生まれ。安積高校、上智大学法学部卒。民主党政権時に外務大臣、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣、同党政策調査会長などを歴任。現在、立憲民主党東日本大震災復興対策本部長。10期目。  衆議院小選挙区の区割り変更に伴い、立憲民主党の玄葉光一郎衆院議員(59)は、地盤としてきた改定前の福島3区が分割されることになった。党内での候補者調整の経緯と新たな選挙区となる新福島2区での意気込みを、衆院解散の緊迫感が増す6月中旬に聞いた。支持率が低迷する同党の野党第一党としての責任についても尋ねてみた。  ――衆院小選挙区定数「10増10減」に伴い、定数1減の本県では区割りが変更となる中、立憲民主党は次の衆院選で新しい福島2区(郡山市、田村市、須賀川市、田村郡、岩瀬郡、石川郡)に玄葉代議士の擁立を決定しました。経緯と今後の選挙戦略についてうかがいます。 「中選挙区時代も含めると10期もお世話になってきた選挙区が二つに分割されるということで、体が引き裂かれる思いです。新2区、新3区のどちらを選んでも現職が既にいる状況が生まれてしまいました。 自分はどちらに重点を置いて活動すべきかということで、後援会の皆さんと丁寧に議論を重ねました。私が生まれ育ったのは田村で、主な地盤にしてきたのは田村、須賀川、岩瀬、石川地方です。一方、郡山も地元と言っていい。安積高校に通いましたし、郡山の経済圏で生活してきました。妻も郡山出身で縁が深い。最終的に新2区を活動の基盤にすると決めて、その上で馬場雄基代議士との競合をどうするかということになりました。 県連は当初からコスタリカ方式を進める方針でしたが、立憲民主党では比例枠がそもそも限られています。今後2回にわたり福島県で比例枠を一つずつ確保するのはかなり困難と予想されていました。 私自身、小選挙区で出る選択と比例で立候補し名簿順位で優遇を受ける選択の両方がありましたが、馬場代議士からは『まずは先輩が小選挙区で出てほしい』という話がありました。考え抜いた結果、私が小選挙区で当落のリスクを負うのが適切なのではないかと腹を据えました。ただし、そのためには馬場代議士が比例東北ブロック名簿で1位の優遇を受けることが前提になります。党本部に働きかけて、最終決定しました。 過去の選挙を振り返ると、当選を4回果たすまでは揺るがない支持をいただくために無我夢中でした。新しい区割りでの選挙は、若手時代と同様のチャレンジ精神が必要だと考えています。試練ではありますが、変化を新しいエネルギーに変えようと、原点に立ち返り精力的に選挙区内を回っています。新たな出会いの中に政治家の使命と喜びを日々見つけています」 ――日本維新の会が選挙の度に勢いを増していますが、野党第一党の座にある立憲民主党の現状をどのように捉えていますか。 「私は選挙に関しては、所属する党を前面に出して戦ったことはこれまで一度たりともありません。玄葉光一郎という政治家個人の力を訴えてきた姿勢は今後も変わりません。それで有権者を引き付けられなかったら、政治家としての魅力不足だと捉えています。 党の現状については、私は代表ではないので、責任を持って言える立場にありません。ただ個人的には、立憲民主、維新、国民民主による3派連合が望ましいと思っています。3派連合ができたら、いくつかの共通の公約を掲げ、選挙区調整をして、さらには共通の総理候補を立てて政権を狙う。もっとも、現状はそれができる段階ではありませんが。 維新や国民民主と現政権に代わる共通の総理候補を立てるまでの信頼関係を築けなかったことは、野党第一党の責任と捉えています。ただ、やはり政治に緊張感をもたらすために、野党は可能な限り協力すべきです」 ――5月8日から新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが2類相当から5類に引き下げられました。今後求められる対策についてうかがいます。 「現政権に足りないのは、アフターコロナについて、地方に活力を与える分散型国土を目指し、人口減少抑止につなげようとする視点です。コロナ禍で一時、東京は転出超過になりました。私はコロナ禍を機に分散型国土を実現するため、思い切った手を打ってはどうかと予算委員会で岸田文雄総理に提案しました。例えば、私立大学の一学部でもいいので、地方に移してもらう。そのために協力してくれる私学には助成金を大幅に優遇する。また5G、6Gなどの次世代通信システムを東京から整備するのではなく、地方から整備するといった政策です。 しかし、コロナ禍が収束に向かうと、再び地方から都市への転入超過に戻ってしまいました。第二次安倍政権以降、東京一極集中はますます進んでいるように思います。自公政権は分散型国土を本気でつくる気がない。 少子化対策は、手当と同時に分散型国土の整備を進めなければ効果が得られません。 賃金が正規雇用よりも低い非正規雇用の割合が増え、結婚・出産に踏み切れない要因になっています。地方と都市の格差が広がり、若年層の所得が伸びていない点を直視しないと、少子化問題は克服できないと考えています」 ――東京電力福島第一原発でトリチウムを含んだ処理水の海洋放出が始まろうとしていますが、依然として安全性や風評被害を懸念する声が後を絶ちません。本県選出代議士として海洋放出の是非ならびに風評被害問題をどう解決すべきと考えますか。 「技術的には大丈夫なのだろうと信じたい。ただ『燃料デブリに触れた水』を海に流すのは歴史上初めてのことです。100%安心ではないという方の気持ちは分かります。 この間、私は二つのことを求めてきました。一つは、トリチウムの分離技術を最大限追求すること。もう一つは、海洋放出を福島県だけに押し付けるのではなく、県外でもタンク1杯分でいいから引き受けてもらってはどうか、と。残念ながら、それらに対する努力の形跡は全く見られていません。 科学的に大丈夫と示せても、残念ながら、近隣の韓国、中国だけではなくアメリカも含めた7割以上の人が『処理水が海に流れたら福島の農産品は買わない』というアンケート結果があります。他国から視察に来てもらい、丁寧に説明する必要があります。海外で安心して県産農産品を買ってもらうには、並大抵の努力では足りないと思います」 ――最後に、有権者にメッセージをお願いします。 「区割りの変化を新しいエネルギーに変えていきます。これまでお世話になった選挙区が引き裂かれてしまったことは大きな試練ですが、いまはチャレンジの機会と捉え直しています。有権者の皆さん、特に郡山の皆さんとは新たな出会いを通じ、しっかりとした絆を築けるようにしていきたい。お世話になった方々への恩を忘れず、多くの皆さんのためにしっかり汗をかき、必ず期待に応えていきたいと思っています」

  • 【福島県酒造組合】渡部謙一会長インタビュー

    【福島県酒造組合】渡部謙一会長インタビュー

     わたなべ・けんいち 1965年、南会津町生まれ。東京農業大学農学部卒。開当男山酒造醸造元。福島県酒造組合副会長を経て、2022年5月より現職。  ――会長に就任され1年が経過しました。この間を振り返って。 「昨年5月の総会で会長に就任しました。しばらくは新型コロナウイルス感染症の影響により活動が制約されましたが、同年9月以降は3年ぶりに東京・JR新橋駅西口広場(SL広場)で『ふくしまの酒まつり』が開催されるなど、徐々にではありますが、既存の事業が再開されました。特に今年5月の連休明けからは会議、総会、各種打ち合わせなどが本格的に復活しており、現在はフル稼働で走り回っている状況です」 ――2022酒造年度の日本酒の出来栄えを競う全国新酒鑑評会で、本県は金賞受賞数14銘柄を獲得し、惜しくも10回連続日本一とはなりませんでしたが、「福島県産の日本酒」は依然として高いレベルにあることを示しました。 「『日本一』というのはあくまで金賞を受賞した蔵数の話です。それぞれの蔵元は、ひと冬、一生懸命寝る間も惜しんで酒造りに励み、手間暇かけた日本酒を出品してきました。また来年に向け、技術の向上と出品酒の研究を重ねながら酒造りに挑む――というだけの話かと思います。全国どの蔵も金賞を狙って自慢の銘柄を出品している中でのこの結果であり、『日本一』は福島県という括りの中での話に過ぎません。全国新酒鑑評会の結果を踏まえ、反省を生かしながら粛々と酒造りに励み、より良い品質の向上を目指すことが重要です」 ――昨年度の出荷状況についてうかがいます。 「コロナ禍が収束を見ない中、出荷量は前年並み程度で推移しており、コロナ禍前の水準には回復していません。お酒を飲むスタイルや飲むシーンが変化した影響も相まって、これから先も出荷量の回復には時間がかかると思っています。 逆に言うと、新しい消費動向をいかに見極められるかが今後の課題と認識しています。全国各地に酒蔵があり、さまざまな酒類が流通している中で、本県の日本酒を手に取っていただくにはどうすべきか、ということについて組合員で熟慮を重ねながら事業展開していく考えです」 ――2023年度の事業展開について。 「まず、従来通り、清酒アカデミーの運営や高品質清酒研究会での議論など、それぞれの蔵による品質向上、技術力向上について組合がいかにバックアップできるかが重要です。また、『夢の香』、『福乃香』の2種類の本県産好適米の安定生産・安定供給に寄与すべく、生産者と蔵元の橋渡し役を担うのも組合の大切な役割なので、しっかり取り組む考えです」 ――今後の抱負について。 「この間、コロナ禍の規制が緩和される中、4年ぶりに開催されるイベントもありますので、組合の総力を結集して足を運んでくださるお客様に感謝しながら、本県の日本酒の品質の良さをPRしていきたいと思います」

  • 【福島県警備業協会】前田泰彦会長インタビュー

    【福島県警備業協会】前田泰彦会長インタビュー

     まえだ・やすひこ 1959年生まれ。東海大卒。綜合警備保障㈱第八地域本部長などを歴任し、2018年5月からALSOK福島㈱社長。同月、福島県警備業協会長に就任した。  ――新型コロナウイルスの影響によりイベントの縮小や中止が続いてきましたが、5月からは季節性インフルエンザと同様の5類に分類されました。現在の会員事業所の状況はいかがでしょうか。 「さまざまなイベントが復活してきたため、仕事が徐々に増えてきております。ありがたいことです。須賀川市の釈迦堂川花火大会は4年ぶりに通常開催となり、雑踏警備業務などの仕事が見込まれています。課題として、イベント警備の人手不足が深刻化しており、年々予算も厳しくなってきています。イベントの安全性を確保するためには適正な人数や警備単価が不可欠です。主催者である行政の財政状況が大変だということは重々承知していますが、なんとか工夫を凝らして予算を確保していただき、警備単価の適正化に努めていただければと思っています」 ――以前から適正料金確保と経営基盤強化を訴えられています。岸田政権でも賃上げを最重要課題に挙げていますが、今後の見通しは。 「適正料金確保の重要性については、国や関係各所にご理解いただきつつあると感じています。国土交通省は一般管理経費を含めた労務単価として、資格ありで2万4600円が妥当だと示しています。ただ公共事業では、警備業は建設業者の下請けとなっている現状があります。労務単価に理解を示していただくために、協会も指導していきますが、会員各社が丁寧に説明していくことが重要だと思っています。 引き続き安売りせず、ダンピング行為を排除し、公正な競争による適正料金の確保、経営基盤の強化を働きかけていきます」 ――本年度の重点目標について。 「①警備員の労働時間・健康の管理による『業界全体の健全化』、②研修会実施による『教育事業』、③機械導入によるデジタル化や人手不足の解消・働き方改革、④地域安全の社会貢献活動、⑤警備業務の適正化、⑥労働災害防止、⑦関係省庁、関係機関、団体などに対しての要望活動、⑧表彰制度、⑨広報活動です。労働災害防止については、今年初めて警備業務で亡くなられた方々の慰霊祭を行いました。1人も犠牲者が出ないよう努めることが大前提です。事故が起こらないように労災防止支援を徹底します。広報活動については、大相撲で大活躍している福島市出身の力士・大波三兄弟が8月の福島場所で〝凱旋〟するので、協会として協賛させていただき、業界全体をPRしていきたいと考えています」 ――今後の抱負を。 「適正料金の交渉や安全確保のための取り組みを引き続き行っていきます。会員事業所には警備業の役割と責任を自覚していただき、警備員をしっかり育ててほしいと思っています。協会としては資格の特別講習などを実施して、業界がさらに発展できるようにバックアップしていきます」

  • 【根本匠】衆議院議員インタビュー

    【根本匠】衆議院議員インタビュー

     ねもと・たくみ 1951年生まれ。安積高、東大経済学部卒業後、建設省入省。衆院議員当選後、厚生労働大臣、復興大臣などを歴任。現在衆院予算委員長を務める。  岸田文雄政権発足から約1年半を迎えた。岸田首相の盟友で宏池会(岸田派)の会長代行兼事務総長を務める根本匠衆院議員(72、9期)は、政権運営をどう見るのか。防衛力強化や異次元の少子化対策への評価を聞いた。大震災・原発事故からの復興への道筋と、衆院予算委員長の職責の重さと心構えについても聞いた。  ――岸田政権発足から約1年半が経過しました。 「岸田首相の強みは、『聞く力』と、判断力、そして決断力です。いろいろな意見に耳を傾けて課題を整理し、最後は迅速に決断します。新型コロナ対策は迅速で的確でしたし、ロシアによるウクライナ侵略に伴う資材価格、物価高騰に対しては、対策を切れ目なく行っています。ロシアによるウクライナ侵略は明々白々な国際法違反の暴挙です。ロシアに対してG7と足並みをそろえて経済制裁を行ってきました。ウクライナ電撃訪問は、首相の覚悟を示し、国際社会に向けて大きなメッセージになりました」 ――岸田政権が進める防衛力強化と異次元の子育て支援をどう見ますか。 「『ウクライナは明日の東アジア』との危機感を持って見るべきです。国民の命とくらしを守り抜くことは政治の使命であり、防衛力強化はわが国の未来にとって不可欠です。反撃能力を持つのはあくまで抑止力を高めるためで、防衛のために弾薬を十分に確保して継戦能力も高めねばなりません。サイバー攻撃や宇宙空間からの攻撃など新たな脅威もあります。自衛隊が拠点とする建物を耐震化していく必要もあります。 『次元の異なる少子化対策』については、経済的支援の強化、保育サービスの拡充、働き方改革が欠かせません。特に重要なのは、男性が育児休業を取得し、子育てに深く関わることです。企業もワークライフバランスを整えて応援する雰囲気になっています。子育てを社会全体で支えていくんだという意識を共有して財源も確保していく必要があります」  ――衆院予算委員長として、議事を取り仕切ってきました。 「国会の一番大事な仕事は予算を決めることです。内閣が作成した予算案を国民から選ばれた議員たちが議論し承認して初めて全ての政策が動きだします。予算委員会は、与野党ともに全力を傾注する、〝国会の主戦場〟であり〝花形委員会〟とも言われます。野党は首相や大臣の答弁が不十分だと抗議し、審議を止めろと言って議事が滞る。これをどうさばいていくかが予算委員長の職責です。全ての予算案に目を通すのはもちろん、関連法案も事前に頭の中で整理しています。 予算委員長は野党に7、与党に3の軸足を置いてさばきます。一方で盟友の岸田首相を支えなければならないとの心づもりもあります。源義経を支える弁慶のような心情です。予算委員長は受け身ではいけません。激しい議論をまとめるため、最後は自分がさばくんだという気迫と気概が必要です」 ――震災・原発事故から12年を迎えました。 「第2次安倍内閣で復興大臣を務めました。安倍さんは『全閣僚は被災地復興の役割がある、復興大臣はその司令塔』と位置付けました。自ら考えて、復興大臣が関係省庁を直接指揮できる仕組み『タスクフォース』を創りました。私は『匠フォース』のつもりですが、各省庁の縦割りを乗り越え引っ張っていくのが私の仕事でした。 この仕組みを生かして津波被災地の高台移転等では、用地取得の迅速化などを実現しました。ただし事業規模が大きく市町村だけでは対応できないので、独立行政法人都市再生機構(UR)をフル活用しました。URには長年培ってきたまちづくりのノウハウがあります。一例を挙げると、高台移転地整備のために山を削って出た土を運んで津波被災地のかさ上げに使いました。1日200台のダンプをもってしても6年かかると言われていましたが、URは長さ100㍍以上のベルトコンベアを用いて1年半で達成、工期を大幅に短縮できたのです。 URは民主党政権時、その存在意義が問われ、冬の時代でした。事業仕分けで『宅地開発等の開発事業は廃止』とされていました。URがなかったら、復興は大幅に遅れていました。これだけでも、政権奪還の意味が大きかったことがお分かりいただけるでしょう。 復興大臣時代、新たな施策として町外コミュニティーの核となる復興公営住宅整備など、特に子どもの屋内外の遊び場をつくる『子ども元気復活交付金』の創設を主導しました。初めに制度ができれば、その後も予算付けをして事業が動き続けます。あの時、動かすための仕組みを創ったのは大きいと思います。大臣主導で様々なアイデアを練り上げて実現し、やりがいがありました。 復興大臣を辞めてだいぶ経ちますが、今も復興政策に深く関わっています。復興加速化本部プロジェクトチーム座長として、『里山・広葉樹林再生プロジェクト』を林野庁と徹底的に議論して昨年創設しました。しいたけ原木としての利用が停滞している広葉樹林の計画的な伐採と更新を進めるもので、10年間に5000㌶を対象とする予定です。里山の除染とは、単に土壌を剥ぐのではなく里山を構成する広葉樹林を伐採し、新しく芽を出すよう促すことが本質です。誰も気づかなかった。初めて私が気づいたのです。 萌芽更新により里山が再生され、自然循環が蘇る。原発事故で滞った伐採を進め、里山にも復興を広げていきます」 ――東京電力は福島第一原発敷地内で溜まり続けるALPS処理水を春から夏ごろにかけて海洋放出する予定です。 「廃炉作業を促進するためには処理水を適切に処理するのが大前提です。トリチウムが出す放射線は極めて弱く、健康に影響を及ぼさないというのが科学的知見です。海洋放出する際にはトリチウム濃度を世界保健機関の飲料水基準値の7分の1程度にする計画で、国内外の原発でもトリチウム水は海に流しています。国際原子力機関(IAEA)など第三者機関の監視で安全・安心を担保することが必要です。風評被害については、対策の基金を設けており、迅速に対処します。万全の体制を整え国内外の理解を得る努力を続けていくしかありません」 ――衆院小選挙区の区割り改定を受け、地盤が新2区に再編されました。次期衆院選にはどのような戦略で臨みますか。 「これまでの選挙区に2市9町村が加わります。票数で見ると自民党が弱かった場所です。選挙活動に奇策はありません。やるべきことをやるだけです。私は政策を考えるのが好きで政治家になりました。課題があると、解決にはどのような制度が必要かと担当省庁と議論を交わして政策を実践し、実現してきました。新しい選挙区を回り、各地域の課題を発見すると『課題解決型政治家』としてのやる気がみなぎります。これまでと変わらず、地元の皆様の声に耳を傾けて政策に生かしていきたいです。これまでも、そしてこれからも、福島から国を動かす。選挙の結果は自ずと付いてくるはずです」 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【菅家一郎】衆議院議員インタビュー

