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2022年12月号

  • 追悼・渡部恒三元衆議院副議長11月6日にお別れの会開催

     元衆議院副議長で通商産業大臣、厚生大臣、自治大臣などを務め、2020年8月23日に死去した渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏の「お別れの会」が2022年11月6日、会津若松市の会津若松ワシントンホテルで開かれた。コロナ禍のため延期になっていたもので、関係者をはじめ、政界・経済界から約350人が参列した。 同日には会津若松市城東町の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。館内には大臣就任時に受け取った任命書や叙勲などゆかりの品が展示されている。入場無料。開館は水、土、日曜日の10時から16時。 当日の様子と併せて、約30年前の誌面に載せた恒三氏の写真を再掲する。 在りし日の恒三氏(1992年10月撮影) 会津若松市で行われた「お別れの会」の様子 議員宿舎で晩酌する恒三氏(1992年10月撮影) 記念館前に建てられたブロンズ像 恒三氏を支えていた秘書たち。中央は佐藤雄平元知事。 会津若松市の自宅で家族と食事をとる(1992年10月撮影) 記念館に展示されている恒三氏ゆかりの品 恒三氏の長男・恒雄氏 「お別れの会」であいさつする佐藤雄平元知事

  • 【Jパワー】更新工事進む鬼首地熱発電所

     Jパワー(電源開発)が運営する鬼首地熱発電所(宮城県大崎市、1万5000㌔㍗)は40年以上にわたり電力を安定供給してきた。現在は更新工事の最終段階にあり、2023年4月の運転再開に向け、各種機器などの整備が進められている。 更新工事中の鬼首地熱発電所(手前が還元井、奥が冷却塔)  地熱発電は地下に溜まった蒸気や熱水を「生産井」でくみ上げ、気水分離器を経て蒸気でタービンを回す発電方法。使い終わった蒸気は冷却塔で冷やし、熱水とともに「還元井」で地下に戻す。 くみ上げた蒸気と熱水を分ける「気水分離器」  循環利用できれば長期間にわたり安定的な発電が可能となる。天候の影響を受けず、CO2排出量も少ない。設備利用率(フル稼働時の発電量に占める実際の発電量の割合)は風力約20%、太陽光約12%に対し、地熱発電は約80%だ。  同発電所は鳴子温泉郷から北西約20㌔の「鬼首カルデラ」内に位置し、「栗駒山国定公園」として第一種特別地域の指定を受けている。同社では戦後早くから地熱発電所の建設に着手した。1975(昭和50)年に出力9000㌔㍗で営業運転開始。以降、順次出力を増やし、2010年には1万5000㌔㍗に増強した。  その後、環境負荷の低減や安全性考慮の観点から新たな設備の導入が必要と判断し、17年に一時運転停止。19年から設備更新工事に入った。  生産井9坑、還元井8坑を埋め戻し、新たに掘削した生産井5坑、還元井5坑に集約。これでも出力は更新前とほぼ同水準を維持(1万4900万㌔㍗)。タービン棟を新設し発電機の効率が向上したことで、使用する熱水量・蒸気量が従前より減少するため、有毒な硫化水素の排出量が減少した。過去に生産井付近で発生した噴気災害を念頭に入れ、高温地帯に設備を設けないようにした。  すでに電気、建築設備は立ち上がり、生産井の噴気試験も終了。11月に試運転を開始した。更新工事には同社のほか、グループ会社や協力会社が連携して取り組んでおり、生産井などの掘削工事は主にJパワーハイテックが担った。  同発電所は地域振興の役割も担う。21年度には地元・大崎市の小学校や高校で授業を行い、鳴子温泉の特質や地元資源の独自性、地熱発電の仕組みなどを説明した。地元のお祭りや清掃活動にも積極的に参加しているほか、再生可能エネルギーを扱う東北大学の出前授業にも近々出講する予定となっている。  Jパワーでは50年までに国内発電事業のCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。同発電所の北約2㌔の地点にある高日向山地域(宮城県大崎市)では新たな地熱発電所の開発を目的とした資源量調査も進んでいる。  今後も同社ではエネルギーを不断に供給し続ける使命を念頭に、地域と信頼関係を築きながら事業を継続していく考えだ。

  • 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

     ラジオ福島の名物アナウンサー・鏡田辰也さん(58)が9月末で退社し、フリーアナウンサーとして独立した。大きな節目を迎えたタイミングで、アナウンサー人生と独立の理由について語ってもらった。  かがみだ・たつや 1964年2月生まれ。広島県出身。東洋大卒。1988年にラジオ福島入社。2002年にギャラクシー賞DJパーソナリティー賞受賞。TUF「ふくしまSHOW」にも出演。9月末、ラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなった。  「テレビ出演時、顔にメイクをしたら、お肌に異変を感じたんです。深刻な病気かと思い、すぐ皮膚科に相談したら、『老人性イボですね』と言われて終わりでした。ワハハ」  ラジオからにぎやかな笑い声が流れる。平日13時から16時、ラジオ福島で放送されている生ワイド番組「Radio de Show(ラジオでしょう)」の一幕だ。  マイクの前に座るのは水・木曜日担当の鏡田辰也さん。〝カガちゃん〟の愛称で知られ、同社で30年以上喋り続ける人気アナウンサーだ。  冒頭のようなエピソードを話しつつ、番組に訪れるゲストの話も引き出し、リスナーから寄せられたメールを逐一紹介して話を広げていく。  同社のスタジオはすべて一人で操作する「ワンマンコントロール」。生ワイドはやることが多いので、制作ディレクターが1人付いているが、CMまでの時間管理や放送機材操作は基本的に鏡田さんが担う。ほぼ1人で番組を進行しているわけ。  驚かされるのはトーク内容に関する台本すら全く用意していないということだ。 3時間の生ワイド放送中はトークしながら試食も担当し、放送機材(写真下)も操作するなど大忙し  「時間になったらマイクの前に座って話すだけ。典型的な『アドリブ派』です。昔から読書と映画が好きで、自宅には数百冊の蔵書と大量のブルーレイ・DVDがあります。それらの〝引き出し〟があるからよどみなく話せるのかもしれません」  その能力を生かし、ラジオDJのほか、講演会、イベント、結婚式のMC(司会)なども数多く務めてきた。2020年には、テレビユー福島で毎週水曜夜7時から放送されている地域情報バラエティー番組「ふくしまSHOW」のMCに起用された。他局ではニュースや人気バラエティー番組が放送されている時間帯だが、視聴率は好調で、「『いつもテレビ見ています』と声をかけてくれる方が多くなりました」と笑う。  1964(昭和39)年2月5日、広島県広島市生まれ。実家はJR広島駅前で宿泊業を営む。小さいころから一人で喋り続け、周りの大人からは「客商売向きだ」、「よしもと新喜劇に行け」と言われていた。  東京に行きたくて東洋大に進学。3年生のとき、大学生協の購買部で「東京アナウンスアカデミー」というアナウンス専門学校のチラシが目に入った。「家業を継ぐ前に、きれいな日本語を身に付けるのもいいかも」。気軽な気持ちで入校し、アナウンス技術を学ぶうち、「広島に帰る前に、何年かアナウンサーをやってみたい」と思うようになった。 4年目に迎えた転機  就職活動本番。全国のテレビ・ラジオ局を30社ぐらい受けたが全滅した。既卒となると採用のハードルがさらに上がるため、〝自主留年〟して、翌年も就職活動に再挑戦したが、すべて落ちた。  あきらめて他業種に就職するつもりだったが、2月になって、専門学校から「ラジオ福島で欠員募集が出た」と連絡が入った。ラジオ福島はは2年連続で入社試験に落ちていた。あきらめ半分で試験に臨んだところ、まさかの「内定」が出た。  〝滑り込み〟で始まったアナウンサー人生だったが、入社直後も苦難が続いた。  「先輩方から『暗い』、『笑い方が変』と毎日注意を受け、自社制作CMには『鏡田以外で』と指定が入ったほど。笑うこと、話すことがうまくできなくなり、いつも下を向いて歩いていました。任される仕事は時刻告知や列車情報を読み上げるぐらいで、中継や番組には使ってもらえませんでした」  転機となったのは入社4年目。JR福島駅前からの中継を任されたとき、スタジオにいる先輩アナウンサーから「そこで美空ひばりの曲を歌って」と〝無茶振り〟された。思い切って「真赤な太陽」を歌ったら、思いがけず観衆から拍手をもらった。  「たとえ自信が無くても一生懸命やる姿を見せることが大事なのか」。鏡田さんの中で何かが吹っ切れた。  「笑う門には福来る」をモットーに、気取らずに笑って話すことを心掛けた。しばらくすると、夜11時から放送されていた「rfcロックトーナメント」という若者向けの音楽番組を任されるようになった。  自分の好きなアーティストの応援ハガキを送り、その数でランキングが決まるシステムが売りだった。当初こそ前任の女性アナと比較されたが、気取らない鏡田さんのキャラはすぐリスナーに受け入れられた。何より音楽を好んで聞いていた鏡田さんに打ってつけの内容だった。番組には毎月5000通ものハガキが寄せられた。  音楽関係者も注目するようになり、ビッグアーティストが東北でPRキャンペーンを展開するとき、番組を訪れるようになった。  入社7年目の1995年4月には、鏡田さんをメーンMCとするお昼の生ワイド番組「かっとびワイド」がスタートした。  曜日ごとに選ばれた相手役のパーソナリティーはいずれも曲者ぞろい。思ったことは何でも口にする昭和2年生まれの「ハッピーチエちゃん」こと二宮チエさん。豪快なトークが持ち味の演歌歌手・紅晴美さん。鏡田さんの私生活も容赦なくネタにするお笑いコンビ・母心(ははごころ)。  そんなメンバーからの厳しい〝ツッコミ〟に対し、鏡田さんが変幻自在のトークで「笑い」にして返す。にぎやかで予測不能な掛け合いが評判を集め、同社の看板番組となった。その後タイトルを変えながら、25年以上にわたり放送され続けている。  「『鏡田さんの笑い声を聞くと元気が出る』というお便りをたくさんいただきました。私にとっては宝物で、いまも大切に保管してあります」  同番組でのトークが評価され、2002(平成14)年には、放送批評懇談会が主催するギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を、地方局のAMラジオアナウンサーとして初めて受賞した。  2005(平成17)年には、TBSをはじめとするJNN・JRN系列各局の優秀なアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞」のラジオフリートーク部門で最優秀賞を受賞。就職活動も新人時代も〝落ちこぼれ〟だった鏡田さんが、全国に認められるアナウンサーとなった。 退社を決断した理由  一方で挫折もあった。東日本大震災・東京電力福島第一原発事故発生直後には、深刻な状況に直面して何も喋れなくなった。3・11から5日後、上司である大和田新アナウンサー(当時)に退職を申し出た。大和田さんにはこう励まされた。  「今はつらいかもしれないけれど、福島県が鏡田の声を必要とするときがきっと来る。それがいつなのか約束できないけど、いまは歯を食いしばって頑張ってくれ」  同社では発災時から350時間にわたりCMをカットして連続生放送を行った。鏡田さんもスタジオに入り、情報を伝え続けた。必死過ぎてそのときの記憶はほとんど残っていないという。  ただ同年5月、郡山市内のホテルで震災・原発事故後初めて開かれたイベントはよく覚えている。紅晴美さんや母心とのイベントに多くのリスナーが集まった。その姿を見て、イベント開始直後から涙が止まらなくなった。これからも自分にしかできない明るい放送をリスナーに届け続けよう――そう決意した。  そんな鏡田さんがこの秋、大きな決断をした。定年退職前にラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなったのだ。  「4月に編成局長を任されたが、局長職業務を完璧にこなしながら、放送やイベントの仕事をいままで通り続けるのは、自分には難しいと感じました。しばらく考えた結果、アナウンサーとしての仕事を自分のペースで続けたい、という思いが勝った。そのため、会社と話し合って退職を決めました。おかげさまで独立後もラジオ・テレビのレギュラー番組は継続させていただいています」  卓越したMCスキルとアナウンス技術、30年以上の経験、幅広い人脈……これらを備えたアナウンサーは全国でもまれで、一層の活躍が期待されるが、鏡田さんはこう語る。  「ラジオは喋り手が身近な存在に感じられるし、スマホでも聞ける。さらには『ながら聞き』できるなど大きな可能性を秘めている。これからもラジオに関わり続けたいし、テレビでは地域密着型番組も担当しているので、明るい放送で福島県を盛り上げていきたい」  今日もスピーカーから明るい笑い声が流れてきた。太陽のような〝カガちゃん〟の存在が福島県を明るく照らし続ける。

  • 【福島県ユーチューバー】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん

    【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔  テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。 / https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。

  • 石川町長選で落選西牧氏の悪あがき

     2022年8月28日投開票の石川町長選で落選した元職の西牧立博氏(76)が同10月19日、町選管に異議申し出を提出した。無効票に有効票が紛れている可能性や、開票立会人が票の点検を怠ったとして、投票用紙の再点検を求めたもの。町長選では8647人が投票し、有効票8310票、無効票337票。現職の塩田金次郎氏(74)が西牧氏に716票差で再選を果たした。  町選管が再点検を実施したところ、塩田氏の票が3票減って4510票となったが、西牧氏の3797票は変わらず、2022年10月27日に異議申し出が棄却された。正直〝悪あがき〟感は否めず、町民から呆れる声も聞かれる。ただ当の本人は、二度の事件で逮捕されながら、再び町長選に立候補する性格なので、全く気にしていないのかもしれない。  一方でそんな西牧氏に700票差まで迫られたということは、途中で断念した病院誘致をはじめ、塩田氏に不満がある人が少なくないということ。そのことを意識して町政運営を進める必要があろう。

  • 福島市いじめ問題で市側が被害者に謝罪

    福島市内の男子中学生が市立小学校に通っていたときにいじめを受け、不登校になった問題について、本誌2022年4月号「【福島市いじめ問題】6つの深刻な失態」という記事で、詳細にリポートした。  記事掲載後、男子中学生と保護者は市や市教育委員会の対応を巡り、担任の教員や教育委員会などに謝罪を要求。県弁護士会示談あっせんセンターに示談のあっせんを申し立て、2022年10月末、市長と教育長が謝罪することで和解に至った。  福島市は2022年11月22日の記者会見で、木幡浩市長と佐藤秀美教育長が非公式の場で直接謝罪しことを明らかにした。和解の条件として、市が児童らに180万円の解決金を支払い、いじめ問題の関係者を今後処分する。  同日、被害者側も記者会見を開き、男子中学生は「心の傷は治らない」と語った。保護者は「こちらが求める謝罪ではなかった」としつつ、「今後は組織一体となっていじめ問題に対応してほしい」と訴えた。

  • 来春に迫った北塩原村議選2つの注目ポイント

     北塩原村議会議員の任期は2023年4月29日までで、同月中に選挙が行われる予定となっている。  いまの議員は「村として初めての無投票」(ある関係者)によって選ばれ、村民からは事あるごとに「無投票は良くない」といった声が聞かれていた。  そのため、1つポイントになるのは「2回連続の無投票は阻止しなければならない」といった動きだ。  「現職議員の中には、無投票なら出る、選挙になるなら出ない、といった考えの人もいるようです。正直、そういった発想は村民(有権者)を愚弄しているとしか思えない。そんな人がタダで議員になるのを防ぐ意味でも、何とか無投票は避けてほしい」(ある村民)  もう1つは、遠藤和夫村長に近い議員は伊藤敏英議員くらいで、遠藤村長が自派議員擁立に動くか、ということ。  本誌8月号に「北塩原村長辞職勧告決議の背景」という記事を掲載した。同村6月議会で、遠藤村長の辞職勧告決議案が提出され、賛成5、反対2、退席2の賛成多数で可決された。背景にあるのは、介護保険の高額介護サービス費の支給先に誤りがあったこと、支給事務手続きが遅延したことで、その責任を問われた際、遠藤村長からは「自分の責任ではない」旨の発言があった。そのため、議員から「村長の説明は自分に責任がないようなものになっている。この先、事務執行するに当たって誰が責任を取るのか、明確にしておかなければならい」として、村長の責任を追及する動議が出された。その後、辞職勧告決議案が提出されたという流れだ。  その際、遠藤村長は「重く受け止める」とのコメントを残したが、辞職は否定した。同決議に法的拘束力はない。 遠藤和夫村長  そのほか、同議会ではそれに付随するような形で、一般会計補正予算案も賛成3、反対6の賛成少数で否決された。  こうした例があったため、遠藤村長は自派議員擁立に動くのではないか、とみられている。  もっとも、前述したように、明確に遠藤村長派と言える議員は伊藤議員1人だけだが、この間、前段で紹介した辞職勧告決議、一般会計補正予算案の否決のほかに、議案を否決されたのは1、2回あった程度で、表向きは議会対策にものすごく苦心している、というわけではない。  ちなみに、遠藤村長は2020年8月の村長選で初当選し、現在1期目。遠藤村長の妹が菅家一郎衆院議員の妻で、2人は義理の兄弟に当たる。1期目の折り返しを過ぎ、より自分の「カラー」を打ち出すためにも、遠藤村長は自派議員を増やしたいと考えているようだ。  同村は、北山、大塩、檜原の旧3村(3地区)に分かれているが、「遠藤村長は各地区で候補者を立てたい意向のようです」(ある関係者)という。  もっとも、別の村民によると「早い段階で表立って動くと、潰されてしまうから、いまはまだ水面下での動きにとどまっているようです」とのこと。  遠藤村長派の議員の台頭はあるのか、2回連続の無投票を阻止できるのか、この2つが同村議選の注目ポイントになろう。