    【菅家一郎】衆議院議員インタビュー

     かんけ・いちろう 1955年生まれ。会津高校、早稲田大学社会科学部卒。会津若松市議、福島県議、会津若松市長を経て2012年の衆院選で初当選。環境大臣政務官、復興副大臣などを歴任。  衆議院小選挙区の区割り改定で、本県は5議席から4議席に減った。会津地方と県南地方は新3区に再編され、自民党の新3区支部長には会津地方を地盤とする菅家一郎衆院議員(67、4期、比例東北)が就任。地元の範囲が広がり、有権者の声をどのように受け止め国政に届けていくのか、菅家氏に地方創生の在り方を聞いた。  ――衆議院小選挙区の区割り改定に伴う候補者調整の末、本県新3区の支部長に就任しました。経緯と選挙戦略についてうかがいます。 「本県は五つの選挙区から四つの選挙区に1議席減る結果となりました。旧第4選挙区は新たに県南を含めた第3選挙区に区割りが決まり、会津地方を中心に取り組んできた私と県南を中心に活動してきた上杉謙太郎先生との調整が党本部で慎重に検討されてきた経緯があります。 私は会津若松市長時代には大震災・原発事故が起こり、被災者の受け入れ、衆議院議員になってからはJR只見線の復旧、会津縦貫北道路、甲子道路の全線開通など地元の要望の実現に一つ一つ取り組んできました。その実績を評価していただいたのだと捉えています。今までの選挙結果は僅差で対立候補に力及ばなかったことは重く受け止めていますが、党本部が総合的に判断して、私を新3区の支部長として決定した責任を果たしていこうと思います。 上杉先生は、旧第3選挙区では地盤の県南地方で毎回票を積み上げ、前回衆院選では対立候補である玄葉光一郎氏を上回りました。有権者からの支持を党本部が評価し、比例代表の支部長として、名簿の上位に位置付けしました。新3区の市町村をまとめると、県内では最も広い面積です。上杉先生のお力をいただいて、私も上杉先生のために働いて連携を図っていきます。 地元の範囲が県内最大となりますが、有権者の皆様の声を一つ一つ受け止め、地方政治の最前線にいる市町村長と市町村議、県会議員のご助言も得て、それを与党議員として国政に届ければ、有権者からの応援という結果は付いてくると思います」 ――県南地方を地盤とする上杉謙太郎代議士は県衆院比例区支部長として比例東北で優遇措置となる運びですが、今後どのような協力関係を築いていきますか。 「自民党所属の県議の先生方は、会津地方には6人、県南地方には3人います。選挙区の面積は広くなりますが、上杉先生、9人の県議などあらゆる政治家とこれまで以上に密接な関係が築けます。一緒に選挙に臨めるのは心強いです。 次の選挙に関しては、私と上杉先生が積み上げてきた与党議員の経験を生かせるように2人とも議席を維持することが福島県のためになると思います。私自身に言い聞かせているのですが、『お任せ』ではだめだと。私は県南で上杉先生のお力を借りながら自分なりのネットワークを構築するのはもちろん、上杉先生には私の会津の知り合いを積極的に紹介し、つないでいきます。県内の声を政治に生かすという共通目標のために、小選挙区、比例区ともに票を上積みしていきたいです」 ――5月8日から新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置付けが5類相当に引き下げられます。政府の対応の評価並びに、「ウィズコロナ」を見据えた経済対策についてどう取り組むべきですか。 「ワクチン接種をはじめ感染対策が浸透し、感染者は減少傾向です。現状に合うように法律を見直すのは必要だと思います。基礎疾患を抱える方、高齢の方が感染しないように医療機関や福祉施設での感染拡大を防いだ上で、感染症法の位置付けを引き下げるのは妥当だと考えます。 コロナ禍で飲食店、観光が大きなダメージを受け、それが長引きました。国も補償などで対応してきました。この間、感染者数は減少傾向が続いていましたが、感染拡大からの3年間は『日常生活を取り戻す』という気分に国民はなれなかったと思います。5類への引き下げで、職場の歓送迎会、地域住民の方々が懇親会などを臆することなく開けるようになったのは大きいです。自然と、地域経済が活性化へ向けて息を吹き返していくのではないでしょうか。 会津地方は県内でも有数の観光地です。海外からのインバウンドを増やし、交流人口を増やしていくことが、人口減少時代の地方創生の形だと思います。コロナの5類引き下げに合うタイミングで、只見線は昨年の10月に全線再開通し、観光路線として大いに賑わっています。 県南については、国道289号の甲子トンネルは首都圏から県への玄関口である白河市、西郷村と大内宿がある下郷町をつなぎます。県外からの観光客は戻りつつあり、観光に関しては県南と会津地方が結びついて相乗効果が見込めるのではないでしょうか」 ――自身が代表を務める「首都直下型地震対策バックヤード構想推進研究会」におけるこれまでの活動と今後の展開についてうかがいます。 「東京への人口・政府機能の過度な集中と、今後30年間で起きる可能性が高い首都直下型地震への対応を考えた政策です。国会の委員会が、首都圏が災害や有事で打撃を受けた時に代わりに機能を担う場、つまり『バックヤード』の最有力候補地の一つに挙げたのが福島県でした。 緊急事態下の首都圏を支えるには、安全で高速な交通網が整備されていなければなりません。バックヤードの一つである本県では、東北新幹線と上越新幹線のミッシングリンク(分断された路線)が磐越西線です。ここが高速鉄道でつながれば、環状新幹線となり、平時は東京から地方への分散の受け皿、緊急時は物資の供給や避難者の受け入れに役立ちます。研究会の活動が実り、国会で『地域公共交通の活性化及び再生に関する法律』の改正につながりました。 構想で特に重要なのが政府の司令塔機能の移転です。これはまだ明確に示されていないので、今夏には国土交通省の国土形成計画に取りまとめる予定です。政府機能の分散は政府自体がその方針を示すべきではないのか、そのような思いで私たち研究会は提言をまとめ、昨年12月に国土交通大臣と国土強靱化担当大臣に要望しました。我々研究会の意見を政策に生かせるようにさらに継続して活動していきます」 ――有権者へのメッセージをお願いします。 「新3区の支部長に就任させていただいたことに深く感謝申し上げます。厳しい選挙にもかかわらず応援していただいたおかげだと思っています。県南、会津地方と広い地域にまたがる選挙区の支部長ですが、その重みをひしひしと感じています。 全国で人口減少が進んでいますが、会津地方は特に影響が著しい地域です。高齢の方々が手厚い支援で健やかに暮らせるようにするのはもちろん、若い人が居心地の良い故郷にもう1回戻って、そこで安心して安全に仕事や子育てができるような環境を整えるよう尽力していきたいです。県南地方は、首都圏からの玄関口に当たり、地方分散の受け皿として重要です。両地方で、若い人たちが夢と希望を持って住み続けられるよう全力で取り組んでいきます」 【菅家一郎】衆議院議員のホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【いわき市】内田広之市長インタビュー

    【いわき市】内田広之市長インタビュー

    うちだ・ひろゆき 1972年3月生まれ。東北大教育学部卒。東大大学院教育学研究科修了。文部科学省教育改革推進室長、福島大理事兼事務局長などを歴任し、2021年9月の市長選で初当選。  ――市長就任から1年半が経過しました。この間を振り返って。 「就任当時、市が抱えているさまざまな課題について、『見える化』が図られておらず、青写真も示されていない現状にありました。そのため、昨年1年かけて議論を重ねながら『いわき版骨太の方針』を策定し、今後のビジョンをお示ししました。 教育・子育て、農林水産業の担い手不足、医師不足、産業振興、若者の雇用確保、公共交通整備などについて、骨格をつくり見通しを示しました。さらに各地区の区長を中心とした話し合いの場に足を運び、課題や取り組み状況を共有しました」 ――優先的に取り組みたい課題は。 「特に重視しているのが、若者の人口流出です。高校卒業後、進学・就職で約6割が首都圏などに流出します。人口減少につなげないためには、地元に帰りたいと思ってもらえる環境づくりが大事であり、産業振興や若者の雇用確保を生み出すことが大事です。本市は製造品出荷額等が東北で1位の都市であり、ものづくりや素材産業の分野で、いかに若者にとって魅力的な雇用を生み出せるかがポイントになると思います。 4月1日、浪江町に福島国際研究教育機構(エフレイ)が開設されました。これらを見据えて、本市では課長級のエフレイ連携企画官を2人配置しました。また、4月15日には市役所内郷支所にエフレイの出張所が開設され、市内で設立記念シンポジウムが開催されました。世界トップレベルの研究者が集まる同機構と連携し、市内の既存産業と研究が融合していくことで、専門性が高い分野の若者に市内で働いていただけることを期待しています。若い力が活発になることが真の復興であり、今年はスタートの年だと思っています」 ――新型コロナウイルスの5類移行に伴い、観光振興をはじめコロナ禍で制限されてきた事業に着手できることと思います。 「コロナ禍前の市内入り込み客数は約800万人でしたが、2022年は約540万人でした。今後はウィズコロナの時代になり、一時的に感染者が増加しても、行動制限・イベント自粛を呼び掛けるのではなく、各自が対策しながら開催していくことになると思います。 本市では昨年から花火大会、いわき七夕まつり、いわきサンシャインマラソンなどのイベントを順次復活しており、海水浴場もオープンしました。今年はそのほかのイベントも本格的に再開する予定で、市外から訪れる人をしっかりおもてなししていきたいと考えています。 入り込み客数増加という意味では、サッカー・いわきFCのJ2昇格により、同チームや対戦チームのサポーターが多く足を運ぶようになったことも大きいです。先日、JR磐越東線のいわき―小野新町駅間が赤字になっているという発表がありましたが、いわきFCの試合などと連携し利用を促すのも一つの方法だと思います。沿岸部にサイクリングロード『いわき七浜街道』を整備しているので、自転車関連の合宿なども積極的に誘致したいですね」  ――市では健康ポータルサイトを設立し、健康指標改善に取り組んでいますが、今後の展望は。 「65歳の人が元気で自立して暮らせる年数を算出した『お達者度』を県内13市で比較すると、本市は男女とも県内最下位です。特定健康診断の受診率もワーストで心臓・脳血管疾患による死亡割合は他市と比べて高い。健診を怠り、病気が悪化して治療が遅れる傾向が読み取れます。塩分摂取率は全国平均より高く、生活習慣も健康指標の低さに影響していると思われます。 子どものうちからの啓発が必要だと考え、現在、市内のモデル校の中学2年生を対象とした事業を実施しています。実際に早期指導は改善効果があることが分かったので、今後対象校を拡大し、学校を通して家庭に健康意識が広まることを期待しています。また、高齢者向けにフレイル(加齢により心身が衰えた状態)の疑いがないか検査を実施したり、スポーツイベントで血液検査や血圧測定を行ったり、シルバーリハビリ体操を普及させることで、介護予防の取り組みも広めています。加えていわき市医師会、いわき市病院協議会と連携協定を締結し、健康寿命を延ばす取り組みも進めています」 ――近年、激甚化する自然災害への対策が不可欠となっています。 「さまざまな対策を講じていますが、その中から2つ紹介します。 1つは要支援者の把握です。東日本大震災や令和元年東日本台風では、思うように動けない要支援者が逃げ遅れて亡くなったケースが確認されました。そこで個別に避難計画を策定することを決め、特に、災害リスクが高い地域の要支援者からヒアリング調査を実施し、災害時の避難体制の整備を進めています。次の災害時は『逃げ遅れゼロ』を実現したいと思います。 もう一つは防災士の活用です。本市には防災士の資格を持つ人が県内最多となる900人以上います。市内には町内会が529団体あり、403団体の自主防災組織が立ち上げられていますが、人口減少や高齢化の進展の中、訓練などの活動状況に差が生じてきているようです。そこで、防災士に災害時における地域のリーダーとして活躍してもらおうと考え、昨年、全国初となる『登録防災士』制度を作りました。 令和元年東日本台風で越水した夏井川や好間川は川底の掘削がだいぶ進んでおり、同じ規模の雨が降っても水害は防げそうですが、自然災害の甚大化が進んでいるので、防災対策が重要になると考えています」 ――国・東京電力は福島第一原発敷地内に溜まるALPS処理水の海洋放出を春から夏にかけて実施する方針です。沿岸部の自治体としてどのように受け止めていますか。 「国・東電は住民向けの説明会を開いたり、福島県産品のPRイベントを開催しており、アンケートなどを見る限り、国民への理解も少しずつ広まっているように思います。ただ、まだ合意が整う途上にあります。国・東電は漁業関係者の皆さんに対し『関係者の理解なしにいかなる処分も行わない』と約束しているので、まずは理解醸成をしっかりやってほしい。そのためには、対話を重ねるしかないのではないでしょうか」 ――今年度の重点事業について。 「特に強調しておきたいのが、子育て関係の施策です。国の方で異次元の子育て支援策を掲げているので、本市でも連動して手厚くしていきたい。子育て世帯の支援としては、部活動などで全国大会などに出場する選手への支援メニューを充実したり、インフルエンザの予防接種費用の助成を実施しました。学校給食の無償化についても全国で議論になっているので、市長会を通じて国へ伝えていきたいと思います」 いわき市のホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【矢祭町】佐川正一郎町長インタビュー

    【矢祭町】佐川正一郎町長インタビュー

    さがわ・しょういちろう 1951年11月生まれ。茨城県立大子第一高校、富士短大卒。家業の㈱佐川商店を経営。矢祭町議1期を経て、2019年4月の町長選で初当選。現在2期目。  ――4月の町長選で無投票再選されました。 「1期4年間の役割の重要さをあらためて実感しましたし、1期目の中での積み重ねがあったからこそ、今回、無投票でまた町政の舵取りを担う立場に立てたと考えています。自分の考えを住民の皆様に伝えるという意味では選挙態勢を整えるのは不可欠ですが、選挙のための政治ではなく、町民本位の行政でなければならないので、これからも町民を思い、共創のまちづくりを進めていきます」 ――今年度の重点事業について。 「笑顔あふれる共創のまちづくりをコンセプトに、町民と地域行政が一体となって魅力あるまちづくりを目指す、というのが2期目の大きな目標です。それを実現するため、6月からは4年ぶりとなる地域懇談会を実施するほか、各地域の住民の皆様にもまちづくりに参加できるような場を提供し、皆様の要望や提言を真摯に受け止めて町政に反映し、共同参加型のまちづくりに取り組んでいきます。 また、町内の空き家対策も重要課題で、3月末には㈱AGE technologiesと連携協定を結び、空き家の適正管理・活用に努めているほか、町内に発足したNPO団体に空き家バンク制度を有効活用してもらい、地域の課題に密着した施策を打ち出していく考えです」 ――2期目の抱負について。 「本町を取り巻く課題は様々あり、人口減に対してはどうしてもマイナスに捉えられてしまいますが、教育面は子ども一人ひとりに対してより多くのリソースを割くことが可能になります。マイナス面ばかりに目を向けるのではなく、人口減だからこそできる施策も開拓していきたいと考えています。また、本町を含めた県南地域の交流人口・関係人口創出という意味では、行政間の連携も必要不可欠です。加えて本町は茨城県とも隣接しており、関東圏との玄関口に当たるので、水郡線の活性化や久慈川の防災、国道118号のインフラ整備など、茨城県との交流深化にも努めていきます。 本町にゆかりのある偉人として吉岡艮太夫という人物がおり、日米修好通商条約批准の際に若き日の勝海舟やジョン万次郎、福沢諭吉らと軍艦・咸臨丸に乗り込んで日本初の太平洋横断任務に就き、帰国後は幕臣として徳川家に忠義を尽くしました。その生涯や足跡を周知していきたいと考えています。 ほかにも道の駅構想の具体化や駅前開発、公民館改修といったハード面の整備、町内事業者の担い手不足解消や空き店舗解消といったソフト面の問題解決に尽力し、町民の皆様の期待に応えていきたいと思っています」

  • 【三島町】矢澤源成町長インタビュー

    【三島町】矢澤源成町長インタビュー

     やざわ・げんせい 1951年生まれ。東洋大学経済学部卒。76年に三島町職員となり、生涯学習課長、政策担当課長などを歴任。町教育長を経て、2015年の町長選で初当選。今年4月の町長選で3選を果たした。  ――4月23日投票の三島町長選では、激戦を制し3選を果たしました。選挙戦を振り返って。 「私が今まで進めてきた取り組み、2期務めてきた実績、今後の4年間を見据えた本町の方向性について、町民の皆さんに訴えたことが認められたのかな、とあらためて実感しています。町長の任に就かせていただくにあたって、国、県の動きを見ると、これからの時代は経済成長を前提とした施策ではなく、ある程度成熟社会を踏まえた方向性に転換していると実感します。本町でも、医療・介護・福祉・保健・環境・自然保護・再生という言葉をキーワードとする地域社会の創造が私の使命であると痛感しています」 ――2期8年の総括を。 「この間、特に注力してきた分野が医療・福祉です。地域住民の生活を守るため、地域包括支援センターや在宅医療の充実に努めてきました。また、本町をはじめ、柳津町、金山町、昭和村の医療圏を構成する4町村での連携のもと、県に対し、老朽化が著しい県立宮下病院の改善策について要望を重ねてきました。そうした中で、町民運動場への移転・新築が決定し、『有床診療所』として2027年度に開院の予定です。これに伴い、在宅医療センターも新設されるなど、県内でも特に過疎化や高齢化率が高い特性に合わせた地域医療の拡充が期待されます。 今後も構成自治体同士がしっかりとスクラムを組みながら同病院と一体となり、過疎地域における医療拡充を図っていく必要があります。医療・介護・保健・福祉が集約される地域包括的役割を担う同センターは、地域住民が安心・安全に暮らせる心のよりどころと言っても過言ではありません。 一方、同病院整備を足掛かりに道路整備にもつなげていきたいと考えます。現在、財政難や公共事業の削減も相まって本町の雇用を下支えする建設業は厳しい状況です。今後の建設予算の獲得には相応の合理性が一層問われるものと考えます。同病院移転を契機に周辺の道路のみならず、医療圏内の交通を円滑にするための道路整備が必要となるので、今後も関係機関に対し積極的に働きかけを行っていきます。そのほか、柳津町・三島町学校給食センターの整備、子育て支援策として給食費と保育料の無料化や紙おむつの支給、町営バスの減免制度創設、若者定住促進事業を展開してきました」 ――3期目で目指す町政運営の方針についてうかがいます。 「私の政治哲学は〝本町の守るべきものはしっかり守り、変えるべきものはしっかり変えていく〟であり、端的に言えば『温故知新』と『不易流行』に尽きます。それらに基づいた町政運営を展開していきます。 1974(昭和49)年以降、本町では、5つの運動を展開してきた経緯があります。具体的には、①都市と農村の交流を通した地域活性化を狙いとする『ふるさと運動』、②伝統行事の数々を集落の誇りとして守り連帯意識を醸成する『1地区1プライド運動』、③伝統的なモノづくりの技と自然や地域資源を現代生活に生かしながら交流人口創出を図る『生活工芸運動』、④県立宮下病院の拡充や健康寿命の延伸を狙いとする『健康づくり運動』、⑤健康づくりと農業の連携・融合を目指した『有機農業運動』――であり、まちづくりの根幹になっています。地域をどのように活性化するのか、そのためには地域の資源をどう活用するのか、引き続き『温故知新』と『不易流行』の精神で取り組む考えです」 広域連携で活性化図る  ――周辺自治体との広域連携の重要性について訴えてきました。 「周辺自治体を巻き込んだ広域連携のメリットは、各々の自治体における短所を互いに補い合える点のみならず、各自治体が持つ長所を認め合いながら相乗効果を発揮して『点から面』への地域振興を図っていける点だと考えています。そのためにも周辺各自治体と『Win―Win(ウィンウィン)』の関係を構築していきたいと強く思います。 現在、本町の人口は1400人で、人口減少と少子高齢化が加速している状況にあります。この問題に対処するためにも広域連携は大変重要になっていきますし、本町を含む過疎地を抱える山村の自治体が豊かさを維持するための至上命題と言えます。現時点では、先述した宮下病院を中核とする4町村の医療圏構想などで具現化しています。 柳津町、昭和村との連携による『特定地域づくり』の活用も重要です。教育や文化も含めた『総合的企業』という観点で、地域の文化の香りを生かした広域連携を展開し、活性化を図っていく考えです」 ――3期目の重点事業について。 「1つは、『結婚・出産・子育てしやすい環境の整備』です。結婚祝い金制度の充実をはじめ、世代間の垣根を超えたさまざまな交流、きめ細かな子育て支援策、保育所や学童保育の充実を図っていく考えです。 2つは、『地域資源を生かした仕事を創る』です。環境に配慮した地域産業創生を目指し、4年間にわたり、環境省からご指導いただきながら取り組んできました。この間、『三島町における木質バイオマス活用を契機とした地域循環共生圏構築事業』、『三島町ゼロカーボンビジョン』など、環境省と連携しながら協定を締結し、環境問題についていろいろ議論を重ねてきました。 再生可能エネルギーにも注目しています。森林を生かした木質バイオマス発電、水を活用する小水力発電を積極的に展開して『産業化』を図り、循環型地域経済社会の創造を目指していきます。また、桐や編み組、温泉、会津地鶏、カスミソウ、健康野菜、山菜など魅力ある地域資源をさらに磨き上げ、地場産業の振興による雇用の拡大、農・商・工連携による地域で稼いだお金を地域に還元する地域経済循環の構造を一層盤石にする考えです。 3つは、『交流人口から関係人口・定住人口につながる流れをつくる』です。『サイノカミ』をはじめ、雛流し、虫供養など本町独自の地域文化をはじめ、自然との共有による豊かな暮らしなど、本町の魅力を積極的に発信し、交流人口の拡大はもちろん、関係人口の創出、ひいては定住人口の向上に努めていきたいと考えます。併せて、町内の空き家等の利活用にも注力していきます。 結びに、『生涯活き活きと過ごせる魅力ある地域を創る』です。『みしま健康ポイント事業』、有機農業などの健康づくりをはじめ、生涯学習の充実、町内集落における民俗文化の魅力発信による元気なまちづくりに向け鋭意努めていきます。そのほか、会津地鶏加工場の建設をはじめ、ガソリンスタンドや通信情報施設の整備にも着手します」 三島町のホームページ