  • 渡辺義信県議会議長に「白河市長」待望論!?

     白河市長4期目の鈴木和夫氏(73)が2023年7月28日に任期満了を迎える。市長選まで1年を切ったが、現職の動向を含め、まだ目立った動きは見えない。  鈴木氏は早稲田大卒。県商工労働部政策監、相双地方振興局長、県企業局長などを経て、2007年の市長選で初当選を果たした。  県職員時代の経験を生かし、財政再建や企業誘致、歴史まちづくり、中心市街地活性化を進めてきた行政手腕は高く評価されている。初当選時こそ次点の桜井和朋氏と約4000票差の約1万6000票だったが、2回目以降は2万票以上を獲得し、次点に1万票以上の差をつけ、当選を重ねてきた。  とはいえ、さすがに5選ともなると、「多選」のイメージが強くなり、弊害を懸念する声も出てくる。それを見越して、市内では〝後釜〟探しが水面下で進んでいるようだ。  市内の経済人によると、「『県議会議長の渡辺義信氏(59、4期、白河市・西白河郡、自民党)をぜひ次期市長に』という声が同県議の地元である旧東村で上がっている」という。 鈴木和夫氏(上)と渡辺義信氏  渡辺氏は日大東北高卒。自民党県連幹事長などを歴任し、2021年10月、県議会議長に就任した。白河青年会議所理事長、ひがし商工会副会長などを務めた経験から、応援する経済人も多いようだ。  2023年秋には県議の改選が控える。前回2019年の県議選での渡辺氏の得票数は1万0362票。現職・鈴木氏との一騎打ちとなれば勝ち目はなさそうだが、誰も成り手がいないのなら渡辺氏が適任ではないか――こうした〝待望論〟が支持者などから出てきているわけ。  もっとも、身内であるはずの自民党関係者は冷ややかな反応を示す。  「渡辺氏は国政選挙などがあっても真面目に応援してくれない。閣僚が応援演説に来た際も数人しか集められず、慌てて他地区から動員したことがあった。仮に市長選に出ても、(自民党支持者が)一丸となって応援する構図は考えづらい」  こうした声が出る背景には、白河市・西白河郡選挙から満山喜一氏(71、5期、自民党)も選出されており、市内の自民党支持者が二分されている事情もあるのだろう。  渡辺氏本人は周囲に「立候補はしない」と明言しているようだが、渡辺氏の動きを警戒する鈴木氏の後援会関係者からは「鈴木氏にもう1期頑張ってほしい」という声が上がっているようだ。鈴木氏本人も「多選批判」を意識しているだろうが、周囲から立候補を強く要請されれば状況が変わる可能性もある。  市内の選挙通は鈴木氏の立候補について、「市周辺の幹線道路を結ぶ『国道294号白河バイパス』が全線開通間近で、市役所隣接地には複合施設を整備する計画も進んでいる。筋道を立て、その完成を見届けてから引退したい思いが強いのではないか」と見立てを語る。  複合施設は鈴木氏が市長選の公約として掲げていた「旧市民会館跡地の活用」の一環として行われるもので、健康・子育て・防災・生きがいづくり・中央公民館などの機能を備える(本誌2021年6月号参照)。  現在基本設計に着手しているところで、2023年3月に策定し、2026(令和8)年度以降に工事完了予定だ。概算事業費は約35~45億円の見込み。前回市長選の公約に掲げるほど、事業にかける思いは強い。  一方で、同施設に関しては、資材高騰の影響から設計案の見直し(コンパクト化)が進められており、一部で先行きを心配する声も出ている。  そうした問題への対応も含め、鈴木氏の今後の動向が注目される。おそらく年明けに動きが本格化するのではないか。

  • 選挙を経て市政監視機能が復活した南相馬市議会

     任期満了に伴う南相馬市議選(定数22)は2022年11月20日に投開票され、現職19人、元職2人、新人1人が当選した(開票結果は別掲の通り)。  注目は本誌先月号で既報の通り、元市長の桜井勝延氏が立候補したことだった。市議を経て2010年から市長を2期務めたが、14、18年の市長選で現市長の門馬和夫氏に敗れた桜井氏。再び市議を目指すことに市民からは「どれくらい得票するのか」と注目が集まったが、結果は6061票と2位に4123票差をつける圧勝を飾った。  もっとも、当の桜井氏が意識したのは投票率だった。桜井氏は立候補の挨拶回りをする中で、市民が市議会に関心がないことを知り「市議会は市政のチェック機関だが、市議会に関心を持たないと市政に無関心な市民が増えてしまう」と危機感を露わにしていた。自分が立候補することで市民の関心を少しでも市議選に向けさせたいと選挙戦に臨んだが、結果は56・37%で前回(2018年)の55・91%から0・46㌽の上昇にとどまった。  これをどう受け止めるかだが、桜井氏は「思ったより伸びなかった」と評している。2014年の市議選の投票率は59・10%なので、低下に歯止めをかけたのは事実だが、桜井氏の立候補が市民の関心を向けさせるきっかけになったかというと、ゼロではないが起爆剤とはならなかったようだ。  とはいえ、有権者の投票行動には明らかな変化が見られた。  一つ目は、現職の当選者(19人)が全員、前回より得票数を減らしたことだ。少ない人で100票前後、多い人で1100票も減らした。  その分の全てが桜井氏に投じられたかというとそうではない。二つ目の変化は、桜井氏以外にもう1人、元職が当選したことだ。郡俊彦氏は旧鹿島町議も長く務めたベテランだが、2010年の市議選で落選し政界引退。ただ引退後も「わだい」という広報紙を発行し、門馬市政を厳しく批判していた。  実は、郡氏は現職時代、共産党議員として活動していたが、今回の市議選では公認申請せず無所属で立候補した。  「同市の共産党議員は今回6選を果たした渡部寛一氏と落選した栗村文夫氏だが、2人は門馬市政を支える与党のため、郡氏は『共産党として市政をチェックする役目を果たしていない』と不満だったのです。そこで、郡氏はあえて無所属で12年ぶりの市議選に挑み、1163票で返り咲いた。一方、渡部氏と栗村氏は前回より揃って600票以上減らした。2人の減らした分がそっくり郡氏に回ったことで、市内の共産党員が与党として活動する2人を評価していないことが明白になった」(選挙通)  そして三つ目の変化が、初当選した表信司氏の存在だ。表氏は市職員を退職して市議選に挑んだが、実際に門馬市長に仕えて「この市政はおかしい」と問題意識を持ったことが立候補の動機になった。  投票率の上昇はわずかだが、現職全員が得票数を減らす中、桜井氏、郡氏、表氏が当選したのは「今の市議会は門馬市政をチェックできていない」と市民が判断した証拠だ。改選後の市議会がどう変わっていくのか注目される。

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。

  • 郡山の補選で露呈した県議への無関心

     郡山市の政界関係者の間で同市選挙区県議補選(欠員1)の投票結果に注目が集まっている。同補選には前市議の新人佐藤徹哉氏(自民党)と会社経営の新人髙橋翔氏(諸派)が立候補し、内堀雅雄知事が3選を果たした知事選と同じ10月30日に投開票された。  当6万5987 佐藤 徹哉54  1万9532 髙橋  翔34         投票率34・72% 当選した佐藤徹哉氏(上)と髙橋翔氏  表面的な数字だけ見れば、自民党公認で公明党の支援を受けた佐藤氏の大勝は不思議ではない。注目されるのは高橋氏の得票数だ。  「正直、1万9500票も取るとは思わなかった。旧統一教会の問題など岸田内閣に対する反発が自民党公認の佐藤氏には逆風になった」(ある自民党員)  髙橋氏がここまで得票できた要因を、ある保守系の郡山市議は 「髙橋氏はもともと知事選に出ると言っていたのに、告示日(10月13日)になって急きょ県議補選に方針転換した。メディアはその間、知事選の立候補予定者として髙橋氏の顔と名前をずっと報じたからね」  と〝恨み節〟を語っていたが、立候補表明した以上、メディアはその事実を報じざるを得ない。ちなみに本誌も、8月号に「知事選立候補を前提」とした髙橋氏のインタビュー記事を掲載している。  選挙後、髙橋氏に県議補選に変更した理由を尋ねると、次のように説明した。  「知事選は当初、複数の候補者が手を挙げていたが、告示日時点で三つ巴(内堀氏、草野芳明氏、髙橋氏)になった。しかし対現職で考えた時、新人2人が挑むのは現職批判票の分散を招き、私が一つの指針にしている『対立候補の得票率10%』を超えるのは難しい。そこで、私が県議補選に回ることでどちらも一騎打ちの構図とすれば、無投票阻止と得票率10%を同時に目指せると考えた。そもそも市議をそそくさと辞めた人を県議に無投票で当選させることは、一郡山市民として納得できなかった。もちろん、共産党が知事選に候補者を立てていなければ私は確実に出馬しており、県議補選には子育て世代の若手を擁立する予定だった」  そんな県議補選をめぐっては、投票率や無効票にも注目が集まった。  例えば、知事選の郡山市だけの投票率は37・44%、投票総数は9万8614票だったが、県議補選は34・72%、8万5519票で、県議補選の方が投票率は2・72㌽低く、投票総数も1万3095票少なかった。  これは告示日の違いが影響している。すなわち知事選は10月13日、県議補選は同20日だったが、近年は期日前投票が増えているため、先行した知事選は投票したものの県議補選は投票しなかった人が1万3000人超もいたということだ。県議補選への関心の低さがうかがえる。  無効票の数も特筆される。知事選5816票に対し県議補選6910票と、投票総数が知事選より8分の1も少ない県議補選の方が1100票余も多かった。県議補選の投票用紙に「内堀雅雄」と書かかれたケースが散見されたという話もあるが、郡山市選管によると「無効票にそれだけの差がついた理由はよく分からない」という。  地元ジャーナリストはこんな危機感を示す。  「有権者にとって県議はいかに遠い存在であるかが明白になった。当選した佐藤氏は、髙橋氏の急な方針転換で選挙戦となり少しは知名度アップを果たせたかもしれないが、知事選と同日選になったことで、県議への無関心さが露呈した形です」  投票率低下は全国的な傾向だが、2023年秋に控える県議選の本選で有権者の関心をどこまで集められるか。

  • 福島市西部で進むメガソーラー計画の余波

     「自宅の周辺を作業員が出入りして地質調査をしていると思ったら、目の前の農地に開閉所(家庭でのブレーカーの役割を担う施設)ができると分かった。一切話を聞いていなかったので驚きました」(福島西工業団地の近くに住む男性)  同市西部の福島西工業団地(同市桜本)の近くの土地を、太陽光発電事業者がこぞって取得している。東北電力の鉄塔に近く、変電所・開閉所などを設置するのに好都合な場所だからだ。  2022年2月、鉄塔がある地区の町内会長の家をAC7合同会社(東京都)という会社の担当者が訪ねた。外資系のAmp㈱(同)という会社が特別目的会社として設立した法人で、福島市西部の先達山(635・9㍍)で大規模太陽光発電施設を計画している。そのための変電所を、市から取得した土地に整備すべく、町内会長の了解を得ようと訪れたのだ。  町内会長は冒頭の男性と情報を共有するとともに、同社担当者に対し「寝耳に水の話で、とても了承できない」と答えた。  同計画の候補地は高湯温泉に向かう県道の北側で、すぐ西側に別荘地の高湯平がある。地元住民らは「ハザードマップの『土砂災害特別警戒地域』に隣接しており、大規模な森林伐採は危険を伴う。自然環境への影響も大きい」として、県や市に要望書を提出するなど、反対運動を展開している。  そうした事情もあってか、変電所計画にはその後動きがないようだが、2022年3月には、別の太陽光発電事業者が近くの民有地を取得し、開閉所の設置を予定していることが明らかになった。  発電事業者は合同会社開発72号(東京都)で、福島市桜本地区であづま小富士第2太陽光発電事業を進めている。開閉所を含む発電設備の建設、運転期間中の保守・維持管理はシャープエネルギーソリューション(=シャープの関連会社、大阪府八尾市)が請け負う。  発電所の敷地面積は約70㌶で、営農型太陽光発電を行う。営農事業者は営農法人マルナカファーム(=丸中建設の関連会社、二本松市)。2022年7月に着工し、2024年3月に完工予定となっている。  開閉所は20㍍×15㍍の敷地に設置される。変圧器や昇圧期は併設しないため、恒常的に音が出続けるようなことはないという。発電所から開閉所までは特別高圧送電線のケーブルを地下埋設してつなぐ。 開閉所の整備予定地  5月7日には地元住民への説明会が開かれた。大きな反対の声は出なかったようだが、冒頭・予定地の目の前に住む男性は「電磁波は出ないというが、子どもへの影響など心配になる。工事期間中、外部の人が出入りすることを考えると防犯面も気になります」と語った。  前出・町内会長は、一方的な進め方に違和感を抱き、市の複数の部署を訪ねたが、親身になって相談に乗ってくれるところはなかった。  特別高圧送電線のケーブルが歩道の地下に埋設される予定であることを知り、市に「小学生の通学路にもなっているので見直してほしい」と訴えたところ、車道側に移す方針を示した。だが、根本的に中止を求めるのは難しそうな気配だ。  「鉄塔周辺の地権者が応じれば、ほかにも関連施設ができるのではないかと危惧しています」(町内会長)  福島市西部地区で進むメガソーラー計画で、離れた地区の住民が思わぬ形で余波を受けた格好だ。2つのメガソーラー計画についてはあらためて詳細をリポートしたい。