  • 【川内村】遠藤雄幸村長インタビュー

    【川内村】遠藤雄幸村長インタビュー

    えんどう・ゆうこう 1955年1月生まれ。原町高、福島大教育学部卒。㈲わたや社長。川内村議を経て、2004年の村長選で初当選。20年4月の村長選で5選を果たした。  ――新型コロナウイルスの位置づけが5類に引き下げられました。 「5類引き下げに伴い対策本部を解散しましたが、今後感染拡大が続いた時には再度立ち上げるなど柔軟に対応していきます。今後の感染状況を見ながら必要に応じた支援をしていきたいと思います。 村内事業所はコロナ禍と燃料費高騰で打撃を受けており、村としても支援してきました。飲食店に関しては、各種会合が再開されるなど、少しずつ回復している実感があります。 イベントも、例年より規模を縮小するなどしてマラソン大会や秋祭りなどが再開されてきています。感染状況を見ながらですが、今年は通常通り開催したいと考えています」 ――村内産ワインの反響はいかがですか。 「昨年春に白ワイン、秋に赤ワイン、12月にスパークリングワインを販売したところ、おかげさまで在庫がなくなるほど反響をいただきました。今年は出荷量を増やし、全12銘柄、約1万3000本の出荷を見込んでいます。販売店や首都圏でPRを兼ねた即売会・試飲会を開催しており、ふるさと納税の返礼品としても検討しています。 村内には、生食用のブドウの栽培農家も約40軒あり、こちらも高評価をいただいています。ビニールハウスを活用して栽培している稲作農家もいます」 ――村といわき市小川町をつなぐ国道399号十文字工区が昨年開通しました。 「いわき方面から村内の入浴施設などを訪れるようになっています。詩人・草野心平とゆかりが深い本村と小川町の商工会が連携し、誘客事業を展開していく動きも生まれています。さらに整備中の県道36号小野富岡線が開通すれば、田村市や郡山市に行きやすくなり、あぶくま高原道路を経由することで須賀川市や白河市も生活圏になります。道路インフラが整備されることで医療、通勤・通学面での選択肢が増え、復興加速につながっていくことが期待されます」 ――今年度の重点施策について。 「役場庁舎が築50年超となり、度重なる地震で損傷していることもあって、建て替えを予定しています。有識者を交えた検討委員会で検討を重ねた結果、『新庁舎を新築することが適当』との答申をいただきました。職員や村民等の声も聞きながら、今後、基本・実施設計を策定し、庁舎建設を行っていくことになります。新たな庁舎は村の防災拠点かつシンボリックな存在にしたいですね。 庁舎建設と併せて、義務教育学校設立により廃校となった旧川内中学校の利活用も検討していきたいと考えています」 川内村のホームページ

  • 【会津美里町】杉山純一町長インタビュー

    【会津美里町】杉山純一町長インタビュー

    すぎやま・じゅんいち 1957年生まれ。東京農業大農学部卒。衆議院議員秘書を経て、2003年から県議連続5期、その間議長を務めた。2021年4月の会津美里町長選で初当選。  ――町長就任から2年が経過しました。 「就任当初から新型コロナウイルスの感染が広がり、ワクチン接種や感染防止対策はこれまで未経験だったので大変苦労しました。 選挙公約に掲げた中では、一番重要なのが人口減少対策で、若者定住支援や子育て世代の支援に注力しました。また、町長就任前から町内の温泉施設の売却・譲渡の話があり、本郷温泉湯陶里は令和2年に無事譲渡でき、新鶴温泉は、昨年あらためて公募をかけ、会津若松市の会社に売却が決定し、今年4月に『新鶴温泉んだ』として生まれ変わりました」 ――昨年末に㈱ウェルソックと地域包括連携協定を締結しました。 「本町と㈱ウェルソックの包括連携協定は、高速通信網を活用した『産業のDX』や『暮らしのDX』の推進等を図ることを目的としています。協定内容は、①町内における各種産業のスマート化実証実験の誘致促進に関すること、②ロボットやIoT等の最新技術の実装促進に関すること、③地震等の災害発生時における町民の安全確保に関すること、④町民の安全・安心の向上に寄与すること、⑤その他、高速無線通信網の活用促進、地域振興に関すること、です。主な取り組みとして、昨年度に整備を進めた町内Wi―Fi環境を活用したインターネット接続サービスを4月28日から開始しており、今後は防災や防犯など様々な分野に活用していきます」 ――本郷庁舎の改修が進められています。 「本郷庁舎は『町民が集い、自ら学び、活動を支援し、人と地域をつなぐ拠点』を基本理念に、生涯学習センター機能とともに支所機能と福祉センターの一部機能を備えた施設になります。令和6年1月の開館に向けて準備を進めており、進捗率は5月末時点で89・2%と、予定より早い進捗になっています」 ――今年度の重点事業について。 「今年度は第三次総合計画後期基本計画3年目の中間年度となり、これまでの取り組みへの評価を行いながら、職員一丸となって事業を効果的に進めていきたいと考えています。 特に重点的に進めていきたいのが教育環境の充実と人口減少対策です。教育については、ICTを活用した教育環境整備のため、デジタル教科書導入や家庭でのタブレット学習を推進するほか、9年間教育の先進的実践を進めるため、本郷地域に本町初となる義務教育学校の開校を令和6年度を目標に進めていきます。人口減少対策については、移住対策の充実を図るほか、本年度は新たに小中学校入学児、中学校卒業生徒の保護者に対して子育て支援金を交付し、経済的な支援を充実させていきます」 会津美里町のホームページ

  • 【相双建設事務所】小池敏哉所長インタビュー

    【相双建設事務所】小池敏哉所長インタビュー

     こいけ・としや 1967年生まれ。宇都宮大学工学部土木工学科卒。1990年に県職員となり、土木部下水道課長、技術管理課長などを歴任。2022年から現職。  ――2月には県道広野小高線の富岡町の工区が完成し広野町から富岡町までの区間が結ばれました。 「一般県道広野小高線(通称・浜街道)は、広野町を起点に双葉郡の太平洋沿岸部を南北に縦断し南相馬市小高区に至る幹線道路で、このうち広野町から富岡町に至る区間約17・2㌔について、平成9年度から道路改良事業に着手しました。平成23年3月の東日本大震災後は、津波で甚大な被害を受けた被災地域の復興まちづくりを支援する道路として整備を推進し、令和5年2月に広野町から富岡町の区間を開通させることができました。広野町から富岡町までの改良道路により、安全で円滑な通行が可能となり、沿岸部における人と物の交流や地域間連携が一層図られ、産業の再生や観光の振興につながるなど、浜通りの復興を力強く後押しすることが期待されます」 ――昨年は福島県沖地震が発生し、相双地域は大きな被害がありました。 「令和4年福島県沖地震では、当事務所で管理する道路、河川、海岸において53箇所の被害が確認されたことから、早期復旧に取り組み、令和5年3月末時点で36箇所の復旧が完了しております。残りの被災箇所についても、令和6年度の完了を目指し、引き続き、道路等の復旧にしっかりと取り組んでいきます」 ――防災事業も重要です。 「令和元年東日本台風など、近年、激甚化・頻発化する自然災害に備え、河川の治水安全度を高めるため、『宇多川及び小泉川の改良復旧事業』等の河川整備を進めるとともに、河川堤防の強化を目的とした堤防天端の舗装や、河川の流下能力向上を目的とした河道掘削や伐木等を引き続き実施していきます。また、流域治水の考えに基づき、流域全体のあらゆる関係者が協働し、ソフト・ハードが一体となった防災・減災対策に取り組んでいきます。さらに、災害時の輸送を確保する道路ネットワークの強化や管理する各種公共土木施設の長寿命化対策を計画的に実施していきます」 ――震災・原発事故を受けての管内の整備状況について。 「県では、避難解除区域等と周辺の主要都市等を結ぶ幹線道路を『ふくしま復興再生道路』と位置づけ、住民帰還や移住促進、さらには地域の持続可能な発展の支援に取り組んでいます。当管内では国道114号、国道288号、県道原町川俣線、県道小野富岡線の4路線13工区でふくしま復興再生道路の整備を進めており、これまで国道288号(野上小塚工区)など、2路線9工区で供用を開始しています。残る2路線4工区についても引き続き整備を進め、相双地域の復興を着実に進めていきます。また、相双地域では、地域内において復旧・復興状況が異なっていることから、それぞれの状況に合わせた安全・安心な社会資本の整備にしっかりと取り組んでいきます」 ――今後の抱負。 「本年度は、県道小野富岡線(西ノ内工区)での一部区間供用や、令和元年東日本台風による災害復旧工事や宇多川改良復旧工事の完了を目指すとともに、国道114号(椚平工区)や復興シンボル軸(県道井手長塚線)の整備促進、県道浪江三春線(小出谷工区)の橋梁及びトンネルの設計着手、復興祈念公園における(仮称)公園橋の工事に着手するなど、相双地域の復興を着実に進めていきます。また、第2期復興・創生期間(令和3年~7年)の折り返しの年であり、地域の復旧・復興のステージを捉えながら、住民帰還へ向けたインフラの整備を着実に進めるとともに、適切な維持管理に、職員一丸となって取り組んでいきます」

  • 【福島県北建設事務所】長嶺勝広所長インタビュー

    【福島県北建設事務所】長嶺勝広所長インタビュー

    ながみね・かつひろ 1965年生まれ。会津若松市出身。新潟大卒。1987年に県職員になり、喜多方建設事務所長、土木部次長(道路担当、企画技術担当)などを歴任。昨年4月から現職。  ――県北建設事務所長に就任され1年が経過しました。この間を振り返って。 「令和4年度は、『ふくしま復興再生道路』の整備や、令和元年東日本台風等において、大規模な被災を受けた河川の再度災害防止に向けた河川改良などを職員が一丸となり、スピード感を持って取り組んだ1年でした。 また、令和4年3月16日の福島県沖を震源とする地震により、阿武隈川を渡る県管理の橋りょう3橋と桑折町管理の1橋の合計4橋が被災しましたが、そのうち2橋の復旧工事が完了し、残る2橋につきましても国による代行事業で実施することとなり、様々な事業が円滑に進捗しました。これも地域住民の皆様や国、市町村をはじめとする関係各位の御協力の賜であり感謝申し上げます」 ――管内における令和元年東日本台風の災害復旧事業をはじめ、河川、砂防事業の進捗状況についてうかがいます。 「令和元年東日本台風の災害復旧事業は概ね完了いたしましたが、甚大な被害を受けた移川・安達太田川(二本松市)、広瀬川(川俣町)、山舟生川(伊達市)において、再度災害防止に向け、災害復旧と併せた河川改良を、また、滝川(国見町)、濁川(福島市)、外3河川において背水(バックウォーター)対策として堤防の嵩上げ工事等を引き続き実施しています。さらに、河川の拡幅等と同時に橋梁の架け替え工事も行っています。 そのほか、治水安全度向上のため、古川(伊達市)、五百川(本宮市)などにおいて、築堤や護岸などの河川改修事業を進めていきます。砂防事業については、土石流対策として砂防えん堤を建設する大作沢(川俣町)や、がけ崩れ対策として防護柵を設置する椿舘(福島市)など、土砂災害が発生するおそれがある区域で、特に要配慮者利用施設が存在する場所を優先して対策事業を進めるとともに、小谷ノ沢(川俣町)や坊田沢(伊達市)など既存の砂防えん堤の補強工事にも取り組んでいます」 ――「ふくしま復興再生道路」として鋭意整備が進められてきた国道114号山木屋1・2・3工区、国道349号大綱木1・2工区が3月21日に完成の運びとなりました。開通による効果についてうかがいます。 「避難指示解除区域の産業振興や交流人口の拡大、安全で安心な車両交通環境の確保、通行時間の短縮などの利便性向上を目的として整備しました。地元の川俣町民から『以前は幅が狭いしカーブは急、その上、すぐ下は川、怖いので冬場に山木屋に出かけることができませんでした。でも、広くてまっすぐな道路ができて時間も以前よりかからず、本当に有り難く思っています』と嬉しいお話をいただきました。整備した道路が次の時代、次の世代に渡り利用され、ますますの県土の発展に寄与していくことを願っています」 ――その他の重点事業についてうかがいます。 「県北地域が高速交通体系の結節点であることを生かした県内外との広域交流の促進や都市内の日常生活を支える道づくりが必要と考えております。 主な事業として、東北中央道福島大笹生ICへのアクセス性の向上を目的とした福島市の上名倉飯坂伊達線大笹生2工区では、工事着手に向けた用地取得を進めていきます。伊達市から宮城県丸森町に至る国道349号五十沢地区では、国と連携して道路改良事業に着手するとともに、本宮市では通勤通学など地域の方々の生活を支える県道本宮三春線高木工区の完成を図っていきます」

  • 【福島県中建設事務所】芳賀英幸所長インタビュー

    【福島県中建設事務所】芳賀英幸所長インタビュー

     はが・ひでゆき 1967年生まれ。日本大学工学部土木工学科卒。1990年に県職員となり、土木部土木企画課長、道路管理課長などを歴任。今年4月から現職。  ――4月より県中建設事務所長に就任されました。前職は土木企画課長で県庁から出先事務所に異動しての勤務となりますが、管轄地域の印象等はいかがでしょうか。 「3月までは県庁勤務でしたが、土木企画課というのは情報共有の要で、各建設事務所の課題や問題解決のために動く縁の下の力持ちのような役割でした。今回は事務所長としての勤務ということで、直接事業に携わり、県民の方々とも直にお話ができる、いわば最前線で仕事ができるという点で非常にやりがいを感じています。県庁には6年間勤務していましたが、個人的には現場での仕事の方が好きなので、その点も踏まえて積極的に取り組んでいきたいと考えています。 県中建設事務所は郡山市に事務所を構えていますが、私自身、郡山市出身なので非常に愛着もありますし、地域のためだけでなく故郷に貢献していきたいと思いながら事業に取り組んでいきます」 ――ふくしま復興再生道路として整備が進められている、県道吉間田滝根線の事業進捗について。 「県道吉間田滝根線は県中地域と双葉地域を結び、浜通り地域の復興を加速化させる目的で整備が進められています。 その中でもあぶくま高原道路の小野ICから延びる9・2㌔のバイパス事業である広瀬工区は、うち2・6㌔を自動車専用道路区間、残りの6・6㌔区間を一般道区間として整備しています。現時点で外観的にはほぼ完成しているように見えますし、実際の事業進捗率としても90%以上が完了しています。今後は標識類の整備等に取り組み、今年度中に供用開始となる予定です」 ――昨年11月には国道118号鳳坂トンネルが開通しました。 「国道118号鳳坂トンネルについては天栄村の方から熱望されていた事業で、開通式後に地域の方から100年来の事業を実現してくれてありがとうという感謝のお声をいただきましたし、地域の方からそうしたお声を直接いただけて非常にやりがいを感じました。天栄村は県中地区に位置しますが、鳳坂トンネルの先はどちらかといえば会津地域と同じ気候で、役場と湯本地区との行き来が困難であったため、物流や観光、救急搬送においても大きな影響を与えていた経緯があります。トンネルの完成によって、それらが円滑に行えるということで非常に高い整備効果が得られたと見ています。また、県中地域の方が南会津方面に行かれる際にも鳳坂トンネルを利用されることが多いので、通勤利用という側面でも大きく貢献していると考えています」 ――今年度の重点事業について。 「先述した吉間田滝根線の年度内開通に加えて、石川町において水災害から地域の安全・安心を確保する千五沢ダムの再開発事業を進めており、昨年度には洪水吐き導流部コンクリートと下流護岸工が完成しましたので、今年度は残りの工事を進めて年度内の完成と試験湛水を行う予定です。 その他の事業として、災害に強い道路ネットワークの構築を目指す国道288号船引バイパスの整備事業を進めており、郡山市側の1工区は平成27年度に供用し、2工区の一部区間も昨年度に供用開始しました。今年度以降は2工区における残りの区間の工事と3工区の用地取得と工事を推進し、早期の全線開通に向けて取り組んでいきます。また、昨年度は、いわき石川線の石川バイパス2工区が供用開始となり、こちらについても残る1工区の工事を推進し、早期開通を目指して取り組んでいきます」