  • 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

    業者を悩ます「費用対効果」 2021年末から断続的に降った大雪で、福島市中心部は除雪が十分に行われない「デコボコ除雪」が問題となった。降雪、気温の低下が続いたことも相まって起きた災害だ。これを教訓に、市は除雪体制強化のため1億2727万円の予算を計上。道路の除雪を担う建設業界は「今季も同じくらい雪が降ると考えなければ」と神経をとがらせている。  気象庁によると、今冬の予報は、気温は東日本で平年並みか低い見込み、福島県を含む北日本でほぼ平年並みの見込み。降雪量は東日本の日本海側で平年並みか多い見込み、北日本の日本海側でほぼ平年並みの見込みとなっている。太平洋側は毎年予報をしていない。あくまで予報である点は念頭に置かなければならないが、少なくとも暖冬ではないということだ。  さらには、世界的な異常気象の原因となり、日本の冬に低温傾向をもたらす「ラニーニャ現象」が12月以降も続く可能性があるという。西高東低の冬型の気圧配置が強まり、寒気が流れ込みやすくなる。  2021年末から2022年初めにかけての大雪は、断続的に降り、低温が続いたため根雪ができた。雪を路肩によけても解けないため、壁のように固まり道路幅を狭め、交通が麻痺した。  2014年以来の大雪に、ツイッターでは《福島市の除雪はやっぱりヘタクソ。国道4号と13号以外はヒドイもんだ。飯坂街道などの主要道路もしっかり除雪すべき。木幡市長、除雪にもっと力を入れてくれ》など、除雪の遅さに苛立つ声が相次いで投稿された。市には2022年2月時点で2340件の苦情が寄せられたという。 なかなか雪が解けない本誌編集部前の道路  「デコボコ除雪」を教訓に、市は1億2727万円の「除雪力強化パッケージ」予算を打ち出した(表)。木幡浩市長は議会で「今回の大雪対応を検証した結果、準備態勢や除雪体制、情報発信などに課題があることを確認しました。それに基づき、2022年度当初予算で除雪力強化パッケージを盛り込み、この冬に向けて除雪力強化に取り組んでいます」と答弁している。  何を揃えたのか見てみよう。中央部に雪掻きが付いた「グレーダー」はこれまで1台のみだったが、新たに1台増やした。グレーダーは雪を寄せるほか、削る機能がある。前面に付いた板で雪を押し分ける「ドーザー」6台と併せ市の維持補修センターが保有する専用車両は現在8台となっている。  雪が積もる前の準備については、凍結防止剤散布車を3台から5台に増やした。また凍結防止剤を自動散布する装置を、スリップ事故が多い伏拝周辺の旧国道4号沿いに6か所設置している。  「生活道路や通学路は地域で」の方針も見える。町内会やボランティア団体を対象に、小型除雪機械購入補助として2021年度と同様に120万円を計上した。11月末現在で5件の申請があり、予算の上限を超えたことから、同じ除雪関連費用を流用しているという。その他には除雪技術向上に関する研修会の参加費として1人当たり1万円を助成する。  市で増やした機器は凍結防止剤散布車やグレーダーに限られ、歩道は地域住民が小型除雪車などを使って除雪することになる。ただ、2021年のような異例の大雪への対応は依然不安が残る。交通麻痺が起きた要因は、車道脇の固まった雪が解けずにいつまでも残っていたからだ。「ロータリー」(写真)で道路そのものから雪をどかさなければならなかった。 道路脇に溜まった雪を除去する除雪車両「ロータリー」  道路の除雪を担う委託業者はどのように備えているのか。市内でも積雪が多い飯坂町を拠点とする信陵建設の斎藤孝裕社長(66)は  「それなりに人員と予算を確保すれば対応できます。問題は、福島市は会津地方ほどの豪雪地帯ではないということ。せっかく用意しても出動する機会がなければ無駄になってしまう」  同社は除雪車を2台持つが、これまではそれで回ってきた。県道では5~10㌢、市道では10㌢の積雪が見込まれると出動するルールになっているが、斎藤社長によると、基準に達しなくても地元業者が自己判断で前もって出動するのが実情という。同社は本社周辺の国道399号の一部、県道福島飯坂線、フルーツラインの一部など5路線計約20㌔を担当している。  「前回は真夜中から出動しても降り続け、掻いても掻いてもきりがありませんでした。除雪車をリースしたり、臨時で人を雇うにしてもだいぶ前から手配しないと間に合いません。交通量や人通りの多い道路から除雪する優先順位もあり、家の前の除雪が後回しになった住民からは『何で来ないんだ』と言われました。ただ、すべての業者ができる限りの対応をしていることは理解してほしい」(斎藤社長)  同社では新たに8㌧除雪車の購入を考えたが、相場は1000万円ほど。前回ほどの大雪が毎年降るのかどうか判断が付かず、出動しなくても維持費や車検代がかかることを考えると、なかなか手が出せないという。半導体不足で中古車の相場も新車とほとんど変わらない。どこまで行っても、「豪雪地帯でない福島市でどこまで用意する必要があるか」が問題のようだ。 建設業の人手不足、人口減が重しに  除雪にかかわらず建設業界は人手不足が付きまとう。同社では、除雪車のオペレーターを2人募集しているが集まらない。給与を上げて再募集をかけているが、それでも厳しいという。  地元の道路の雪掻きは近くの住民が協力するのが原則だが、地方経済の沈下で自営業は衰退。居住地近くで働き、除雪作業に参加できる人も少ないだろう。地域の力でやるといっても、町内会を構成するのは高齢者ばかりで、体力の衰えた高齢者が主体となればなるほど除雪作業も事故が増えていく可能性がある。どこを削り、その分、どこを費やすか。雪害対策も人口減少でままならない状況が垣間見える。

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    会計検査院報告を読み解く  会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。

  • 会津地方の農家を襲う「8050問題」

    「息子のために農地を売る」老親の覚悟  80代の老親と50代のひきこもりの子が孤立や困窮に直面する「8050問題」が進行している。会津地方のある農家は、自分の死後も病気を抱える一人息子の生活を支えようと、なけなしの田を売ることを考えたが法律の壁に阻まれた。一方で米価は下落し収入も減り、老親自身も今の暮らしで手一杯。農家の8050問題を追った。  「私は息子のために農地を売りたいが、売るのを阻まれています」  会津地方に住む農家の80代男性はため息をつく。妻と40代後半の一人息子と3人暮らし。息子は高校中退後、働きに出ず、ずっと家で過ごしている。  80代の老親と50代のひきこもりの子に関わる社会問題「8050問題」が顕在化している。進学や就職に失敗したことなどをきっかけに、家にこもって外部との接触を断つひきこもりが長期化。さらに、高齢となった親の収入が途絶えたり、病気や要介護状態になったりして経済的に一家が孤立・困窮することで起こる。孤立死や「老老介護」の原因ともなりうる。  人口の多い団塊の世代が80代を迎え、その子らの第二次ベビーブーム世代が50代を迎える時、社会に与える影響は大きいと見込まれる。ただ、40~50代はバブル崩壊後の就職氷河期で「割を食った」世代。採用を抑制され、新卒時に就職先に恵まれなかったこともあり、一概に失敗を「個人の努力不足」に帰することはできない。  冒頭で嘆いた男性の息子は、10代で精神疾患を発症した。その影響からか、人とうまくなじめず不登校になったという。家族が疾患と分かったのは高校中退後だった。  「もっと早く気づいてあげたかった」(男性)  息子は現在、医療機関に通い、週2回、支援者が訪問サービスに訪れている。  「息子は調子が良い時は農業を手伝ってくれます。薬が合っているのか、最近は以前よりも体調が良いようです。車は運転できないが、自転車を使って1人で買い物に行っています。私がいなくなってもお金さえあればなんとかなると思う」(同)  規則正しく食事も取るようになった。少しずつ復調し、農業の手伝いなど自分のできることから始めようとする息子を見て、最後まで支えなければという気持ちが強くなった。  「息子は障害年金を受け取っていますが、月数万円ではとてもじゃないが暮らしていけない。私もいつ死ぬか分からない。それまでに1000万円以上は用意してあげたい。やはり最後はお金です」(同)  男性は1000万円を国民年金基金に積み立てたいと考えている。そうすれば約10年後、自分が亡くなっても60歳になった息子には月約7万円が支給されるという。国民年金基金は自営業、無職、フリーランスが対象の1号被保険者が保険料を上乗せして払い、受給額を多くする制度だ。  だが、男性が元手にできるのは農地しかない。今は約16反(1万5800平方㍍)で米を作っているが、米価は下落し、苗代や肥料、農業機械の維持費、固定資産税などを考えると赤字で、助成金で埋め合わせているという。  「田んぼをやっているのは、手を入れなくなると雑草で荒れてしまうからです。周囲の田畑に迷惑がかかるし、何しろ笑われてしまう。息子が米を作ることはないだろうから、できれば売ってしまいたい」(同)  採算が合わないのに同調圧力で仕方なく米を作っているが、そのまま農地を残せば息子にとって負債となる。だから、処分して金に換えたいというわけ。  男性は宅地にしたり、太陽光発電施設の設置業者に売却しようと考えたが、農地を転用するには農業委員会の許可が必要になる。同委員会に申し出たが「他の人が(男性の農地を取得して)農地を広げる可能性がある」と認められなかったという。  「米が値下がりしている中、わざわざ新たに田んぼを買う奇特な人がいるとは思えない。作っても手間ばかりで、儲けはほとんどないんですから。農業委員会に『農地として買う予定の人がいるのか』と尋ねても答えてくれませんでした」(同)  自分の寿命はそれほど残されていない。元気に動けるのはあと10年もないだろう。農業委員会の許可は今後得るとして、まずは業者に売却する算段を付けようとした。  太陽光発電施設の設置業者をネットで調べ電話した。東京や名古屋から複数の業者がすぐに飛んできた。営業社員の男は調子が良かった。「米を作っていたということは日当たりが良いってことです。つまり太陽光発電にもうってつけなんですよ。会津は太陽光の宝庫です」と前のめりだったが、農業委員会の許可が下りそうもないことが分かると、見切りを付けて去っていった。 「太陽光の宝庫」と発電事業者から評される会津地方の田園  男性は現在も地元の農業委員会に通っているが、「それは県農業委員会に聞いてほしい」「東北農政局じゃないと分からない」などとたらい回しにされているそうだ。 「残された時間は少ない」  なぜ、ここまで農地売却に固執するのか。それは息子のために売れる資産がそれしかないからだ。  「国は国債を際限なく発行して借金があるでしょう? 頼りになりません。自分たちの身は自分で守らないと」(同)  他人を頼る気持ちにはなれない。周囲に不信感がある。10年ほど前に近隣で連続不審火があった。原因が分からなかったため、犯人探しが始まった。「無職で家にいるアイツ(息子)じゃないか」とウワサされたという。世間はいつも、息子をこう見ていたのかと知った。周囲がとても冷たく感じられたという。  「事情を知らない役所の人は、年寄りが息せき切って土地を売ろうとしている様子を陰で笑っているんでしょうね。でも、私には残された時間が少ない。『分からず屋』と言われても、息子のために動かなければならないんです」(同)  このまま農地を売却できないことも十分想定される。筆者は男性亡き後の息子の独り立ちを考え、市町村の相談窓口や成年後見制度を紹介したが、男性はしばらくすると、また農地を売却するための方法を熱心に探り出した。「どうしても売れなくて困っている」。農地売却には高い壁が立ちはだかるが、困難であればあるほど、男性の生きる「最後の目標」になっているようだ。