  • 【須賀川商工会議所】菊地大介 会頭インタビュー

    【須賀川商工会議所】菊地大介 会頭インタビュー

    きくち・だいすけ 1972年10月生まれ。㈱あおい代表取締役。東北学院大卒。2019年11月から須賀川商工会議所副会頭を務め、昨年11月から現職。  新型コロナウイルスの感染拡大がひと段落し、経済の動きの再生に期待が寄せられている。県内経済界ではどのように対応していく考えなのか。須賀川商工会議所の菊地大介会頭(㈱あおい代表取締役)にこの間の会員事業所の状況やアフターコロナに向けた展望、さらには物価高騰やデジタル化への対応などについて、語ってもらった。  ――昨年10月の臨時議員総会で新会頭に選任されました。就任から半年経過しましたが、現在の率直な感想を教えてください。 「3年前の副会頭就任後、すぐに新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、ほとんど大きな動きが取れなかった3年間でした。新型コロナウイルスの5類引き下げが決まり、徐々に社会の正常化が図られる中で会頭に就任させていただいたことを感慨深く受け止めています。 就任のあいさつでも述べましたが3年の任期中に、①物価高騰への対応、②デジタル化の推進、③アフターコロナに向けての対応に取り組んでいきたいと考えています。 新型コロナウイルスの感染拡大がひと段落し、人の動きが活発になっていますが、飲食業・観光業の事業所ではこの間、金融機関から借り入れしてきたところが多く、今後、本格的に返済が始まります。そうした事業所へのサポートを行っていきたいですね」 ――物価高騰が家計に深刻な影響を与えており、国では大手企業などに対して賃上げ要請を行っています。中小企業を支える商議所として、どのように対応していく考えですか。 「会員事業所には中小企業が多く、価格転嫁や賃上げなどに対応できず苦しんでいます。固定費が上昇する中で賃上げを行うのはとても勇気がいることですが、この時期に賃上げを行わなければ人手不足になってしまうという問題もあります。 私は建設業を経営していますが、国土交通省関東地方整備局では入札時、賃上げを行っている事業所に、ポイントが加算されるようになりました。今後、県・市町村発注の工事でも同じような仕組みが設けられる可能性があります。国の要請を受けて大手企業は賃上げを発表しており、中小企業も賃上げについて考えるときが来ていると思います」 ――デジタル化の推進を進めていますが、現在の進捗状況はいかがでしょうか。 「副会頭を務めていた昨年、『DX(デジタルトランスフォーメーション)推進研究会』を立ち上げました。今後アフターコロナに向かっていく中でDXを進めていかなければ立ち遅れてしまうと思います。高齢の方などは理解するのが難しい分野ではありますが、例えば商店街の中でグループラインでのやり取りを行うだけでも十分なDXです。 飲食店ではスマホで注文できるアプリを活用するなど、簡単なことでもできることが多いです。会員事業所には中小企業が多いだけに、商議所として積極的に支援していきたいと考えています」 インバウンド増加に期待  ――ウィズコロナ、アフターコロナを見据えて、今後どのような形で事業を展開していきたいと考えていますか。 「令和4年度末、令和5年度初めには懇親会や歓送迎会などが行われ、街なかにもかなり人出が戻ってきたようです。 期待しているのは国内も含めたインバウンドの増加です。特に今年は3月に福島空港が開港30周年を迎え、沖縄便をはじめベトナム便が12便来ます。福島空港では那覇空港とともに連絡促進協議会を立ち上げており、互いに連携しています。 私は同協議会の会長も兼任していますが、沖縄県は昨年本土復帰50年の節目を迎えたこともあり、注目を集めているので、県と連携しながら沖縄便再開に向けて動いていきたいと思います。 観光物産振興協会長も兼任していますが、コロナ禍を経て観光のスタイルが変わっています。自然とのふれあいや文化交流、アクティビティを楽しむ『アドベンチャーツーリズム』が人気を集め、高付加価値ツーリズムも注目されています。 体験型観光という面ではサッカー・いわきFCがJ2に昇格しましたが、来県するサポーターの福島空港利用を見越して、いわき商工会議所と協定を結びました。今後の仕掛け方によっては、観光で人を呼び寄せることができると思っています」 ――観光ということでは、昨年、「松明あかし」が3年ぶりに有観客開催となるなど、イベントも徐々に再開されるようになっています。今後の展望はいかがでしょうか。 「この間、夏の風物詩である須賀川市釈迦堂川花火大会は花火を打ち上げるだけで露店はなく、松明あかしは無観客で大松明に火をつけただけでした。それだけに、昨年の松明あかしの有観客開催は多くの市民が待ち望んでいたと思います。今年は花火大会に関しても通常開催され、さまざまな露店も従来通り出店される見通しです。 花火大会や松明あかしは一時的に交流人口が増えるイベントに過ぎませんが、市内には継続的に観光客が訪れる歴史的な史跡などがあるわけではないので、本市では意識的に数多くのイベントを開催してきた経緯があります。今後は先ほども話した通り、県とも連携を図りながら、今までとは違った観光を模索していきたいと思います」 ――昨年発生した福島県沖地震の影響について。 「令和元年東日本台風の被害やコロナ禍に加え、2年連続で地震が発生し、四重苦に苦しむ事業所も多い現状にあります。そういった事業所に対しては、商議所としても伴走型支援を続けていきたいと思います」 ――ウルトラマンによるまちづくりについて。 「震災・原発事故後、市と円谷プロダクションが協定を締結し、市中心部にモニュメントを建造するなど、互いに連携を図ってきました。メディアの露出も増加し相乗効果で市内の飲食店が紹介されるなど、大きな効果がありました。締結から10年目を迎え、あらためて市と同プロダクションがまちづくり連携協定を結びました。今後は市とともに、ソフト面でもウルトラマンのまちづくりを進めていきたいと思います。福島空港にも新たなモニュメントを建造する計画があり、空港を盛り上げていきたいと思います」 ――今後の抱負。 「100年に一度と言われるパンデミックやロシアのウクライナ侵攻など、社会情勢が大きく変化しています。人口減少が進む地方では地方創生が叫ばれ、各地域が競って地域振興に取り組んでいます。変化に乗り遅れないようにしつつ、住みやすく魅力ある須賀川市の実現のため、努力していきたいと思います」 須賀川商工会議所ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【福島県立医大】竹之下誠一理事長兼学長インタビュー

    【福島県立医大】竹之下誠一理事長兼学長インタビュー

    たけのした・せいいち 1951年生まれ。鹿児島市出身。群馬大医学部卒。福島県立医科大附属病院長、同医大副理事長などを歴任し、2017年4月から現職。  福島県立医科大学の新たな理事長兼学長に選考会議が竹之下誠一氏(3期)を選んだ。医大は、県民に高度な医療を提供し、医療従事者を育成するのが主な役割だが、浜通りに設置された福島国際研究教育機構の主要研究機関として先端研究の使命が課されている。竹之下氏に新しいフェーズにどう対応するのか聞いた。  ――意向投票後、委員たちによる選考会議で理事長兼学長に選ばれました。率直な感想をお聞かせください。 「福島県立医大は大震災・原発事故から12年を経て、復興を担う研究・医療機関としての新しいフェーズに入りました。福島国際研究教育機構が始動し、本学はその核となります。政府、他大学、他国の機関との連携も今以上に盛んになります。県民の皆様の健康に奉仕する従来の役割はもちろん、日本政府や海外からも研究で新たな役割を期待され、大きな視野でかじ取りをしていかなければならないと責任の重さを感じています。 1期目は前例のない事態にしなやかに対応する意味でレジリエンス、2期目は個人や組織が協力し、最大限の力を発揮することを狙いアライアンス(連携)を掲げました。3期目は新しいフェーズに対応できるよう、さらに機敏さや俊敏さを備えたアジリティの精神で取り組みます」 ――5月8日から新型コロナの感染症法上の位置付けが5類に引き下げられます。 「入院の調整もこれまで保健所が関わってきたものから医療機関同士の自主的なものに移行していきます。今まで以上に医療機関同士の連携が強く求められます。県と調整して受け入れ体制の維持に協力していきます。国、県の方針とこれまでに築いてきた『福島モデル』を組み合わせて連携していきます」 ――県内は医師・医療スタッフが不足しています。地域医療支援センターが行っている医師派遣について教えてください。 「県内医療機関からセンターへの医師派遣依頼に対し、2022年度は常勤医師・非常勤医師の派遣が延べ1856件ありました。そのうち、会津地方の派遣件数は会津・南会津合わせて延べ294件、浜通りは相双が延べ177件、いわきが延べ102件です。特に非常勤医師については、県が掲げる中期目標値である対応件数1000件以上(対応率80%以上)に対し、実際の対応件数は1379件(対応率87%)と5年連続で達成しています。 医師派遣で重要なのが、経験豊富な指導医、専門医を招いて派遣先で若手医師の育成に当たらせることです。若手は専門医の資格を取りキャリアアップを目指します。資格取得には、定められた研修プログラムを修了して試験に合格しなければなりません。若手一人だけが派遣されると、その期間は専門医になるための教育が受けられなくなるという問題があります。逆に、派遣先に指導する医師がいれば、専門医へのキャリアが継続できるし、むしろ進んで赴任する動機になります。 2021年度以降、計9人の指導医らを招いています。うち5人は浜通りの医療機関で地域医療に貢献していただいています。医師派遣と専門医育成を両立させる仕組みは軌道に乗ってきました」  ――福島国際研究教育機構(F―REI)が発足しました。 「『放射線科学・創薬医療』と『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の2分野について、F―REIと連携を密にして取り組んでいます。4月5日には研究開発、人材育成、人材交流、施設・設備の相互利用などの協働活動を推進するために合意書を締結しました。国は『福島国際研究教育機構基本構想』で、『本学等との連携を進め、我が国における放射線の先端的医学利用や創薬技術開発等を目指していく』と明示しています。早速、今年1月には先行研究として『放射性治療薬開発に関する国際シンポジウムin福島』を南相馬市に国内外の研究者を集めて開きました。 放射線科学・創薬医療分野では本学は既に実績があります。アルファ線を放出するアスタチン211という人工の放射性元素を用いて、悪性褐色細胞腫という珍しい病気の治療薬の研究開発に取り組んでいます。臨床研究で人体に投与したのは世界で初めてです。これを他のがん治療へも応用しようと考えています。 放射性元素アスタチン211は半減期が7・2時間と短く、遠方へ運ぶ間に減衰してしまいます。新規薬剤の合成等には時間がかかり、放射線管理という点でも、学内で扱う必要があります。本学は治療目的の研究で世界をリードしていますから、自ずと、最先端の学術研究・臨床のフィールドは福島県内に定まります。世界中から優秀な研究者が集まり、研究はより進みます。こうして得られた最先端の知見をいち早く県民の皆様の医療に還元できます。最先端とは、必ずしも日本国外や都市部にあるわけではありません。福島で行っているのはまさに最先端と呼べる国際的な研究です。 『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の分野に関しては、既に2020年度から福島イノベーション・コースト構想推進機構における『大学等の『復興知』を活用した人材育成基盤構築事業』に長崎大、福島大、東日本国際大とともに参加しています。災害・被ばく医療科学分野の人材育成や国際会議の開催を進めてきました。今後も医療分野でさらに貢献していきます」 ――地域包括ケアシステム導入が進められる中で総合診療医の役割がが期待されています。 「地域包括ケアシステムとは、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで続けられるような支援・サービス提供体制を指します。多疾患の患者を診療し、介護福祉、地域社会とつなげていく役割を担うのが総合診療医です。 本学は総合診療医がまだ注目されていない2006年から育成を進めてきました。この実績が認められ、本学は厚生労働省から『総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業』に採択されました。総合内科・総合診療医センターを設置し、育成に取り組んでいます。本学で育った総合診療医が各地で活躍できるような体制を整備しつつ、岩手医科大との連携を進め、東北地方全体での総合診療医育成にも貢献していきます」 ――抱負を教えてください。 「大震災から12年が経ち、本学は新しいフェーズを迎えました。福島の地に根差す医療系総合大学として、今までと同じように医療を担うとともに、世界の知見や研究成果をあまねく地域と県民に還元し、健康を支える大学であり続けます。研究と医療、医療人の育成などいずれの分野でも最先端を切り拓く強い意志と覚悟を持って、福島県立医大の価値と存在感を高めていきます」 公立大学法人 福島県立医科大学ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【天栄村】添田勝幸村長インタビュー

    【天栄村】添田勝幸村長インタビュー

    そえた・かつゆき 1961年生まれ。岩瀬農業高校卒。1991年に㈲添田設備工業設立。2011年の村長選で初当選し、現在3期目。  ――昨年11月に国道118号鳳坂工区(鳳坂トンネル)が開通しました。 「本村の悲願であった『鳳坂トンネル』の開通は、買い物、通院、通学などの面で便利になり、住民から非常に喜ばれています。特に冬季間の路面凍結時の運転は非常に危険であったため、その負担軽減にもつながっています。また、郡山方面から羽鳥湖高原、岩瀬湯本・二岐温泉へのアクセスがよくなり、誘客の増加が見込めます。もう1つは、物流面がよくなりましたから、人、モノの交流がしやすくなります。この道路ができたことで、コロナ禍前のような賑わいを創出できればと考えています」 ――昨年の「米・食味分析鑑定コンクール」で天栄米が金賞を受賞したほか、「全国新酒鑑評会」では村内の2蔵元が金賞を受賞しました。 「村内生産者の方々は非常に良質なお米をつくっており、首都圏などにトップセールスに行った際も大変好評でした。近年は、コロナ禍で試食をしていただく機会がなかなかありませんでしたが、やはり実際に食べていただかないと天栄米のおいしさが分かりませんので、今後は自慢のお米を実際に味わっていただけるような取り組みを行い、販売促進に努めていきたいと思っています。また、今回、JR東日本の協力を得て、特別列車『TRAIN SUITE 四季島』で、天栄米を使っていただけることになりました。これも大きなPRとなり、販売促進につなげていければと考えています。 日本酒については、村内の2蔵元が全国新酒鑑評会で金賞を受賞し、新酒ができるとすぐに売り切れてしまうくらいの人気です。首都圏などでも認知されてきて、『おいしいですよね』と言っていただくことも増えてきたので、さらにPRしていきたいと思っています」 ――間もなく、3期目の任期を終えますが、今後の抱負を。 「これまで3年間、コロナ禍や原油・物価高騰で地域経済はかなり疲弊し、生活も厳しい状況が続いています。私は、何とかこれを再生させ、村民の方々の生活が少しでも豊かになっていくような村づくりをしていかなければならないと思っています。また、少子化・人口減少は大きな課題ではありますが、村としてできる限りの支援をしながら、移住・定住の促進、及び人口流出を防げるような対策を講じて、村民の方々が安全・安心に暮らせる村づくりをしていきたいと考えています。今後も、『天栄村に行ってみたい』『天栄村に暮らし続けたい』と思っていただけるように努めてまいります」 天栄村ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【大玉村】押山利一村長インタビュー

    【大玉村】押山利一村長インタビュー

    おしやま・としかづ 1949年生まれ。安達高、福島大行政社会学部卒。大玉村企画財政課長、総務課長、教育長などを歴任。2013年の村長選で初当選。現在3期目。  ――15歳未満の人口比率が県内1位です。 「3月31日現在の年少人口は1303人と全村民の14・8%を占めます。令和4年度の本村の転入者は304人、転出者は284人で、子どもがいる家庭が多く転入していることが要因と思われます。コロナ禍等で全国的に出生率が低下する中、年少人口が高い水準にあるのは嬉しい限りです」 ――子育て支援等を目的とした複合施設の建設を計画しています。 「老朽化した大山公民館の建て替えも兼ねて、子育て支援機能を持つ施設を計画しています。建物には村内の木材を使用し、完成は令和7年度の予定です。子育て支援機能として親子で遊べるスペース、公民館機能として調理室や会議室、子どもからお年寄りまで利用できる機能として図書室やカフェスペースを備えます。また、入口のオープンスペースにはマチュピチュ遺跡をイメージした階段を設け、シンボルにしたいと考えています」 ――昨年設立された農業振興公社について。 「理事長に副村長が就き、昨年12月にはJAふくしま未来が参画するなど今年から本格的に稼働します。農林業と畜産に関する事業を基本に村の堆肥センターの業務も指定管理としました。 地元農家の期待も大きく、耕作放棄地の問題やドローン等の技術活用にも注力する予定ですが、農業を取り巻く課題は多岐に渡るのでしっかりと取り組んでほしいと思います」 ――テレビの人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のロケ地になっています。 「村でも全面協力していますが、村の名前を大きく出していただき嬉しく思っています。反響も非常に大きく、番組を見て若者が農業に興味を持ったり、移住者やふるさと納税の増加につながればありがたいですね」 ――(仮称)大玉スマートICの整備に向けた取り組みについて。 「2年前から検討のための勉強会を開いており、今年度前半には国に対して設置要望する予定です。併せて、現在休止中の高速バスストップの復活も目指します。これらの事業が順調に進めば、高速交通へのアクセス性向上に大きくつながるものと期待しています」 ――今後の抱負。 「村内は農地の大半が農業振興地域のため企業誘致が難しく、約50年前から様々な人口増加策を講じてきました。人口は国全体で見れば減っており、本村だけがいつまでも増えることはないでしょう。そうした状況の中で、『大玉村に住みたい』、村民には『大玉村に住んで良かった』と感じていただけるような村づくりを今後も進めていきたいと思います」 大玉村ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【檜枝岐村】平野信之村長インタビュー

    ひらの・のぶゆき 1957年1月生まれ。喜多方工業高校卒。檜枝岐村役場で企画観光課長などを歴任。同村教育長、副村長などを経て、今年4月の村長選で初当選。  ――任期満了に伴う檜枝岐村長選において、無投票で初当選を果たしました。 「出馬にあたっては、村民の方々から要請をいただき、そうした声を真摯に受け止め立候補を決断した次第です。これまで副村長を務めてきましたが、実際に村長を務めると決断や責任が伴ううえ、立ち位置も明らかに異なります。あらためて職責の重さを実感しているところです」 ――1期目の抱負についてうかがいます。 「喫緊の課題は人口減少です。人口減に歯止めをかけるべく早急に対策に着手する考えです。また、震災・原発事故に伴う風評被害や新型コロナで落ち込んだ地域経済を何とか立て直したいと強く思います。今後は官民連携を一層強化し、民間からアイデアや知恵をお借りして実効性のある経済対策に努めていく考えです」 ――村の地域資源である尾瀬などの自然環境保護も長期的な課題となっています。 「かつて尾瀬観光に多くの観光客・登山客が訪れ、本村の規模に対し『オーバーユース』と言われた時代もありました。ただ、今は『アンダーユース』となり、利用されないために劣化する状況です。今後は関係機関の方々と協議を重ね、観光客の回復に注力する所存です。その一環として、バスを中心とする公共交通機関の利用促進を図っていきます。具体的には、本村―尾瀬―群馬県片品村間の相互移動の利便性を高め、観光ルートとしての魅力に磨きをかけながら観光客誘客を図ることで、宿泊業、飲食店、土産物屋も確実に潤うものと考えます。また、村内でのバス路線の維持は非常に厳しい状況ですが、観光客による利用増が図られれば乗車率のアップはもちろん、運行会社の収益性向上につながるなど、まさに『三方良し』となるはずです」 ――新型コロナウイルス感染症における感染症法の位置付けが5類に引き下げられました。この間、村の基幹産業に位置づけられる観光業の現状についてうかがいます。 「観光客は思ったほど戻っていないように感じます。本村は山岳観光地であり、感染症リスクは比較的低いため、この点を前面に打ち出していきたいと思います。教育旅行については回復している状況です」 ――その他今年度の重点事業について。 「村内のワーケーション施設が今年度中にリノベーションを経て完成する運びとなっています。結びに、村内の景観や若者受けする施設整備の一環として、檜枝岐川上流側に位置する中土合公園、ミニ尾瀬公園、癒しの空間の3公園を一体化する事業が今年度から着工する予定となっています」