  • 【会津若松・喜多方・福島】市街地でクマ被害多発のワケ

    専門家・マタギが語る「命の守り方」  2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 「第8波」に入った新型コロナ

    相馬市の陽性者分析で見えた対策  相馬市は今夏の新型コロナ「第7波」の感染者(陽性者)の詳細な分析を行った。その内容を紹介・検証しつつ、すでに到来しつつある「第8波」に向けて、どのような対策が有効かを考えていきたい。  11月23日時点での国内のコロナ感染者累計数は2409万4925人、死者数は4万8797人。およそ5人に1人がこれまでに罹患している計算になる。1日の感染者数で見ると、今夏の「第7波」と言われる感染拡大の中で、7月下旬から8月下旬にかけて連日20万人を超える新規感染者が確認された。その前後でも、1日に10万人から15万人の感染者が出ている。  県内で見ると、11月23日時点でのコロナ感染者累計数は24万9359人、死者数は335人。およそ7人に1人が感染している計算で、国内平均よりは低い。1日の感染者数が最も多かったのは、2022年8月19日で3584人。その前後で、2000人越え、3000人越えの日が相次いだ。7月下旬から9月上旬までが「第7波」に位置付けられる。  その後は、少し落ち着き500人から1000人弱の日が続いたが、11月中旬ごろからまた増え始めている。11月22日は3341人、23日は3191人と、過去最高に迫っている。すでに「第8波」が到来していると言えそうだ。  政府(新型コロナウイルス感染症対策本部)は、11月18日までに「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合の対応について」をまとめた。いわゆる「第8波対策」である。  基本方針は「今秋以降の感染拡大が、今夏のオミクロン株と同程度の感染力・病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず、社会経済活動を維持しながら、高齢者等を守ることに重点を置いて感染拡大防止措置を講じるとともに、同時流行も想定した外来等の保健医療体制を準備する」というもの。  住民は、これまでと同様、3密回避、手指衛生、速やかなオミクロン株対応ワクチン接種、感染者と接触があった場合の早期検査、混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出などを控える、飲食店での大声や長時間滞在の回避、会話する際のマスク着用、普段と異なる症状がある場合は外出、出勤、登校・登園等を控える――等々の基本的な対策が求められる。  「第8波対策」で、これまでと大きく変わったところは、「外来医療を含めた保健医療への負荷が相当程度増大し、社会経済活動にも支障が生じている段階(レベル3 医療負荷増大期)にあると認められる場合に、地域の実情に応じて、都道府県が『医療ひっ迫防止対策強化宣言』を行い、住民及び事業者等に対して、医療体制の機能維持・確保、感染拡大防止措置、業務継続体制の確保等に係る協力要請・呼びかけを実施する」「国は、当該都道府県を『医療ひっ迫防止対策強化地域』と位置付け、既存の支援に加え、必要に応じて支援を行う」とされていること。  つまり、都道府県の判断で「医療ひっ迫防止対策強化宣言」を行い、営業自粛、移動自粛などの要請ができるということだ。  こうして「第8波」に向けた対策や基本方針が定められる中、相馬市が「第7波」の感染者について詳細な分析を行ったものが今後の参考になりそうなので紹介・検証したい。  ちなみに、同市の立谷秀清市長は、医師免許を持っており、地元医師会との意思疎通が図りやすいほか、全国の医師系市長で組織する「全国医系市長会長」を務め、他市の医療体制・感染状況などの情報交換がしやすいこと、全国市長会長を務め、比較的頻繁に国と意見交換ができる環境にある、といった強みがある。 ワクチンの効果  別表は、同市で「第7波」で陽性判定を受けた人の「陽性者数と陽性率」、「年代別、ワクチン接種回数別の陽性者と陽性率」、「陽性者の症状」をまとめたもの。  まず、陽性者数と陽性率だが、ワクチン適正回数接種者は対象2万8355人のうち、陽性者1260人で、陽性率は4・4%、適正回数未接種者は対象5157人のうち、陽性者916人で、陽性率は17・8%となっている。なお、ワクチンの適正接種回数は60歳以上が4回、12歳から59歳が3回以上、5歳から11歳が2回。  こうして見ると、ワクチンを適正回数接種した人は、していない人に比べて、陽性率が4分の1程度になっていることが分かる。  立谷市長は「ブレイクスルー(ワクチンを適正回数接種しても感染するケース)はあるものの、ワクチンの効果はあることが証明された」と説明した。  年代別で見ると、若年層の適正回数未接種者の陽性率が高い傾向にあることが分かる。若年層は、注意をしていても、人が集まる場に行く機会が多い、移動機会が多い、といった理由から、感染リスクが高くなると言われているが、それが裏付けられたような結果だ。対象的に、高齢者は適正回数接種者の陽性率は1・86%、それ以外でも10%以下と低くなっている。高齢者や基礎疾患がある人は重症化のリスクが高まるとされていることなどから、十分注意していることがうかがえる。  一方、陽性者の症状を見ると、94・8%が軽症となっており、無症状を含めると、99%以上が無症状・軽症になる。残りの0・8%は中等症Ⅰ、Ⅱで重症はゼロ。なお、厚生労働省が作成した「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」によると、中等症Ⅰは「呼吸困難、肺炎所見」、中等症Ⅱは「酸素投与が必要」とされている。  立谷市長は以前の本誌取材に「ウイルス側も寄生するところがなくなったら生存できないわけだから、オミクロン株などに形を変えて『広く浅く』といった作戦に切り替えてきた。それをわれわれ人間がどう迎え撃つか。その戦いだ」と語っていたが、まさにそういった状況になっていることが分かる。 立谷市長  「今後、『第8波』が来る。年末年始で人の動きが活発になるということもあるが、基本的にこうしたウイルスは厳冬期は活性化しますからね」(立谷市長)  もっとも、対策としては「これまで継続してやってもらっている基本対策(消毒、マスク着用、密回避など)と、早期のワクチン接種しかない。『第8波』が来る前に、11月上旬からワクチン接種を実施している」(立谷市長)とのことで、そこに尽きるようだ。 ◎新型コロナ体験談 郡山市に住む50代男性。妻、子ども3人、義父母と暮らしています。 最初に感染したのは高1の娘。11月初めの夕方、高校に迎えに行くと喉がイガイガすると言う。まさかコロナじゃないだろうなと思いながら念のため車の窓を開けたが、娘も私もマスクを外していた。すると翌日、娘は咳をし出して発熱。病院でPCR検査を受け、陽性と判定された。 その2日後、私の体調に異変が表れた。喉がイガイガし、翌朝さらに酷くなった。次第に乾いた咳をするようになり、熱は38度台半ばに達した。抗原検査キットで陽性を確認。頭痛、寒気、関節の鈍い痛み等にも襲われ、寝るのもしんどい。解熱剤を服用してようやく眠れたが、その後、微熱と平熱を3、4日繰り返した。頭痛や寒気は翌日収まったが、喉のイガイガと咳は6日ほど続いた。寝過ぎた際に頭がボヤーっとする感じもしばらく残った。 私が発症した2日後には小学4年の次男も同じ症状に見舞われたが、幸い他の家族には広がらず、3人の感染で食い止めることができた。 私はワクチンを3回接種し、4回目の予約を検討しているところだった。インフルエンザに罹った時よりは辛くなかったが、できればもう感染したくないですね。