  • 【楢葉町】松本幸英町長インタビュー

    まつもと・ゆきえい 1960年12月生まれ。県立四倉高卒。1997年から楢葉町議4期、その間議長を2期務める。2012年4月の町長選で初当選を果たし、現在3期目。  ――移住・定住施策のため、昨年、相談窓口機能を備えたコドウがオープンしました。 「コドウの昨年度の移住相談実績は80件で、そのうち15名が移住に結び付きました。移住相談窓口以外にも大学生のフィールドワークの対応や、町内で新しいことをはじめたい方をサポートするスタートアップ支援も行っています。また、移住者の数だけを重視するのではなく、移住してきた方が、例えば起業して新たなサービス等を提供することによって住民の利便性が向上するなど、満足度の高い町になることが移住定住事業の重要なポイントだと考えています。そのために町としては今後、地域の担い手となる方や地域課題を捉え、起業を考える方をはじめ、多くの方に少しでもまちを知っていただくため、まずはぜひ足を運んでいただきたいと考えています」 ――農業の6次化に取り組んでいます。 「これまで農業再生について効率化・省力化に向けた担い手への農業集積や基盤整備、サツマイモの産地化など、特色ある新しい農業モデルに取り組んできました。新たなチャレンジとして地元農産物を活用した付加価値の高い特産品開発、商品化を進め、生産から処理、加工、さらには販売や販路へと一体的な流れを構築する6次産業化の第一歩として『楢葉町特産品開発センター』が4月に落成しました。この施設では主に甘藷・柚子・米を活用した加工品の開発や製造を行い、そのほかの町内産の農産物も幅広く活用しながら生産農家の経営安定を目指していきたいと考えています」 ――今後の抱負。 「震災から12年が過ぎ、ハード面の整備からソフト事業への移行が重要となる今『笑顔とチャレンジがあふれるまち ならは』の実現のための事業として、昨年オープンしたコドウやまかない付きシェアハウスでの事業に加え、新たに地域住民との交流拠点『まざらっせ』もオープンしました。これらを活用し、移住者と震災前から住む町民が互いに手を携え交流人口の拡大を図りつつ、さらに新しいステージへ邁進していきます。 役場機能についても、今年度から住民サービス向上のため、窓口業務一元化として町民税務課を設置しました。また、新規企業誘致や安定的な雇用の確保に注力し、観光資源の活用も今まで以上に進めるべく、産業創生課を設置して組織強化を図っています。さらにはDX推進体制の整備・強化を目指し、政策企画課内にDX推進室を設置しました。私たちが目指すのは、最終的には町民の幸せな暮らしの実現です。このことを肝に銘じて全職員心を一つに今後も精進してまいります」

  • 【双葉町】伊澤史朗町長インタビュー

    いざわ・しろう 1958年生まれ。麻布獣医科大学獣医学部卒。2003年から双葉町議を務め、2013年の町長選で初当選。現在3期目。  ――昨年、特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。 「町長就任時は町に帰還することは想像できませんでした。この間、町民と町政懇談会を行ってきましたが、町民からの『いつ帰還できるのか』との質問に答えられない時もありました。そういった意味で故郷に戻ったことは感慨深く、ホッとしています。一方で、医療・福祉や教育面の充実など新たな課題も生まれています」  ――JR双葉駅西側には公営住宅が建設中で診療所もオープンしました。  「当町は被災自治体で最後に避難指示が解除されたため、復興は遅れています。そのため、他自治体と同様のことを行っても町民は納得しないというのがスタートでした。そういった意味で、被災自治体の中で一番誇れる災害公営住宅と再生賃貸住宅であると自信を持っています。  診療所はJA厚生連の協力もあって開所しました。現在は週3日だけですが、来年以降は診療日を多くとっていただけるよう厚生連にも働きかけていきたいと考えています。また、移動手段を持たない高齢者などが駅から歩いていける場所にしたいとの考えから駅前に整備しました。町役場も駅前にあり、いずれ飲食店や商店ができ、『駅前に行けば便利』と思っていただけるような環境づくりを進めていきたいと思っています」  ――4月には浅野撚糸の双葉事業所が開所するなど産業復興の動きも活発です。  「帰還して生活していくには仕事・雇用が必要です。そのため避難指示解除前から企業誘致に取り組み、20件、24社と協定を締結し、現在は16件が町内で動き始めました。誘致企業の中には町内居住が雇用の条件のところもあり、ありがたく思っています。誘致企業で働く他地域から来られた方で、町の良さを知って住んでみようと思う方が増える可能性もあると思っています」  ――農業面ではブロッコリー栽培が行われています。  「除染によって痩せた土地でも栽培しやすいブロッコリーを、県の営農再開支援事業を利用して60㌃ほど栽培しています。もちろん検査も行われており、安全面の問題はありません。私も食べましたが、身が締まっており美味しいですね」  ――今後の抱負を。  「復興は町長就任直後から頭から離れたことはありませんが、やっとそのスタートラインに立つことができたと思っています。今後も職員含め、心一つに進んでいきたいと思います」

  • 【玄葉光一郎】衆議院議員インタビュー

    げんば・こういちろう 1964年生まれ。安積高校、上智大学法学部卒。民主党政権時に外務大臣、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣、同党政策調査会長などを歴任。現在、立憲民主党東日本大震災復興対策本部長。10期目。  衆議院小選挙区の区割り変更に伴い、立憲民主党の玄葉光一郎衆院議員(59)は、地盤としてきた改定前の福島3区が分割されることになった。党内での候補者調整の経緯と新たな選挙区となる新福島2区での意気込みを、衆院解散の緊迫感が増す6月中旬に聞いた。支持率が低迷する同党の野党第一党としての責任についても尋ねてみた。  ――衆院小選挙区定数「10増10減」に伴い、定数1減の本県では区割りが変更となる中、立憲民主党は次の衆院選で新しい福島2区(郡山市、田村市、須賀川市、田村郡、岩瀬郡、石川郡)に玄葉代議士の擁立を決定しました。経緯と今後の選挙戦略についてうかがいます。 「中選挙区時代も含めると10期もお世話になってきた選挙区が二つに分割されるということで、体が引き裂かれる思いです。新2区、新3区のどちらを選んでも現職が既にいる状況が生まれてしまいました。 自分はどちらに重点を置いて活動すべきかということで、後援会の皆さんと丁寧に議論を重ねました。私が生まれ育ったのは田村で、主な地盤にしてきたのは田村、須賀川、岩瀬、石川地方です。一方、郡山も地元と言っていい。安積高校に通いましたし、郡山の経済圏で生活してきました。妻も郡山出身で縁が深い。最終的に新2区を活動の基盤にすると決めて、その上で馬場雄基代議士との競合をどうするかということになりました。 県連は当初からコスタリカ方式を進める方針でしたが、立憲民主党では比例枠がそもそも限られています。今後2回にわたり福島県で比例枠を一つずつ確保するのはかなり困難と予想されていました。 私自身、小選挙区で出る選択と比例で立候補し名簿順位で優遇を受ける選択の両方がありましたが、馬場代議士からは『まずは先輩が小選挙区で出てほしい』という話がありました。考え抜いた結果、私が小選挙区で当落のリスクを負うのが適切なのではないかと腹を据えました。ただし、そのためには馬場代議士が比例東北ブロック名簿で1位の優遇を受けることが前提になります。党本部に働きかけて、最終決定しました。 過去の選挙を振り返ると、当選を4回果たすまでは揺るがない支持をいただくために無我夢中でした。新しい区割りでの選挙は、若手時代と同様のチャレンジ精神が必要だと考えています。試練ではありますが、変化を新しいエネルギーに変えようと、原点に立ち返り精力的に選挙区内を回っています。新たな出会いの中に政治家の使命と喜びを日々見つけています」 ――日本維新の会が選挙の度に勢いを増していますが、野党第一党の座にある立憲民主党の現状をどのように捉えていますか。 「私は選挙に関しては、所属する党を前面に出して戦ったことはこれまで一度たりともありません。玄葉光一郎という政治家個人の力を訴えてきた姿勢は今後も変わりません。それで有権者を引き付けられなかったら、政治家としての魅力不足だと捉えています。 党の現状については、私は代表ではないので、責任を持って言える立場にありません。ただ個人的には、立憲民主、維新、国民民主による3派連合が望ましいと思っています。3派連合ができたら、いくつかの共通の公約を掲げ、選挙区調整をして、さらには共通の総理候補を立てて政権を狙う。もっとも、現状はそれができる段階ではありませんが。 維新や国民民主と現政権に代わる共通の総理候補を立てるまでの信頼関係を築けなかったことは、野党第一党の責任と捉えています。ただ、やはり政治に緊張感をもたらすために、野党は可能な限り協力すべきです」 ――5月8日から新型コロナウイルスの感染症法の位置付けが2類相当から5類に引き下げられました。今後求められる対策についてうかがいます。 「現政権に足りないのは、アフターコロナについて、地方に活力を与える分散型国土を目指し、人口減少抑止につなげようとする視点です。コロナ禍で一時、東京は転出超過になりました。私はコロナ禍を機に分散型国土を実現するため、思い切った手を打ってはどうかと予算委員会で岸田文雄総理に提案しました。例えば、私立大学の一学部でもいいので、地方に移してもらう。そのために協力してくれる私学には助成金を大幅に優遇する。また5G、6Gなどの次世代通信システムを東京から整備するのではなく、地方から整備するといった政策です。 しかし、コロナ禍が収束に向かうと、再び地方から都市への転入超過に戻ってしまいました。第二次安倍政権以降、東京一極集中はますます進んでいるように思います。自公政権は分散型国土を本気でつくる気がない。 少子化対策は、手当と同時に分散型国土の整備を進めなければ効果が得られません。 賃金が正規雇用よりも低い非正規雇用の割合が増え、結婚・出産に踏み切れない要因になっています。地方と都市の格差が広がり、若年層の所得が伸びていない点を直視しないと、少子化問題は克服できないと考えています」 ――東京電力福島第一原発でトリチウムを含んだ処理水の海洋放出が始まろうとしていますが、依然として安全性や風評被害を懸念する声が後を絶ちません。本県選出代議士として海洋放出の是非ならびに風評被害問題をどう解決すべきと考えますか。 「技術的には大丈夫なのだろうと信じたい。ただ『燃料デブリに触れた水』を海に流すのは歴史上初めてのことです。100%安心ではないという方の気持ちは分かります。 この間、私は二つのことを求めてきました。一つは、トリチウムの分離技術を最大限追求すること。もう一つは、海洋放出を福島県だけに押し付けるのではなく、県外でもタンク1杯分でいいから引き受けてもらってはどうか、と。残念ながら、それらに対する努力の形跡は全く見られていません。 科学的に大丈夫と示せても、残念ながら、近隣の韓国、中国だけではなくアメリカも含めた7割以上の人が『処理水が海に流れたら福島の農産品は買わない』というアンケート結果があります。他国から視察に来てもらい、丁寧に説明する必要があります。海外で安心して県産農産品を買ってもらうには、並大抵の努力では足りないと思います」 ――最後に、有権者にメッセージをお願いします。 「区割りの変化を新しいエネルギーに変えていきます。これまでお世話になった選挙区が引き裂かれてしまったことは大きな試練ですが、いまはチャレンジの機会と捉え直しています。有権者の皆さん、特に郡山の皆さんとは新たな出会いを通じ、しっかりとした絆を築けるようにしていきたい。お世話になった方々への恩を忘れず、多くの皆さんのためにしっかり汗をかき、必ず期待に応えていきたいと思っています」

  • 【福島県酒造組合】渡部謙一会長インタビュー

     わたなべ・けんいち 1965年、南会津町生まれ。東京農業大学農学部卒。開当男山酒造醸造元。福島県酒造組合副会長を経て、2022年5月より現職。  ――会長に就任され1年が経過しました。この間を振り返って。 「昨年5月の総会で会長に就任しました。しばらくは新型コロナウイルス感染症の影響により活動が制約されましたが、同年9月以降は3年ぶりに東京・JR新橋駅西口広場(SL広場)で『ふくしまの酒まつり』が開催されるなど、徐々にではありますが、既存の事業が再開されました。特に今年5月の連休明けからは会議、総会、各種打ち合わせなどが本格的に復活しており、現在はフル稼働で走り回っている状況です」 ――2022酒造年度の日本酒の出来栄えを競う全国新酒鑑評会で、本県は金賞受賞数14銘柄を獲得し、惜しくも10回連続日本一とはなりませんでしたが、「福島県産の日本酒」は依然として高いレベルにあることを示しました。 「『日本一』というのはあくまで金賞を受賞した蔵数の話です。それぞれの蔵元は、ひと冬、一生懸命寝る間も惜しんで酒造りに励み、手間暇かけた日本酒を出品してきました。また来年に向け、技術の向上と出品酒の研究を重ねながら酒造りに挑む――というだけの話かと思います。全国どの蔵も金賞を狙って自慢の銘柄を出品している中でのこの結果であり、『日本一』は福島県という括りの中での話に過ぎません。全国新酒鑑評会の結果を踏まえ、反省を生かしながら粛々と酒造りに励み、より良い品質の向上を目指すことが重要です」 ――昨年度の出荷状況についてうかがいます。 「コロナ禍が収束を見ない中、出荷量は前年並み程度で推移しており、コロナ禍前の水準には回復していません。お酒を飲むスタイルや飲むシーンが変化した影響も相まって、これから先も出荷量の回復には時間がかかると思っています。 逆に言うと、新しい消費動向をいかに見極められるかが今後の課題と認識しています。全国各地に酒蔵があり、さまざまな酒類が流通している中で、本県の日本酒を手に取っていただくにはどうすべきか、ということについて組合員で熟慮を重ねながら事業展開していく考えです」 ――2023年度の事業展開について。 「まず、従来通り、清酒アカデミーの運営や高品質清酒研究会での議論など、それぞれの蔵による品質向上、技術力向上について組合がいかにバックアップできるかが重要です。また、『夢の香』、『福乃香』の2種類の本県産好適米の安定生産・安定供給に寄与すべく、生産者と蔵元の橋渡し役を担うのも組合の大切な役割なので、しっかり取り組む考えです」 ――今後の抱負について。 「この間、コロナ禍の規制が緩和される中、4年ぶりに開催されるイベントもありますので、組合の総力を結集して足を運んでくださるお客様に感謝しながら、本県の日本酒の品質の良さをPRしていきたいと思います」

  • 【福島県警備業協会】前田泰彦会長インタビュー

     まえだ・やすひこ 1959年生まれ。東海大卒。綜合警備保障㈱第八地域本部長などを歴任し、2018年5月からALSOK福島㈱社長。同月、福島県警備業協会長に就任した。  ――新型コロナウイルスの影響によりイベントの縮小や中止が続いてきましたが、5月からは季節性インフルエンザと同様の5類に分類されました。現在の会員事業所の状況はいかがでしょうか。 「さまざまなイベントが復活してきたため、仕事が徐々に増えてきております。ありがたいことです。須賀川市の釈迦堂川花火大会は4年ぶりに通常開催となり、雑踏警備業務などの仕事が見込まれています。課題として、イベント警備の人手不足が深刻化しており、年々予算も厳しくなってきています。イベントの安全性を確保するためには適正な人数や警備単価が不可欠です。主催者である行政の財政状況が大変だということは重々承知していますが、なんとか工夫を凝らして予算を確保していただき、警備単価の適正化に努めていただければと思っています」 ――以前から適正料金確保と経営基盤強化を訴えられています。岸田政権でも賃上げを最重要課題に挙げていますが、今後の見通しは。 「適正料金確保の重要性については、国や関係各所にご理解いただきつつあると感じています。国土交通省は一般管理経費を含めた労務単価として、資格ありで2万4600円が妥当だと示しています。ただ公共事業では、警備業は建設業者の下請けとなっている現状があります。労務単価に理解を示していただくために、協会も指導していきますが、会員各社が丁寧に説明していくことが重要だと思っています。 引き続き安売りせず、ダンピング行為を排除し、公正な競争による適正料金の確保、経営基盤の強化を働きかけていきます」 ――本年度の重点目標について。 「①警備員の労働時間・健康の管理による『業界全体の健全化』、②研修会実施による『教育事業』、③機械導入によるデジタル化や人手不足の解消・働き方改革、④地域安全の社会貢献活動、⑤警備業務の適正化、⑥労働災害防止、⑦関係省庁、関係機関、団体などに対しての要望活動、⑧表彰制度、⑨広報活動です。労働災害防止については、今年初めて警備業務で亡くなられた方々の慰霊祭を行いました。1人も犠牲者が出ないよう努めることが大前提です。事故が起こらないように労災防止支援を徹底します。広報活動については、大相撲で大活躍している福島市出身の力士・大波三兄弟が8月の福島場所で〝凱旋〟するので、協会として協賛させていただき、業界全体をPRしていきたいと考えています」 ――今後の抱負を。 「適正料金の交渉や安全確保のための取り組みを引き続き行っていきます。会員事業所には警備業の役割と責任を自覚していただき、警備員をしっかり育ててほしいと思っています。協会としては資格の特別講習などを実施して、業界がさらに発展できるようにバックアップしていきます」