  • 【FSGカレッジリーグ】仮想空間で授業を実施

     専門学校グループ「学校法人国際総合学園 FSGカレッジリーグ」(郡山市)は1984(昭和59)年の開校以来、38年間積み上げてきた指導ノウハウと、2万0900人以上の卒業生ネットワークによる学生支援体制を備え、若者の学び場の充実を図り続けてきた。同グループは5校57学科で構成されており、東北最大級の規模を誇る。  グループ校の一つ、国際アート&デザイン大学校では9月、米国発メタバース「Virbela(バーベラ)」の日本向けプラットフォーム「GIGA TOWN(ギガタウン)」を活用した実証授業を実施した。専門学校としては初の試み。  メタバースとはインターネットの中に構築された仮想空間のこと。自分自身の分身(アバター)を操作して他者と交流できる。ゲームなどで使われてきたが、近年はビジネスシーンでの利用も進んでおり、今後の成長が見込まれている。  同校は「ギガタウン」の日本公式販売代理店・㈱ガイアリンク(長野県)と連携。学生らはアバターを使って「ギガタウン」での授業に参加し、事例研究、ゲーム、ディスカッション、グループ発表などを行った。  参加した学生からは「実際にその場で授業を受けているような臨場感があり、楽しかった。テーブルごとに個別通話できたり、画面を複数に分けて資料を提示できるなど、さまざまな機能があり、使いやすかったです」との声が聞かれた。  実証授業は学生の夢や目標達成のためのスキル、コミュニケーション力を育む目的で行われたもの。同校では5月にも、ICT関連やデジタルコンテンツ分野の教育機関を運営するデジタルハリウッド㈱(東京都)と連携し、アバター生成・操作のアプリケーションを使用した実証授業を行っている。  同グループでは教育のICT化を進める「Ed―Tech推進室」が中心となって、ICT技術・デジタル化を活用した効果的な授業の在り方を検討しており、同校の授業に積極的に取り入れている。  例えば、同校コミックマスター科では県内で初めて、アニメーション制作ソフト「Live2D」を授業に導入した。同ソフトは低コストで原画の画風を保ったアニメーションが制作できることから、家庭用ゲームやスマートフォンアプリに多く使用されている。同校は「Live2D」モデル作成ソフトライセンス無償貸与の教育支援プログラム認定校に県内で唯一指定されているため、授業での使用が可能となった。  一方でアナログテクニックを身に付ける実習も充実させており、どんな現場にも対応できる即戦力のスペシャリストの養成に努める。  ICT関連の資格取得も全力で支援しており、「PhotoShop(フォトショップ)クリエイター能力認定試験」の合格率は100%を誇る。さらにCGクリエイター検定の文部科学大臣賞を全国で唯一3年連続受賞している。  同グループが目標として掲げているのは「ONLY1、No・1」の教育実績。今後もコロナ禍以降本格的に導入したICT教育を発展させる形で、メタバースを活用した授業を推進し、学生一人ひとりのニーズに沿った教育を行うことで、夢の実現をサポートしていく考えだ。

  • 京都・仁和寺で「カラー絵巻」一般公開

    デジタル技術で蘇る戊辰戦争の風景 双葉町出身学芸員が解説  京都を代表する古刹・仁和寺で、明治時代に作られた「戊辰戦争絵巻」のデジタル彩色版が12月8日まで一般公開されている。福島県と何かと関係が深い戊辰戦争だが、その絵巻がなぜいま京都の寺院でカラー化されて公開されたのか。双葉町出身の学芸員に、その背景や一般公開の見どころを解説してもらった。  仁和寺は888(仁和4)年、宇多天皇が先帝の光孝天皇の遺志を継いで創建した寺院で、真言宗御室派の総本山。1994(平成6)年にユネスコの世界遺産に登録された。境内に咲く遅咲きの「御室桜」が有名で、和歌などにも詠まれている。 仁和寺金堂  皇族や公家が出家して住職を務める門跡寺院で、歴代天皇の厚い帰依を受けたことから、優れた絵画・書籍・彫刻・工芸品が数多く所蔵されている。創建当時の本尊である「阿弥陀三尊像(国宝)」をはじめ、国宝12件、重要文化財48件、古文書数万点を保存・管理している。  そんな同寺院の所蔵物の一つである「戊辰戦争絵巻」をデジタル彩色するプロジェクトが進められている。  戊辰戦争の幕開けとなった1868(明治元)年の「鳥羽伏見の戦い」を描いた絵巻で、全39場面。幅31㌢、長さは上下巻合わせて約40㍍。  「歴史資料に光彩を与えたことで、情報がより写実的になりました。例えば紅蓮の炎や血色染まる兵士の姿は、視覚的に凄惨さを増しましたが、その痛ましさに想像力を持って向き合うことで、絵巻に描かれていることは『物語』ではなく『歴史』であるという気づきをもたらすのではないか、と思います」  デジタル彩色の狙いについて、こう解説するのは双葉町出身の仁和寺学芸員・朝川美幸さんだ。  1971(昭和46)年生まれ。双葉高校、東洋大文学部卒。立命館大学大学院文学研究科博士前期課程を修了。年数回開催される仁和寺霊宝館名宝展の企画・展示を担当。共著に『もっと知りたい仁和寺の歴史』(東京書籍)がある。小さいころに真言密教に興味を抱き、仏教のことを学び続けている専門家だ(本誌2018年1月号参照)。  朝川さんによると、仁和寺と戊辰戦争のつながりは深い。仁和寺第30世の純仁法親王は1867(慶応3)年に還俗(出家した人が俗人に戻ること)し、仁和寺宮嘉彰(にんなじのみやよしあきら)親王と名を改めた。その後、征夷大将軍に任命され、鳥羽伏見の戦いで新政府軍を率いた。出陣の際には仁和寺に仕えていた坊官や寺侍が警備に回った。  明治の世になってから、時代の転換点となった戦争を記録し、その事実を絵巻として残すことになった。戦争体験者の東久世通禧伯爵と林友幸子爵が計画し、1889(明治22)年に完成。明治天皇に献上された。1891(明治24)年には保勲会がモノクロ、木版画の複製品を若干部制作し、仁和寺などに寄贈した。  ただ、制作数が少なく事実を広く知ってもらうには至らなかったことから、絵巻の一部を新たに着色し、『錦の御旗』と改題して一般向けに刊行した。  今回のプロジェクトは、仁和寺に所蔵されていた絵巻(複製品)を超高精細スキャンによりデジタル化。『錦の御旗』や解説本の記述、専門家などの考証を参考に彩色し直して、原寸大で和紙に印刷するものだ。  デジタル彩色は「先端イメージング工学研究所」(京都市左京区)代表理事で、京都大学名誉教授の井手亜里さんが率いるプロジェクトチームが担当。10カ月かけて彩色を行い、ようやく完成した。 デジタル彩色のメリット  絵巻の撮影に同席し、一部の絵巻の解説文執筆も担当した朝川さんはこう説明する。  「超高精細デジタルスキャニング技術で撮影したことで、現物を何度も広げずに済み、画像を拡大してより細かい描写を読み解けるようになりました。保存・分析、両面でメリットがあったと思います。また、着色したことで、戊辰戦争の様子をイメージしやすくなり、幅広い方に興味を持っていただきやすくなったと思います」 仁和寺霊宝館で解説する朝川さん  完成したデジタル彩色絵巻は2022年12月3~8日まで「令和絵巻に見る仁和寺と戊辰戦争」特別展で一般公開される。デジタル彩色絵巻と元来の絵巻(複製)の比較展示のほか、デジタル彩色絵巻をタッチパネル式の画面で見ることができる。好きな場所を指定して拡大することで高精細な画像の閲覧が可能。またオリジナル映像を視聴するコーナーも設けられている。12月3日には、絵巻に合わせて講談師・神田京子さんが講談を行うライブも開かれた。 ジタル彩色された「戊辰戦争絵巻」の一部(上は「第二図会津藩伏見上陸」、下は「第十三図征討大將軍節刀拜受」=画像:先端イメージング工学研究所提供)  同プロジェクトは文化庁の「Livng History(生きた歴史体感プログラム)促進事業」に採択されている。文化庁は京都への移転準備を進めており、2023年3月27日にはいよいよ業務が開始される。移転の目的は東京一極集中の是正に加え、「文化の力による地方創生」、「地域の多様な文化の掘り起こし・磨き上げによる文化芸術の振興」というもの。デジタルの力を使い地方の寺院に眠る歴史的資料の価値を磨き上げる同プロジェクトは、象徴的な活動と言えよう。  一般公開は期間限定であり、福島から離れているので、気軽には行けないかもしれないが、仁和寺は何かと福島に縁のある場所。世界遺産の建物や所蔵物が展示されている霊宝館(期間限定公開)はもちろん、春は桜、秋は紅葉が美しい観光スポットでもある。機会があればぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