  • 【根本匠】衆議院議員インタビュー

     ねもと・たくみ 1951年生まれ。安積高、東大経済学部卒業後、建設省入省。衆院議員当選後、厚生労働大臣、復興大臣などを歴任。現在衆院予算委員長を務める。  岸田文雄政権発足から約1年半を迎えた。岸田首相の盟友で宏池会(岸田派)の会長代行兼事務総長を務める根本匠衆院議員(72、9期)は、政権運営をどう見るのか。防衛力強化や異次元の少子化対策への評価を聞いた。大震災・原発事故からの復興への道筋と、衆院予算委員長の職責の重さと心構えについても聞いた。  ――岸田政権発足から約1年半が経過しました。 「岸田首相の強みは、『聞く力』と、判断力、そして決断力です。いろいろな意見に耳を傾けて課題を整理し、最後は迅速に決断します。新型コロナ対策は迅速で的確でしたし、ロシアによるウクライナ侵略に伴う資材価格、物価高騰に対しては、対策を切れ目なく行っています。ロシアによるウクライナ侵略は明々白々な国際法違反の暴挙です。ロシアに対してG7と足並みをそろえて経済制裁を行ってきました。ウクライナ電撃訪問は、首相の覚悟を示し、国際社会に向けて大きなメッセージになりました」 ――岸田政権が進める防衛力強化と異次元の子育て支援をどう見ますか。 「『ウクライナは明日の東アジア』との危機感を持って見るべきです。国民の命とくらしを守り抜くことは政治の使命であり、防衛力強化はわが国の未来にとって不可欠です。反撃能力を持つのはあくまで抑止力を高めるためで、防衛のために弾薬を十分に確保して継戦能力も高めねばなりません。サイバー攻撃や宇宙空間からの攻撃など新たな脅威もあります。自衛隊が拠点とする建物を耐震化していく必要もあります。 『次元の異なる少子化対策』については、経済的支援の強化、保育サービスの拡充、働き方改革が欠かせません。特に重要なのは、男性が育児休業を取得し、子育てに深く関わることです。企業もワークライフバランスを整えて応援する雰囲気になっています。子育てを社会全体で支えていくんだという意識を共有して財源も確保していく必要があります」  ――衆院予算委員長として、議事を取り仕切ってきました。 「国会の一番大事な仕事は予算を決めることです。内閣が作成した予算案を国民から選ばれた議員たちが議論し承認して初めて全ての政策が動きだします。予算委員会は、与野党ともに全力を傾注する、〝国会の主戦場〟であり〝花形委員会〟とも言われます。野党は首相や大臣の答弁が不十分だと抗議し、審議を止めろと言って議事が滞る。これをどうさばいていくかが予算委員長の職責です。全ての予算案に目を通すのはもちろん、関連法案も事前に頭の中で整理しています。 予算委員長は野党に7、与党に3の軸足を置いてさばきます。一方で盟友の岸田首相を支えなければならないとの心づもりもあります。源義経を支える弁慶のような心情です。予算委員長は受け身ではいけません。激しい議論をまとめるため、最後は自分がさばくんだという気迫と気概が必要です」 ――震災・原発事故から12年を迎えました。 「第2次安倍内閣で復興大臣を務めました。安倍さんは『全閣僚は被災地復興の役割がある、復興大臣はその司令塔』と位置付けました。自ら考えて、復興大臣が関係省庁を直接指揮できる仕組み『タスクフォース』を創りました。私は『匠フォース』のつもりですが、各省庁の縦割りを乗り越え引っ張っていくのが私の仕事でした。 この仕組みを生かして津波被災地の高台移転等では、用地取得の迅速化などを実現しました。ただし事業規模が大きく市町村だけでは対応できないので、独立行政法人都市再生機構(UR)をフル活用しました。URには長年培ってきたまちづくりのノウハウがあります。一例を挙げると、高台移転地整備のために山を削って出た土を運んで津波被災地のかさ上げに使いました。1日200台のダンプをもってしても6年かかると言われていましたが、URは長さ100㍍以上のベルトコンベアを用いて1年半で達成、工期を大幅に短縮できたのです。 URは民主党政権時、その存在意義が問われ、冬の時代でした。事業仕分けで『宅地開発等の開発事業は廃止』とされていました。URがなかったら、復興は大幅に遅れていました。これだけでも、政権奪還の意味が大きかったことがお分かりいただけるでしょう。 復興大臣時代、新たな施策として町外コミュニティーの核となる復興公営住宅整備など、特に子どもの屋内外の遊び場をつくる『子ども元気復活交付金』の創設を主導しました。初めに制度ができれば、その後も予算付けをして事業が動き続けます。あの時、動かすための仕組みを創ったのは大きいと思います。大臣主導で様々なアイデアを練り上げて実現し、やりがいがありました。 復興大臣を辞めてだいぶ経ちますが、今も復興政策に深く関わっています。復興加速化本部プロジェクトチーム座長として、『里山・広葉樹林再生プロジェクト』を林野庁と徹底的に議論して昨年創設しました。しいたけ原木としての利用が停滞している広葉樹林の計画的な伐採と更新を進めるもので、10年間に5000㌶を対象とする予定です。里山の除染とは、単に土壌を剥ぐのではなく里山を構成する広葉樹林を伐採し、新しく芽を出すよう促すことが本質です。誰も気づかなかった。初めて私が気づいたのです。 萌芽更新により里山が再生され、自然循環が蘇る。原発事故で滞った伐採を進め、里山にも復興を広げていきます」 ――東京電力は福島第一原発敷地内で溜まり続けるALPS処理水を春から夏ごろにかけて海洋放出する予定です。 「廃炉作業を促進するためには処理水を適切に処理するのが大前提です。トリチウムが出す放射線は極めて弱く、健康に影響を及ぼさないというのが科学的知見です。海洋放出する際にはトリチウム濃度を世界保健機関の飲料水基準値の7分の1程度にする計画で、国内外の原発でもトリチウム水は海に流しています。国際原子力機関(IAEA)など第三者機関の監視で安全・安心を担保することが必要です。風評被害については、対策の基金を設けており、迅速に対処します。万全の体制を整え国内外の理解を得る努力を続けていくしかありません」 ――衆院小選挙区の区割り改定を受け、地盤が新2区に再編されました。次期衆院選にはどのような戦略で臨みますか。 「これまでの選挙区に2市9町村が加わります。票数で見ると自民党が弱かった場所です。選挙活動に奇策はありません。やるべきことをやるだけです。私は政策を考えるのが好きで政治家になりました。課題があると、解決にはどのような制度が必要かと担当省庁と議論を交わして政策を実践し、実現してきました。新しい選挙区を回り、各地域の課題を発見すると『課題解決型政治家』としてのやる気がみなぎります。これまでと変わらず、地元の皆様の声に耳を傾けて政策に生かしていきたいです。これまでも、そしてこれからも、福島から国を動かす。選挙の結果は自ずと付いてくるはずです」 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【菅家一郎】衆議院議員インタビュー

     かんけ・いちろう 1955年生まれ。会津高校、早稲田大学社会科学部卒。会津若松市議、福島県議、会津若松市長を経て2012年の衆院選で初当選。環境大臣政務官、復興副大臣などを歴任。  衆議院小選挙区の区割り改定で、本県は5議席から4議席に減った。会津地方と県南地方は新3区に再編され、自民党の新3区支部長には会津地方を地盤とする菅家一郎衆院議員(67、4期、比例東北)が就任。地元の範囲が広がり、有権者の声をどのように受け止め国政に届けていくのか、菅家氏に地方創生の在り方を聞いた。  ――衆議院小選挙区の区割り改定に伴う候補者調整の末、本県新3区の支部長に就任しました。経緯と選挙戦略についてうかがいます。 「本県は五つの選挙区から四つの選挙区に1議席減る結果となりました。旧第4選挙区は新たに県南を含めた第3選挙区に区割りが決まり、会津地方を中心に取り組んできた私と県南を中心に活動してきた上杉謙太郎先生との調整が党本部で慎重に検討されてきた経緯があります。 私は会津若松市長時代には大震災・原発事故が起こり、被災者の受け入れ、衆議院議員になってからはJR只見線の復旧、会津縦貫北道路、甲子道路の全線開通など地元の要望の実現に一つ一つ取り組んできました。その実績を評価していただいたのだと捉えています。今までの選挙結果は僅差で対立候補に力及ばなかったことは重く受け止めていますが、党本部が総合的に判断して、私を新3区の支部長として決定した責任を果たしていこうと思います。 上杉先生は、旧第3選挙区では地盤の県南地方で毎回票を積み上げ、前回衆院選では対立候補である玄葉光一郎氏を上回りました。有権者からの支持を党本部が評価し、比例代表の支部長として、名簿の上位に位置付けしました。新3区の市町村をまとめると、県内では最も広い面積です。上杉先生のお力をいただいて、私も上杉先生のために働いて連携を図っていきます。 地元の範囲が県内最大となりますが、有権者の皆様の声を一つ一つ受け止め、地方政治の最前線にいる市町村長と市町村議、県会議員のご助言も得て、それを与党議員として国政に届ければ、有権者からの応援という結果は付いてくると思います」 ――県南地方を地盤とする上杉謙太郎代議士は県衆院比例区支部長として比例東北で優遇措置となる運びですが、今後どのような協力関係を築いていきますか。 「自民党所属の県議の先生方は、会津地方には6人、県南地方には3人います。選挙区の面積は広くなりますが、上杉先生、9人の県議などあらゆる政治家とこれまで以上に密接な関係が築けます。一緒に選挙に臨めるのは心強いです。 次の選挙に関しては、私と上杉先生が積み上げてきた与党議員の経験を生かせるように2人とも議席を維持することが福島県のためになると思います。私自身に言い聞かせているのですが、『お任せ』ではだめだと。私は県南で上杉先生のお力を借りながら自分なりのネットワークを構築するのはもちろん、上杉先生には私の会津の知り合いを積極的に紹介し、つないでいきます。県内の声を政治に生かすという共通目標のために、小選挙区、比例区ともに票を上積みしていきたいです」 ――5月8日から新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置付けが5類相当に引き下げられます。政府の対応の評価並びに、「ウィズコロナ」を見据えた経済対策についてどう取り組むべきですか。 「ワクチン接種をはじめ感染対策が浸透し、感染者は減少傾向です。現状に合うように法律を見直すのは必要だと思います。基礎疾患を抱える方、高齢の方が感染しないように医療機関や福祉施設での感染拡大を防いだ上で、感染症法の位置付けを引き下げるのは妥当だと考えます。 コロナ禍で飲食店、観光が大きなダメージを受け、それが長引きました。国も補償などで対応してきました。この間、感染者数は減少傾向が続いていましたが、感染拡大からの3年間は『日常生活を取り戻す』という気分に国民はなれなかったと思います。5類への引き下げで、職場の歓送迎会、地域住民の方々が懇親会などを臆することなく開けるようになったのは大きいです。自然と、地域経済が活性化へ向けて息を吹き返していくのではないでしょうか。 会津地方は県内でも有数の観光地です。海外からのインバウンドを増やし、交流人口を増やしていくことが、人口減少時代の地方創生の形だと思います。コロナの5類引き下げに合うタイミングで、只見線は昨年の10月に全線再開通し、観光路線として大いに賑わっています。 県南については、国道289号の甲子トンネルは首都圏から県への玄関口である白河市、西郷村と大内宿がある下郷町をつなぎます。県外からの観光客は戻りつつあり、観光に関しては県南と会津地方が結びついて相乗効果が見込めるのではないでしょうか」 ――自身が代表を務める「首都直下型地震対策バックヤード構想推進研究会」におけるこれまでの活動と今後の展開についてうかがいます。 「東京への人口・政府機能の過度な集中と、今後30年間で起きる可能性が高い首都直下型地震への対応を考えた政策です。国会の委員会が、首都圏が災害や有事で打撃を受けた時に代わりに機能を担う場、つまり『バックヤード』の最有力候補地の一つに挙げたのが福島県でした。 緊急事態下の首都圏を支えるには、安全で高速な交通網が整備されていなければなりません。バックヤードの一つである本県では、東北新幹線と上越新幹線のミッシングリンク(分断された路線)が磐越西線です。ここが高速鉄道でつながれば、環状新幹線となり、平時は東京から地方への分散の受け皿、緊急時は物資の供給や避難者の受け入れに役立ちます。研究会の活動が実り、国会で『地域公共交通の活性化及び再生に関する法律』の改正につながりました。 構想で特に重要なのが政府の司令塔機能の移転です。これはまだ明確に示されていないので、今夏には国土交通省の国土形成計画に取りまとめる予定です。政府機能の分散は政府自体がその方針を示すべきではないのか、そのような思いで私たち研究会は提言をまとめ、昨年12月に国土交通大臣と国土強靱化担当大臣に要望しました。我々研究会の意見を政策に生かせるようにさらに継続して活動していきます」 ――有権者へのメッセージをお願いします。 「新3区の支部長に就任させていただいたことに深く感謝申し上げます。厳しい選挙にもかかわらず応援していただいたおかげだと思っています。県南、会津地方と広い地域にまたがる選挙区の支部長ですが、その重みをひしひしと感じています。 全国で人口減少が進んでいますが、会津地方は特に影響が著しい地域です。高齢の方々が手厚い支援で健やかに暮らせるようにするのはもちろん、若い人が居心地の良い故郷にもう1回戻って、そこで安心して安全に仕事や子育てができるような環境を整えるよう尽力していきたいです。県南地方は、首都圏からの玄関口に当たり、地方分散の受け皿として重要です。両地方で、若い人たちが夢と希望を持って住み続けられるよう全力で取り組んでいきます」 【菅家一郎】衆議院議員のホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【いわき市】内田広之市長インタビュー

    うちだ・ひろゆき 1972年3月生まれ。東北大教育学部卒。東大大学院教育学研究科修了。文部科学省教育改革推進室長、福島大理事兼事務局長などを歴任し、2021年9月の市長選で初当選。  ――市長就任から1年半が経過しました。この間を振り返って。 「就任当時、市が抱えているさまざまな課題について、『見える化』が図られておらず、青写真も示されていない現状にありました。そのため、昨年1年かけて議論を重ねながら『いわき版骨太の方針』を策定し、今後のビジョンをお示ししました。 教育・子育て、農林水産業の担い手不足、医師不足、産業振興、若者の雇用確保、公共交通整備などについて、骨格をつくり見通しを示しました。さらに各地区の区長を中心とした話し合いの場に足を運び、課題や取り組み状況を共有しました」 ――優先的に取り組みたい課題は。 「特に重視しているのが、若者の人口流出です。高校卒業後、進学・就職で約6割が首都圏などに流出します。人口減少につなげないためには、地元に帰りたいと思ってもらえる環境づくりが大事であり、産業振興や若者の雇用確保を生み出すことが大事です。本市は製造品出荷額等が東北で1位の都市であり、ものづくりや素材産業の分野で、いかに若者にとって魅力的な雇用を生み出せるかがポイントになると思います。 4月1日、浪江町に福島国際研究教育機構(エフレイ)が開設されました。これらを見据えて、本市では課長級のエフレイ連携企画官を2人配置しました。また、4月15日には市役所内郷支所にエフレイの出張所が開設され、市内で設立記念シンポジウムが開催されました。世界トップレベルの研究者が集まる同機構と連携し、市内の既存産業と研究が融合していくことで、専門性が高い分野の若者に市内で働いていただけることを期待しています。若い力が活発になることが真の復興であり、今年はスタートの年だと思っています」 ――新型コロナウイルスの5類移行に伴い、観光振興をはじめコロナ禍で制限されてきた事業に着手できることと思います。 「コロナ禍前の市内入り込み客数は約800万人でしたが、2022年は約540万人でした。今後はウィズコロナの時代になり、一時的に感染者が増加しても、行動制限・イベント自粛を呼び掛けるのではなく、各自が対策しながら開催していくことになると思います。 本市では昨年から花火大会、いわき七夕まつり、いわきサンシャインマラソンなどのイベントを順次復活しており、海水浴場もオープンしました。今年はそのほかのイベントも本格的に再開する予定で、市外から訪れる人をしっかりおもてなししていきたいと考えています。 入り込み客数増加という意味では、サッカー・いわきFCのJ2昇格により、同チームや対戦チームのサポーターが多く足を運ぶようになったことも大きいです。先日、JR磐越東線のいわき―小野新町駅間が赤字になっているという発表がありましたが、いわきFCの試合などと連携し利用を促すのも一つの方法だと思います。沿岸部にサイクリングロード『いわき七浜街道』を整備しているので、自転車関連の合宿なども積極的に誘致したいですね」  ――市では健康ポータルサイトを設立し、健康指標改善に取り組んでいますが、今後の展望は。 「65歳の人が元気で自立して暮らせる年数を算出した『お達者度』を県内13市で比較すると、本市は男女とも県内最下位です。特定健康診断の受診率もワーストで心臓・脳血管疾患による死亡割合は他市と比べて高い。健診を怠り、病気が悪化して治療が遅れる傾向が読み取れます。塩分摂取率は全国平均より高く、生活習慣も健康指標の低さに影響していると思われます。 子どものうちからの啓発が必要だと考え、現在、市内のモデル校の中学2年生を対象とした事業を実施しています。実際に早期指導は改善効果があることが分かったので、今後対象校を拡大し、学校を通して家庭に健康意識が広まることを期待しています。また、高齢者向けにフレイル(加齢により心身が衰えた状態)の疑いがないか検査を実施したり、スポーツイベントで血液検査や血圧測定を行ったり、シルバーリハビリ体操を普及させることで、介護予防の取り組みも広めています。加えていわき市医師会、いわき市病院協議会と連携協定を締結し、健康寿命を延ばす取り組みも進めています」 ――近年、激甚化する自然災害への対策が不可欠となっています。 「さまざまな対策を講じていますが、その中から2つ紹介します。 1つは要支援者の把握です。東日本大震災や令和元年東日本台風では、思うように動けない要支援者が逃げ遅れて亡くなったケースが確認されました。そこで個別に避難計画を策定することを決め、特に、災害リスクが高い地域の要支援者からヒアリング調査を実施し、災害時の避難体制の整備を進めています。次の災害時は『逃げ遅れゼロ』を実現したいと思います。 もう一つは防災士の活用です。本市には防災士の資格を持つ人が県内最多となる900人以上います。市内には町内会が529団体あり、403団体の自主防災組織が立ち上げられていますが、人口減少や高齢化の進展の中、訓練などの活動状況に差が生じてきているようです。そこで、防災士に災害時における地域のリーダーとして活躍してもらおうと考え、昨年、全国初となる『登録防災士』制度を作りました。 令和元年東日本台風で越水した夏井川や好間川は川底の掘削がだいぶ進んでおり、同じ規模の雨が降っても水害は防げそうですが、自然災害の甚大化が進んでいるので、防災対策が重要になると考えています」 ――国・東京電力は福島第一原発敷地内に溜まるALPS処理水の海洋放出を春から夏にかけて実施する方針です。沿岸部の自治体としてどのように受け止めていますか。 「国・東電は住民向けの説明会を開いたり、福島県産品のPRイベントを開催しており、アンケートなどを見る限り、国民への理解も少しずつ広まっているように思います。ただ、まだ合意が整う途上にあります。国・東電は漁業関係者の皆さんに対し『関係者の理解なしにいかなる処分も行わない』と約束しているので、まずは理解醸成をしっかりやってほしい。そのためには、対話を重ねるしかないのではないでしょうか」 ――今年度の重点事業について。 「特に強調しておきたいのが、子育て関係の施策です。国の方で異次元の子育て支援策を掲げているので、本市でも連動して手厚くしていきたい。子育て世帯の支援としては、部活動などで全国大会などに出場する選手への支援メニューを充実したり、インフルエンザの予防接種費用の助成を実施しました。学校給食の無償化についても全国で議論になっているので、市長会を通じて国へ伝えていきたいと思います」 いわき市のホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【矢祭町】佐川正一郎町長インタビュー

    さがわ・しょういちろう 1951年11月生まれ。茨城県立大子第一高校、富士短大卒。家業の㈱佐川商店を経営。矢祭町議1期を経て、2019年4月の町長選で初当選。現在2期目。  ――4月の町長選で無投票再選されました。 「1期4年間の役割の重要さをあらためて実感しましたし、1期目の中での積み重ねがあったからこそ、今回、無投票でまた町政の舵取りを担う立場に立てたと考えています。自分の考えを住民の皆様に伝えるという意味では選挙態勢を整えるのは不可欠ですが、選挙のための政治ではなく、町民本位の行政でなければならないので、これからも町民を思い、共創のまちづくりを進めていきます」 ――今年度の重点事業について。 「笑顔あふれる共創のまちづくりをコンセプトに、町民と地域行政が一体となって魅力あるまちづくりを目指す、というのが2期目の大きな目標です。それを実現するため、6月からは4年ぶりとなる地域懇談会を実施するほか、各地域の住民の皆様にもまちづくりに参加できるような場を提供し、皆様の要望や提言を真摯に受け止めて町政に反映し、共同参加型のまちづくりに取り組んでいきます。 また、町内の空き家対策も重要課題で、3月末には㈱AGE technologiesと連携協定を結び、空き家の適正管理・活用に努めているほか、町内に発足したNPO団体に空き家バンク制度を有効活用してもらい、地域の課題に密着した施策を打ち出していく考えです」 ――2期目の抱負について。 「本町を取り巻く課題は様々あり、人口減に対してはどうしてもマイナスに捉えられてしまいますが、教育面は子ども一人ひとりに対してより多くのリソースを割くことが可能になります。マイナス面ばかりに目を向けるのではなく、人口減だからこそできる施策も開拓していきたいと考えています。また、本町を含めた県南地域の交流人口・関係人口創出という意味では、行政間の連携も必要不可欠です。加えて本町は茨城県とも隣接しており、関東圏との玄関口に当たるので、水郡線の活性化や久慈川の防災、国道118号のインフラ整備など、茨城県との交流深化にも努めていきます。 本町にゆかりのある偉人として吉岡艮太夫という人物がおり、日米修好通商条約批准の際に若き日の勝海舟やジョン万次郎、福沢諭吉らと軍艦・咸臨丸に乗り込んで日本初の太平洋横断任務に就き、帰国後は幕臣として徳川家に忠義を尽くしました。その生涯や足跡を周知していきたいと考えています。 ほかにも道の駅構想の具体化や駅前開発、公民館改修といったハード面の整備、町内事業者の担い手不足解消や空き店舗解消といったソフト面の問題解決に尽力し、町民の皆様の期待に応えていきたいと思っています」

  • 【三島町】矢澤源成町長インタビュー

     やざわ・げんせい 1951年生まれ。東洋大学経済学部卒。76年に三島町職員となり、生涯学習課長、政策担当課長などを歴任。町教育長を経て、2015年の町長選で初当選。今年4月の町長選で3選を果たした。  ――4月23日投票の三島町長選では、激戦を制し3選を果たしました。選挙戦を振り返って。 「私が今まで進めてきた取り組み、2期務めてきた実績、今後の4年間を見据えた本町の方向性について、町民の皆さんに訴えたことが認められたのかな、とあらためて実感しています。町長の任に就かせていただくにあたって、国、県の動きを見ると、これからの時代は経済成長を前提とした施策ではなく、ある程度成熟社会を踏まえた方向性に転換していると実感します。本町でも、医療・介護・福祉・保健・環境・自然保護・再生という言葉をキーワードとする地域社会の創造が私の使命であると痛感しています」 ――2期8年の総括を。 「この間、特に注力してきた分野が医療・福祉です。地域住民の生活を守るため、地域包括支援センターや在宅医療の充実に努めてきました。また、本町をはじめ、柳津町、金山町、昭和村の医療圏を構成する4町村での連携のもと、県に対し、老朽化が著しい県立宮下病院の改善策について要望を重ねてきました。そうした中で、町民運動場への移転・新築が決定し、『有床診療所』として2027年度に開院の予定です。これに伴い、在宅医療センターも新設されるなど、県内でも特に過疎化や高齢化率が高い特性に合わせた地域医療の拡充が期待されます。 今後も構成自治体同士がしっかりとスクラムを組みながら同病院と一体となり、過疎地域における医療拡充を図っていく必要があります。医療・介護・保健・福祉が集約される地域包括的役割を担う同センターは、地域住民が安心・安全に暮らせる心のよりどころと言っても過言ではありません。 一方、同病院整備を足掛かりに道路整備にもつなげていきたいと考えます。現在、財政難や公共事業の削減も相まって本町の雇用を下支えする建設業は厳しい状況です。今後の建設予算の獲得には相応の合理性が一層問われるものと考えます。同病院移転を契機に周辺の道路のみならず、医療圏内の交通を円滑にするための道路整備が必要となるので、今後も関係機関に対し積極的に働きかけを行っていきます。そのほか、柳津町・三島町学校給食センターの整備、子育て支援策として給食費と保育料の無料化や紙おむつの支給、町営バスの減免制度創設、若者定住促進事業を展開してきました」 ――3期目で目指す町政運営の方針についてうかがいます。 「私の政治哲学は〝本町の守るべきものはしっかり守り、変えるべきものはしっかり変えていく〟であり、端的に言えば『温故知新』と『不易流行』に尽きます。それらに基づいた町政運営を展開していきます。 1974(昭和49)年以降、本町では、5つの運動を展開してきた経緯があります。具体的には、①都市と農村の交流を通した地域活性化を狙いとする『ふるさと運動』、②伝統行事の数々を集落の誇りとして守り連帯意識を醸成する『1地区1プライド運動』、③伝統的なモノづくりの技と自然や地域資源を現代生活に生かしながら交流人口創出を図る『生活工芸運動』、④県立宮下病院の拡充や健康寿命の延伸を狙いとする『健康づくり運動』、⑤健康づくりと農業の連携・融合を目指した『有機農業運動』――であり、まちづくりの根幹になっています。地域をどのように活性化するのか、そのためには地域の資源をどう活用するのか、引き続き『温故知新』と『不易流行』の精神で取り組む考えです」 広域連携で活性化図る  ――周辺自治体との広域連携の重要性について訴えてきました。 「周辺自治体を巻き込んだ広域連携のメリットは、各々の自治体における短所を互いに補い合える点のみならず、各自治体が持つ長所を認め合いながら相乗効果を発揮して『点から面』への地域振興を図っていける点だと考えています。そのためにも周辺各自治体と『Win―Win(ウィンウィン)』の関係を構築していきたいと強く思います。 現在、本町の人口は1400人で、人口減少と少子高齢化が加速している状況にあります。この問題に対処するためにも広域連携は大変重要になっていきますし、本町を含む過疎地を抱える山村の自治体が豊かさを維持するための至上命題と言えます。現時点では、先述した宮下病院を中核とする4町村の医療圏構想などで具現化しています。 柳津町、昭和村との連携による『特定地域づくり』の活用も重要です。教育や文化も含めた『総合的企業』という観点で、地域の文化の香りを生かした広域連携を展開し、活性化を図っていく考えです」 ――3期目の重点事業について。 「1つは、『結婚・出産・子育てしやすい環境の整備』です。結婚祝い金制度の充実をはじめ、世代間の垣根を超えたさまざまな交流、きめ細かな子育て支援策、保育所や学童保育の充実を図っていく考えです。 2つは、『地域資源を生かした仕事を創る』です。環境に配慮した地域産業創生を目指し、4年間にわたり、環境省からご指導いただきながら取り組んできました。この間、『三島町における木質バイオマス活用を契機とした地域循環共生圏構築事業』、『三島町ゼロカーボンビジョン』など、環境省と連携しながら協定を締結し、環境問題についていろいろ議論を重ねてきました。 再生可能エネルギーにも注目しています。森林を生かした木質バイオマス発電、水を活用する小水力発電を積極的に展開して『産業化』を図り、循環型地域経済社会の創造を目指していきます。また、桐や編み組、温泉、会津地鶏、カスミソウ、健康野菜、山菜など魅力ある地域資源をさらに磨き上げ、地場産業の振興による雇用の拡大、農・商・工連携による地域で稼いだお金を地域に還元する地域経済循環の構造を一層盤石にする考えです。 3つは、『交流人口から関係人口・定住人口につながる流れをつくる』です。『サイノカミ』をはじめ、雛流し、虫供養など本町独自の地域文化をはじめ、自然との共有による豊かな暮らしなど、本町の魅力を積極的に発信し、交流人口の拡大はもちろん、関係人口の創出、ひいては定住人口の向上に努めていきたいと考えます。併せて、町内の空き家等の利活用にも注力していきます。 結びに、『生涯活き活きと過ごせる魅力ある地域を創る』です。『みしま健康ポイント事業』、有機農業などの健康づくりをはじめ、生涯学習の充実、町内集落における民俗文化の魅力発信による元気なまちづくりに向け鋭意努めていきます。そのほか、会津地鶏加工場の建設をはじめ、ガソリンスタンドや通信情報施設の整備にも着手します」 三島町のホームページ

  • 【川内村】遠藤雄幸村長インタビュー

    えんどう・ゆうこう 1955年1月生まれ。原町高、福島大教育学部卒。㈲わたや社長。川内村議を経て、2004年の村長選で初当選。20年4月の村長選で5選を果たした。  ――新型コロナウイルスの位置づけが5類に引き下げられました。 「5類引き下げに伴い対策本部を解散しましたが、今後感染拡大が続いた時には再度立ち上げるなど柔軟に対応していきます。今後の感染状況を見ながら必要に応じた支援をしていきたいと思います。 村内事業所はコロナ禍と燃料費高騰で打撃を受けており、村としても支援してきました。飲食店に関しては、各種会合が再開されるなど、少しずつ回復している実感があります。 イベントも、例年より規模を縮小するなどしてマラソン大会や秋祭りなどが再開されてきています。感染状況を見ながらですが、今年は通常通り開催したいと考えています」 ――村内産ワインの反響はいかがですか。 「昨年春に白ワイン、秋に赤ワイン、12月にスパークリングワインを販売したところ、おかげさまで在庫がなくなるほど反響をいただきました。今年は出荷量を増やし、全12銘柄、約1万3000本の出荷を見込んでいます。販売店や首都圏でPRを兼ねた即売会・試飲会を開催しており、ふるさと納税の返礼品としても検討しています。 村内には、生食用のブドウの栽培農家も約40軒あり、こちらも高評価をいただいています。ビニールハウスを活用して栽培している稲作農家もいます」 ――村といわき市小川町をつなぐ国道399号十文字工区が昨年開通しました。 「いわき方面から村内の入浴施設などを訪れるようになっています。詩人・草野心平とゆかりが深い本村と小川町の商工会が連携し、誘客事業を展開していく動きも生まれています。さらに整備中の県道36号小野富岡線が開通すれば、田村市や郡山市に行きやすくなり、あぶくま高原道路を経由することで須賀川市や白河市も生活圏になります。道路インフラが整備されることで医療、通勤・通学面での選択肢が増え、復興加速につながっていくことが期待されます」 ――今年度の重点施策について。 「役場庁舎が築50年超となり、度重なる地震で損傷していることもあって、建て替えを予定しています。有識者を交えた検討委員会で検討を重ねた結果、『新庁舎を新築することが適当』との答申をいただきました。職員や村民等の声も聞きながら、今後、基本・実施設計を策定し、庁舎建設を行っていくことになります。新たな庁舎は村の防災拠点かつシンボリックな存在にしたいですね。 庁舎建設と併せて、義務教育学校設立により廃校となった旧川内中学校の利活用も検討していきたいと考えています」 川内村のホームページ

  • 【会津美里町】杉山純一町長インタビュー

    すぎやま・じゅんいち 1957年生まれ。東京農業大農学部卒。衆議院議員秘書を経て、2003年から県議連続5期、その間議長を務めた。2021年4月の会津美里町長選で初当選。  ――町長就任から2年が経過しました。 「就任当初から新型コロナウイルスの感染が広がり、ワクチン接種や感染防止対策はこれまで未経験だったので大変苦労しました。 選挙公約に掲げた中では、一番重要なのが人口減少対策で、若者定住支援や子育て世代の支援に注力しました。また、町長就任前から町内の温泉施設の売却・譲渡の話があり、本郷温泉湯陶里は令和2年に無事譲渡でき、新鶴温泉は、昨年あらためて公募をかけ、会津若松市の会社に売却が決定し、今年4月に『新鶴温泉んだ』として生まれ変わりました」 ――昨年末に㈱ウェルソックと地域包括連携協定を締結しました。 「本町と㈱ウェルソックの包括連携協定は、高速通信網を活用した『産業のDX』や『暮らしのDX』の推進等を図ることを目的としています。協定内容は、①町内における各種産業のスマート化実証実験の誘致促進に関すること、②ロボットやIoT等の最新技術の実装促進に関すること、③地震等の災害発生時における町民の安全確保に関すること、④町民の安全・安心の向上に寄与すること、⑤その他、高速無線通信網の活用促進、地域振興に関すること、です。主な取り組みとして、昨年度に整備を進めた町内Wi―Fi環境を活用したインターネット接続サービスを4月28日から開始しており、今後は防災や防犯など様々な分野に活用していきます」 ――本郷庁舎の改修が進められています。 「本郷庁舎は『町民が集い、自ら学び、活動を支援し、人と地域をつなぐ拠点』を基本理念に、生涯学習センター機能とともに支所機能と福祉センターの一部機能を備えた施設になります。令和6年1月の開館に向けて準備を進めており、進捗率は5月末時点で89・2%と、予定より早い進捗になっています」 ――今年度の重点事業について。 「今年度は第三次総合計画後期基本計画3年目の中間年度となり、これまでの取り組みへの評価を行いながら、職員一丸となって事業を効果的に進めていきたいと考えています。 特に重点的に進めていきたいのが教育環境の充実と人口減少対策です。教育については、ICTを活用した教育環境整備のため、デジタル教科書導入や家庭でのタブレット学習を推進するほか、9年間教育の先進的実践を進めるため、本郷地域に本町初となる義務教育学校の開校を令和6年度を目標に進めていきます。人口減少対策については、移住対策の充実を図るほか、本年度は新たに小中学校入学児、中学校卒業生徒の保護者に対して子育て支援金を交付し、経済的な支援を充実させていきます」 会津美里町のホームページ

  • 【相双建設事務所】小池敏哉所長インタビュー

     こいけ・としや 1967年生まれ。宇都宮大学工学部土木工学科卒。1990年に県職員となり、土木部下水道課長、技術管理課長などを歴任。2022年から現職。  ――2月には県道広野小高線の富岡町の工区が完成し広野町から富岡町までの区間が結ばれました。 「一般県道広野小高線(通称・浜街道)は、広野町を起点に双葉郡の太平洋沿岸部を南北に縦断し南相馬市小高区に至る幹線道路で、このうち広野町から富岡町に至る区間約17・2㌔について、平成9年度から道路改良事業に着手しました。平成23年3月の東日本大震災後は、津波で甚大な被害を受けた被災地域の復興まちづくりを支援する道路として整備を推進し、令和5年2月に広野町から富岡町の区間を開通させることができました。広野町から富岡町までの改良道路により、安全で円滑な通行が可能となり、沿岸部における人と物の交流や地域間連携が一層図られ、産業の再生や観光の振興につながるなど、浜通りの復興を力強く後押しすることが期待されます」 ――昨年は福島県沖地震が発生し、相双地域は大きな被害がありました。 「令和4年福島県沖地震では、当事務所で管理する道路、河川、海岸において53箇所の被害が確認されたことから、早期復旧に取り組み、令和5年3月末時点で36箇所の復旧が完了しております。残りの被災箇所についても、令和6年度の完了を目指し、引き続き、道路等の復旧にしっかりと取り組んでいきます」 ――防災事業も重要です。 「令和元年東日本台風など、近年、激甚化・頻発化する自然災害に備え、河川の治水安全度を高めるため、『宇多川及び小泉川の改良復旧事業』等の河川整備を進めるとともに、河川堤防の強化を目的とした堤防天端の舗装や、河川の流下能力向上を目的とした河道掘削や伐木等を引き続き実施していきます。また、流域治水の考えに基づき、流域全体のあらゆる関係者が協働し、ソフト・ハードが一体となった防災・減災対策に取り組んでいきます。さらに、災害時の輸送を確保する道路ネットワークの強化や管理する各種公共土木施設の長寿命化対策を計画的に実施していきます」 ――震災・原発事故を受けての管内の整備状況について。 「県では、避難解除区域等と周辺の主要都市等を結ぶ幹線道路を『ふくしま復興再生道路』と位置づけ、住民帰還や移住促進、さらには地域の持続可能な発展の支援に取り組んでいます。当管内では国道114号、国道288号、県道原町川俣線、県道小野富岡線の4路線13工区でふくしま復興再生道路の整備を進めており、これまで国道288号(野上小塚工区)など、2路線9工区で供用を開始しています。残る2路線4工区についても引き続き整備を進め、相双地域の復興を着実に進めていきます。また、相双地域では、地域内において復旧・復興状況が異なっていることから、それぞれの状況に合わせた安全・安心な社会資本の整備にしっかりと取り組んでいきます」 ――今後の抱負。 「本年度は、県道小野富岡線(西ノ内工区)での一部区間供用や、令和元年東日本台風による災害復旧工事や宇多川改良復旧工事の完了を目指すとともに、国道114号(椚平工区)や復興シンボル軸(県道井手長塚線)の整備促進、県道浪江三春線(小出谷工区)の橋梁及びトンネルの設計着手、復興祈念公園における(仮称)公園橋の工事に着手するなど、相双地域の復興を着実に進めていきます。また、第2期復興・創生期間(令和3年~7年)の折り返しの年であり、地域の復旧・復興のステージを捉えながら、住民帰還へ向けたインフラの整備を着実に進めるとともに、適切な維持管理に、職員一丸となって取り組んでいきます」

  • 【福島県北建設事務所】長嶺勝広所長インタビュー

    ながみね・かつひろ 1965年生まれ。会津若松市出身。新潟大卒。1987年に県職員になり、喜多方建設事務所長、土木部次長(道路担当、企画技術担当)などを歴任。昨年4月から現職。  ――県北建設事務所長に就任され1年が経過しました。この間を振り返って。 「令和4年度は、『ふくしま復興再生道路』の整備や、令和元年東日本台風等において、大規模な被災を受けた河川の再度災害防止に向けた河川改良などを職員が一丸となり、スピード感を持って取り組んだ1年でした。 また、令和4年3月16日の福島県沖を震源とする地震により、阿武隈川を渡る県管理の橋りょう3橋と桑折町管理の1橋の合計4橋が被災しましたが、そのうち2橋の復旧工事が完了し、残る2橋につきましても国による代行事業で実施することとなり、様々な事業が円滑に進捗しました。これも地域住民の皆様や国、市町村をはじめとする関係各位の御協力の賜であり感謝申し上げます」 ――管内における令和元年東日本台風の災害復旧事業をはじめ、河川、砂防事業の進捗状況についてうかがいます。 「令和元年東日本台風の災害復旧事業は概ね完了いたしましたが、甚大な被害を受けた移川・安達太田川(二本松市)、広瀬川(川俣町)、山舟生川(伊達市)において、再度災害防止に向け、災害復旧と併せた河川改良を、また、滝川(国見町)、濁川(福島市)、外3河川において背水(バックウォーター)対策として堤防の嵩上げ工事等を引き続き実施しています。さらに、河川の拡幅等と同時に橋梁の架け替え工事も行っています。 そのほか、治水安全度向上のため、古川(伊達市)、五百川(本宮市)などにおいて、築堤や護岸などの河川改修事業を進めていきます。砂防事業については、土石流対策として砂防えん堤を建設する大作沢(川俣町)や、がけ崩れ対策として防護柵を設置する椿舘(福島市)など、土砂災害が発生するおそれがある区域で、特に要配慮者利用施設が存在する場所を優先して対策事業を進めるとともに、小谷ノ沢(川俣町)や坊田沢(伊達市)など既存の砂防えん堤の補強工事にも取り組んでいます」 ――「ふくしま復興再生道路」として鋭意整備が進められてきた国道114号山木屋1・2・3工区、国道349号大綱木1・2工区が3月21日に完成の運びとなりました。開通による効果についてうかがいます。 「避難指示解除区域の産業振興や交流人口の拡大、安全で安心な車両交通環境の確保、通行時間の短縮などの利便性向上を目的として整備しました。地元の川俣町民から『以前は幅が狭いしカーブは急、その上、すぐ下は川、怖いので冬場に山木屋に出かけることができませんでした。でも、広くてまっすぐな道路ができて時間も以前よりかからず、本当に有り難く思っています』と嬉しいお話をいただきました。整備した道路が次の時代、次の世代に渡り利用され、ますますの県土の発展に寄与していくことを願っています」 ――その他の重点事業についてうかがいます。 「県北地域が高速交通体系の結節点であることを生かした県内外との広域交流の促進や都市内の日常生活を支える道づくりが必要と考えております。 主な事業として、東北中央道福島大笹生ICへのアクセス性の向上を目的とした福島市の上名倉飯坂伊達線大笹生2工区では、工事着手に向けた用地取得を進めていきます。伊達市から宮城県丸森町に至る国道349号五十沢地区では、国と連携して道路改良事業に着手するとともに、本宮市では通勤通学など地域の方々の生活を支える県道本宮三春線高木工区の完成を図っていきます」

  • 【福島県中建設事務所】芳賀英幸所長インタビュー

     はが・ひでゆき 1967年生まれ。日本大学工学部土木工学科卒。1990年に県職員となり、土木部土木企画課長、道路管理課長などを歴任。今年4月から現職。  ――4月より県中建設事務所長に就任されました。前職は土木企画課長で県庁から出先事務所に異動しての勤務となりますが、管轄地域の印象等はいかがでしょうか。 「3月までは県庁勤務でしたが、土木企画課というのは情報共有の要で、各建設事務所の課題や問題解決のために動く縁の下の力持ちのような役割でした。今回は事務所長としての勤務ということで、直接事業に携わり、県民の方々とも直にお話ができる、いわば最前線で仕事ができるという点で非常にやりがいを感じています。県庁には6年間勤務していましたが、個人的には現場での仕事の方が好きなので、その点も踏まえて積極的に取り組んでいきたいと考えています。 県中建設事務所は郡山市に事務所を構えていますが、私自身、郡山市出身なので非常に愛着もありますし、地域のためだけでなく故郷に貢献していきたいと思いながら事業に取り組んでいきます」 ――ふくしま復興再生道路として整備が進められている、県道吉間田滝根線の事業進捗について。 「県道吉間田滝根線は県中地域と双葉地域を結び、浜通り地域の復興を加速化させる目的で整備が進められています。 その中でもあぶくま高原道路の小野ICから延びる9・2㌔のバイパス事業である広瀬工区は、うち2・6㌔を自動車専用道路区間、残りの6・6㌔区間を一般道区間として整備しています。現時点で外観的にはほぼ完成しているように見えますし、実際の事業進捗率としても90%以上が完了しています。今後は標識類の整備等に取り組み、今年度中に供用開始となる予定です」 ――昨年11月には国道118号鳳坂トンネルが開通しました。 「国道118号鳳坂トンネルについては天栄村の方から熱望されていた事業で、開通式後に地域の方から100年来の事業を実現してくれてありがとうという感謝のお声をいただきましたし、地域の方からそうしたお声を直接いただけて非常にやりがいを感じました。天栄村は県中地区に位置しますが、鳳坂トンネルの先はどちらかといえば会津地域と同じ気候で、役場と湯本地区との行き来が困難であったため、物流や観光、救急搬送においても大きな影響を与えていた経緯があります。トンネルの完成によって、それらが円滑に行えるということで非常に高い整備効果が得られたと見ています。また、県中地域の方が南会津方面に行かれる際にも鳳坂トンネルを利用されることが多いので、通勤利用という側面でも大きく貢献していると考えています」 ――今年度の重点事業について。 「先述した吉間田滝根線の年度内開通に加えて、石川町において水災害から地域の安全・安心を確保する千五沢ダムの再開発事業を進めており、昨年度には洪水吐き導流部コンクリートと下流護岸工が完成しましたので、今年度は残りの工事を進めて年度内の完成と試験湛水を行う予定です。 その他の事業として、災害に強い道路ネットワークの構築を目指す国道288号船引バイパスの整備事業を進めており、郡山市側の1工区は平成27年度に供用し、2工区の一部区間も昨年度に供用開始しました。今年度以降は2工区における残りの区間の工事と3工区の用地取得と工事を推進し、早期の全線開通に向けて取り組んでいきます。また、昨年度は、いわき石川線の石川バイパス2工区が供用開始となり、こちらについても残る1工区の工事を推進し、早期開通を目指して取り組んでいきます」

  • 【須賀川商工会議所】菊地大介 会頭インタビュー

    きくち・だいすけ 1972年10月生まれ。㈱あおい代表取締役。東北学院大卒。2019年11月から須賀川商工会議所副会頭を務め、昨年11月から現職。  新型コロナウイルスの感染拡大がひと段落し、経済の動きの再生に期待が寄せられている。県内経済界ではどのように対応していく考えなのか。須賀川商工会議所の菊地大介会頭(㈱あおい代表取締役)にこの間の会員事業所の状況やアフターコロナに向けた展望、さらには物価高騰やデジタル化への対応などについて、語ってもらった。  ――昨年10月の臨時議員総会で新会頭に選任されました。就任から半年経過しましたが、現在の率直な感想を教えてください。 「3年前の副会頭就任後、すぐに新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、ほとんど大きな動きが取れなかった3年間でした。新型コロナウイルスの5類引き下げが決まり、徐々に社会の正常化が図られる中で会頭に就任させていただいたことを感慨深く受け止めています。 就任のあいさつでも述べましたが3年の任期中に、①物価高騰への対応、②デジタル化の推進、③アフターコロナに向けての対応に取り組んでいきたいと考えています。 新型コロナウイルスの感染拡大がひと段落し、人の動きが活発になっていますが、飲食業・観光業の事業所ではこの間、金融機関から借り入れしてきたところが多く、今後、本格的に返済が始まります。そうした事業所へのサポートを行っていきたいですね」 ――物価高騰が家計に深刻な影響を与えており、国では大手企業などに対して賃上げ要請を行っています。中小企業を支える商議所として、どのように対応していく考えですか。 「会員事業所には中小企業が多く、価格転嫁や賃上げなどに対応できず苦しんでいます。固定費が上昇する中で賃上げを行うのはとても勇気がいることですが、この時期に賃上げを行わなければ人手不足になってしまうという問題もあります。 私は建設業を経営していますが、国土交通省関東地方整備局では入札時、賃上げを行っている事業所に、ポイントが加算されるようになりました。今後、県・市町村発注の工事でも同じような仕組みが設けられる可能性があります。国の要請を受けて大手企業は賃上げを発表しており、中小企業も賃上げについて考えるときが来ていると思います」 ――デジタル化の推進を進めていますが、現在の進捗状況はいかがでしょうか。 「副会頭を務めていた昨年、『DX(デジタルトランスフォーメーション)推進研究会』を立ち上げました。今後アフターコロナに向かっていく中でDXを進めていかなければ立ち遅れてしまうと思います。高齢の方などは理解するのが難しい分野ではありますが、例えば商店街の中でグループラインでのやり取りを行うだけでも十分なDXです。 飲食店ではスマホで注文できるアプリを活用するなど、簡単なことでもできることが多いです。会員事業所には中小企業が多いだけに、商議所として積極的に支援していきたいと考えています」 インバウンド増加に期待  ――ウィズコロナ、アフターコロナを見据えて、今後どのような形で事業を展開していきたいと考えていますか。 「令和4年度末、令和5年度初めには懇親会や歓送迎会などが行われ、街なかにもかなり人出が戻ってきたようです。 期待しているのは国内も含めたインバウンドの増加です。特に今年は3月に福島空港が開港30周年を迎え、沖縄便をはじめベトナム便が12便来ます。福島空港では那覇空港とともに連絡促進協議会を立ち上げており、互いに連携しています。 私は同協議会の会長も兼任していますが、沖縄県は昨年本土復帰50年の節目を迎えたこともあり、注目を集めているので、県と連携しながら沖縄便再開に向けて動いていきたいと思います。 観光物産振興協会長も兼任していますが、コロナ禍を経て観光のスタイルが変わっています。自然とのふれあいや文化交流、アクティビティを楽しむ『アドベンチャーツーリズム』が人気を集め、高付加価値ツーリズムも注目されています。 体験型観光という面ではサッカー・いわきFCがJ2に昇格しましたが、来県するサポーターの福島空港利用を見越して、いわき商工会議所と協定を結びました。今後の仕掛け方によっては、観光で人を呼び寄せることができると思っています」 ――観光ということでは、昨年、「松明あかし」が3年ぶりに有観客開催となるなど、イベントも徐々に再開されるようになっています。今後の展望はいかがでしょうか。 「この間、夏の風物詩である須賀川市釈迦堂川花火大会は花火を打ち上げるだけで露店はなく、松明あかしは無観客で大松明に火をつけただけでした。それだけに、昨年の松明あかしの有観客開催は多くの市民が待ち望んでいたと思います。今年は花火大会に関しても通常開催され、さまざまな露店も従来通り出店される見通しです。 花火大会や松明あかしは一時的に交流人口が増えるイベントに過ぎませんが、市内には継続的に観光客が訪れる歴史的な史跡などがあるわけではないので、本市では意識的に数多くのイベントを開催してきた経緯があります。今後は先ほども話した通り、県とも連携を図りながら、今までとは違った観光を模索していきたいと思います」 ――昨年発生した福島県沖地震の影響について。 「令和元年東日本台風の被害やコロナ禍に加え、2年連続で地震が発生し、四重苦に苦しむ事業所も多い現状にあります。そういった事業所に対しては、商議所としても伴走型支援を続けていきたいと思います」 ――ウルトラマンによるまちづくりについて。 「震災・原発事故後、市と円谷プロダクションが協定を締結し、市中心部にモニュメントを建造するなど、互いに連携を図ってきました。メディアの露出も増加し相乗効果で市内の飲食店が紹介されるなど、大きな効果がありました。締結から10年目を迎え、あらためて市と同プロダクションがまちづくり連携協定を結びました。今後は市とともに、ソフト面でもウルトラマンのまちづくりを進めていきたいと思います。福島空港にも新たなモニュメントを建造する計画があり、空港を盛り上げていきたいと思います」 ――今後の抱負。 「100年に一度と言われるパンデミックやロシアのウクライナ侵攻など、社会情勢が大きく変化しています。人口減少が進む地方では地方創生が叫ばれ、各地域が競って地域振興に取り組んでいます。変化に乗り遅れないようにしつつ、住みやすく魅力ある須賀川市の実現のため、努力していきたいと思います」 須賀川商工会議所ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【福島県立医大】竹之下誠一理事長兼学長インタビュー

    たけのした・せいいち 1951年生まれ。鹿児島市出身。群馬大医学部卒。福島県立医科大附属病院長、同医大副理事長などを歴任し、2017年4月から現職。  福島県立医科大学の新たな理事長兼学長に選考会議が竹之下誠一氏(3期)を選んだ。医大は、県民に高度な医療を提供し、医療従事者を育成するのが主な役割だが、浜通りに設置された福島国際研究教育機構の主要研究機関として先端研究の使命が課されている。竹之下氏に新しいフェーズにどう対応するのか聞いた。  ――意向投票後、委員たちによる選考会議で理事長兼学長に選ばれました。率直な感想をお聞かせください。 「福島県立医大は大震災・原発事故から12年を経て、復興を担う研究・医療機関としての新しいフェーズに入りました。福島国際研究教育機構が始動し、本学はその核となります。政府、他大学、他国の機関との連携も今以上に盛んになります。県民の皆様の健康に奉仕する従来の役割はもちろん、日本政府や海外からも研究で新たな役割を期待され、大きな視野でかじ取りをしていかなければならないと責任の重さを感じています。 1期目は前例のない事態にしなやかに対応する意味でレジリエンス、2期目は個人や組織が協力し、最大限の力を発揮することを狙いアライアンス(連携)を掲げました。3期目は新しいフェーズに対応できるよう、さらに機敏さや俊敏さを備えたアジリティの精神で取り組みます」 ――5月8日から新型コロナの感染症法上の位置付けが5類に引き下げられます。 「入院の調整もこれまで保健所が関わってきたものから医療機関同士の自主的なものに移行していきます。今まで以上に医療機関同士の連携が強く求められます。県と調整して受け入れ体制の維持に協力していきます。国、県の方針とこれまでに築いてきた『福島モデル』を組み合わせて連携していきます」 ――県内は医師・医療スタッフが不足しています。地域医療支援センターが行っている医師派遣について教えてください。 「県内医療機関からセンターへの医師派遣依頼に対し、2022年度は常勤医師・非常勤医師の派遣が延べ1856件ありました。そのうち、会津地方の派遣件数は会津・南会津合わせて延べ294件、浜通りは相双が延べ177件、いわきが延べ102件です。特に非常勤医師については、県が掲げる中期目標値である対応件数1000件以上(対応率80%以上)に対し、実際の対応件数は1379件(対応率87%)と5年連続で達成しています。 医師派遣で重要なのが、経験豊富な指導医、専門医を招いて派遣先で若手医師の育成に当たらせることです。若手は専門医の資格を取りキャリアアップを目指します。資格取得には、定められた研修プログラムを修了して試験に合格しなければなりません。若手一人だけが派遣されると、その期間は専門医になるための教育が受けられなくなるという問題があります。逆に、派遣先に指導する医師がいれば、専門医へのキャリアが継続できるし、むしろ進んで赴任する動機になります。 2021年度以降、計9人の指導医らを招いています。うち5人は浜通りの医療機関で地域医療に貢献していただいています。医師派遣と専門医育成を両立させる仕組みは軌道に乗ってきました」  ――福島国際研究教育機構(F―REI)が発足しました。 「『放射線科学・創薬医療』と『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の2分野について、F―REIと連携を密にして取り組んでいます。4月5日には研究開発、人材育成、人材交流、施設・設備の相互利用などの協働活動を推進するために合意書を締結しました。国は『福島国際研究教育機構基本構想』で、『本学等との連携を進め、我が国における放射線の先端的医学利用や創薬技術開発等を目指していく』と明示しています。早速、今年1月には先行研究として『放射性治療薬開発に関する国際シンポジウムin福島』を南相馬市に国内外の研究者を集めて開きました。 放射線科学・創薬医療分野では本学は既に実績があります。アルファ線を放出するアスタチン211という人工の放射性元素を用いて、悪性褐色細胞腫という珍しい病気の治療薬の研究開発に取り組んでいます。臨床研究で人体に投与したのは世界で初めてです。これを他のがん治療へも応用しようと考えています。 放射性元素アスタチン211は半減期が7・2時間と短く、遠方へ運ぶ間に減衰してしまいます。新規薬剤の合成等には時間がかかり、放射線管理という点でも、学内で扱う必要があります。本学は治療目的の研究で世界をリードしていますから、自ずと、最先端の学術研究・臨床のフィールドは福島県内に定まります。世界中から優秀な研究者が集まり、研究はより進みます。こうして得られた最先端の知見をいち早く県民の皆様の医療に還元できます。最先端とは、必ずしも日本国外や都市部にあるわけではありません。福島で行っているのはまさに最先端と呼べる国際的な研究です。 『原子力災害に関するデータや知見の集積・発信』の分野に関しては、既に2020年度から福島イノベーション・コースト構想推進機構における『大学等の『復興知』を活用した人材育成基盤構築事業』に長崎大、福島大、東日本国際大とともに参加しています。災害・被ばく医療科学分野の人材育成や国際会議の開催を進めてきました。今後も医療分野でさらに貢献していきます」 ――地域包括ケアシステム導入が進められる中で総合診療医の役割がが期待されています。 「地域包括ケアシステムとは、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで続けられるような支援・サービス提供体制を指します。多疾患の患者を診療し、介護福祉、地域社会とつなげていく役割を担うのが総合診療医です。 本学は総合診療医がまだ注目されていない2006年から育成を進めてきました。この実績が認められ、本学は厚生労働省から『総合的な診療能力を持つ医師養成の推進事業』に採択されました。総合内科・総合診療医センターを設置し、育成に取り組んでいます。本学で育った総合診療医が各地で活躍できるような体制を整備しつつ、岩手医科大との連携を進め、東北地方全体での総合診療医育成にも貢献していきます」 ――抱負を教えてください。 「大震災から12年が経ち、本学は新しいフェーズを迎えました。福島の地に根差す医療系総合大学として、今までと同じように医療を担うとともに、世界の知見や研究成果をあまねく地域と県民に還元し、健康を支える大学であり続けます。研究と医療、医療人の育成などいずれの分野でも最先端を切り拓く強い意志と覚悟を持って、福島県立医大の価値と存在感を高めていきます」 公立大学法人 福島県立医科大学ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【天栄村】添田勝幸村長インタビュー

    そえた・かつゆき 1961年生まれ。岩瀬農業高校卒。1991年に㈲添田設備工業設立。2011年の村長選で初当選し、現在3期目。  ――昨年11月に国道118号鳳坂工区(鳳坂トンネル)が開通しました。 「本村の悲願であった『鳳坂トンネル』の開通は、買い物、通院、通学などの面で便利になり、住民から非常に喜ばれています。特に冬季間の路面凍結時の運転は非常に危険であったため、その負担軽減にもつながっています。また、郡山方面から羽鳥湖高原、岩瀬湯本・二岐温泉へのアクセスがよくなり、誘客の増加が見込めます。もう1つは、物流面がよくなりましたから、人、モノの交流がしやすくなります。この道路ができたことで、コロナ禍前のような賑わいを創出できればと考えています」 ――昨年の「米・食味分析鑑定コンクール」で天栄米が金賞を受賞したほか、「全国新酒鑑評会」では村内の2蔵元が金賞を受賞しました。 「村内生産者の方々は非常に良質なお米をつくっており、首都圏などにトップセールスに行った際も大変好評でした。近年は、コロナ禍で試食をしていただく機会がなかなかありませんでしたが、やはり実際に食べていただかないと天栄米のおいしさが分かりませんので、今後は自慢のお米を実際に味わっていただけるような取り組みを行い、販売促進に努めていきたいと思っています。また、今回、JR東日本の協力を得て、特別列車『TRAIN SUITE 四季島』で、天栄米を使っていただけることになりました。これも大きなPRとなり、販売促進につなげていければと考えています。 日本酒については、村内の2蔵元が全国新酒鑑評会で金賞を受賞し、新酒ができるとすぐに売り切れてしまうくらいの人気です。首都圏などでも認知されてきて、『おいしいですよね』と言っていただくことも増えてきたので、さらにPRしていきたいと思っています」 ――間もなく、3期目の任期を終えますが、今後の抱負を。 「これまで3年間、コロナ禍や原油・物価高騰で地域経済はかなり疲弊し、生活も厳しい状況が続いています。私は、何とかこれを再生させ、村民の方々の生活が少しでも豊かになっていくような村づくりをしていかなければならないと思っています。また、少子化・人口減少は大きな課題ではありますが、村としてできる限りの支援をしながら、移住・定住の促進、及び人口流出を防げるような対策を講じて、村民の方々が安全・安心に暮らせる村づくりをしていきたいと考えています。今後も、『天栄村に行ってみたい』『天栄村に暮らし続けたい』と思っていただけるように努めてまいります」 天栄村ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】

  • 【大玉村】押山利一村長インタビュー

    おしやま・としかづ 1949年生まれ。安達高、福島大行政社会学部卒。大玉村企画財政課長、総務課長、教育長などを歴任。2013年の村長選で初当選。現在3期目。  ――15歳未満の人口比率が県内1位です。 「3月31日現在の年少人口は1303人と全村民の14・8%を占めます。令和4年度の本村の転入者は304人、転出者は284人で、子どもがいる家庭が多く転入していることが要因と思われます。コロナ禍等で全国的に出生率が低下する中、年少人口が高い水準にあるのは嬉しい限りです」 ――子育て支援等を目的とした複合施設の建設を計画しています。 「老朽化した大山公民館の建て替えも兼ねて、子育て支援機能を持つ施設を計画しています。建物には村内の木材を使用し、完成は令和7年度の予定です。子育て支援機能として親子で遊べるスペース、公民館機能として調理室や会議室、子どもからお年寄りまで利用できる機能として図書室やカフェスペースを備えます。また、入口のオープンスペースにはマチュピチュ遺跡をイメージした階段を設け、シンボルにしたいと考えています」 ――昨年設立された農業振興公社について。 「理事長に副村長が就き、昨年12月にはJAふくしま未来が参画するなど今年から本格的に稼働します。農林業と畜産に関する事業を基本に村の堆肥センターの業務も指定管理としました。 地元農家の期待も大きく、耕作放棄地の問題やドローン等の技術活用にも注力する予定ですが、農業を取り巻く課題は多岐に渡るのでしっかりと取り組んでほしいと思います」 ――テレビの人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のロケ地になっています。 「村でも全面協力していますが、村の名前を大きく出していただき嬉しく思っています。反響も非常に大きく、番組を見て若者が農業に興味を持ったり、移住者やふるさと納税の増加につながればありがたいですね」 ――(仮称)大玉スマートICの整備に向けた取り組みについて。 「2年前から検討のための勉強会を開いており、今年度前半には国に対して設置要望する予定です。併せて、現在休止中の高速バスストップの復活も目指します。これらの事業が順調に進めば、高速交通へのアクセス性向上に大きくつながるものと期待しています」 ――今後の抱負。 「村内は農地の大半が農業振興地域のため企業誘致が難しく、約50年前から様々な人口増加策を講じてきました。人口は国全体で見れば減っており、本村だけがいつまでも増えることはないでしょう。そうした状況の中で、『大玉村に住みたい』、村民には『大玉村に住んで良かった』と感じていただけるような村づくりを今後も進めていきたいと思います」 大玉村ホームページ 掲載号:政経東北【2023年5月号】