  • 田村市役所

    【第2弾】【田村市・贈収賄事件】積算ソフト会社の「カモ」にされた市と業者

      田村市で起きた一連の贈収賄事件。受託収賄・加重収賄の罪に問われている元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品や接待を受けていた。本誌は先月号で、元職員が漏らした非公開の土木事業単価表が積算ソフト会社に流れたと見立てていたが、裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた。調べると、仙台市に本社があるこの会社は宮城県川崎町でも全く同じ手口で贈収賄事件を起こしていた。予定価格の漏洩が常態化していた田村市は、規範意識の低さを積算ソフト会社に付け込まれた形だ。  元職員への賄賂の経路は、贈った市内の土木建築会社ごとに「三和工業ルート」と「秀和建設ルート」に分かれる。本稿では執筆時点の11月下旬、福島地裁で裁判が進行中で、同30日に役員に判決が言い渡される予定の「三和工業ルート」について書く。  「三和工業ルート」は単価表をめぐる事件だった。公共工事の入札に当たり、事業者は資材単価を工事に合わせて積算し、入札金額を弾き出す。この積算根拠となるのが、県が作成し、一部を公表している単価表だ。実物をざっと見ると半分以上が非公表となっている。ただし都道府県が市町村に単価表を提供する際は、すべての単価が明示されている。  問題は、不完全な単価表しか見られない業者だ。これを基に他社より精度の高い積算をしなければ落札できない。そこで、事業者は専門の業者が作成する積算ソフトを使ってシミュレーションする。積算ソフト会社にとっては、精度を上げれば製品の信頼度が上がり、商品(積算ソフト)が売れるので、完全な情報が載っている非公表の単価表は「のどから手が出るほど欲しい情報」なのだ。  一方で、三和工業は堅実で業績も安定しており、自社の落札のために単価表入手という危ない橋を渡ることは考えにくい。こうした理由から、本誌は先月号で、積算ソフト会社が三和工業役員に報酬をちらつかせて単価表データの入手を働きかけ、役員が元市職員からデータを漏洩させたと見立てた。果たして裁判で明らかとなった真相は、見立て通り、積算ソフト会社社員の「依頼」が発端だった。  11月9日の「三和工業ルート」初公判では、元市職員の武田護被告(47)=郡山市=と同社役員の武田和樹被告(48)=同=が出廷した。2人は旧大越町出身で中学時代の同級生。和樹被告は大学卒業後、民間企業に勤めたが、父親が経営する同社を継ぐため2014年に入社した。  次第に積算業務を任されるようになったが、専門外なので分からない。そこで、相談するようになったのが護被告、そして取引先の積算ソフトウェア会社「コンピュータシステム研究所」の社員Sだった。  公判で言及されたこの会社をあらためて調べると、仙台市青葉区に本社を置く「株式会社コンピュータシステム研究所」とみられることが分かった。法人登記簿や民間信用調査会社によると、1986(昭和61)年設立。資本金2億2625万円で、コンピュータソフトウェアの企画、開発、受託、販売及び保守、システム利用による土木・建築の設計などを行っている。建設業者向けのパッケージソフトの開発が主力だ。   代表取締役は長尾良幸氏(東京都渋谷区)。同研究所ホームページによると、東京にも本社を置き全国展開。東北では青森市、盛岡市、仙台市に拠点がある。「さらなる積算効率の向上と精度を追求した土木積算システムの決定版」と自社製品を紹介している。  実は、田村市の事件は氷山の一角の可能性がある。同研究所は他の自治体でも単価表データの入手に動いていたからだ。  2021年6月30日、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、町内の建設業「丹野土木」男性役員(50)、そして同研究所の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報7月1日付より、年齢役職は当時。紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同年12月28日付の同紙によると、3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、同27日に仙台地裁から有罪判決を受けている。町職員は懲役1年6月、執行猶予3年、追徴金1万2000円(求刑懲役1年6月、追徴金1万2000円)。丹野土木元役員と同研究所社員にはそれぞれ懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)が言い渡された。  判決によると、2020年11月24日ごろから21年4月27日ごろまでの6カ月間、町職員は公共工事の設計や積算に使う単価表の情報を提供した謝礼として元役員から役場庁舎などで6回にわたり商品券計12万円分を受け取った。贈賄側2人は共謀して町職員に情報提供を依頼して商品券を贈ったと認定された。1回当たり2万円払っていた計算になる。  田村市の事件では、三和工業役員の和樹被告が、2020年2月ごろから21年5月ごろまで、ほぼ毎月のペースで元市職員の護被告から単価表データを受け取ると、同研究所のSに渡した。Sは見返りに会社の交際費として2万円を計上し、和樹被告に14回にわたり計28万円払っていた。和樹被告は、毎回2万円を護被告と折半していた。田村市の事件では、折半した金の動きだけが立件されている。川崎町の事件と違い、和樹被告とSの共謀を立証するのが困難だったからだろう。それ以外は手口、1回当たりに払った謝礼も全く同じだ。  共謀の立証が難しいのは、和樹被告の証言を聞くと分かる。2019年12月、Sは「上司からの指示」としたうえで「単価表を入手できなくて困っている」と和樹被告に伝えた。積算業務の素人だった自分に普段から助言してくれたSに恩義を感じていたという和樹被告は「手伝えることがある。市役所に同級生がいるから聞いてみる」と答えた。翌20年1月、和樹被告は護被告に頼み、「田村市から出たのは内緒な」と注意を受けて単価表データが入ったCD―Rを受け取り、それをSに渡した。Sからもらった2万円の謝礼を「オレ、なんもやっていないから」と護被告に言い、折半したのも和樹被告の判断だという。   一連の単価表データ入手は、川崎町の事件で同研究所の別の社員が2021年6月に逮捕され、同研究所が「コンプライアンス強化」を打ち出すまで続いた。逮捕者が出て、ようやく事の重大性を認識したということか。  田村市で同様の手口を繰り返していた護被告は、川崎町の事件を知り自身に司直の手が伸びると恐れたに違いない。捜査から逃れるためか、今年3月に市職員を退職。そして事件発覚に至る。  単価表データを入手する活動は、同研究所が社の方針として掲げていた可能性がある。裁判で検察は、SがCD―Rのデータを添付して上司に送ったメールを証拠として提出しているからだ。  本誌は、同研究所に①単価表データを得る活動は社としての方針か、②自社製品の積算ソフトに、不正に入手した単価表データを反映させたか、③事件化した自治体以外でも単価表データを得る活動を行っていたか、など計8項目にわたり文書で質問したが、締め切りの11月25日を過ぎても回答はなかった。  川崎町の事件から類推するしかない。河北新報2021年12月5日付によると、有罪となった同研究所社員は《「予想した単価と実際の数値にずれがあり、クレーム対応に苦慮していた。これ(単価表)があれば正確なデータが作れる」と証言。民間向け積算ソフトで全国トップクラスの社の幹部だった被告にとって、他市町村の発注工事の価格積算にも使える単価表の情報は垂ぜんの的だった》という。積算ソフトにデータを反映させていたことになる。  一方、田村市内のある建設会社役員は「積算ソフトの精度は向上し、製品による大きな差は感じない。逮捕・有罪に至る危険を冒してまで単価表データを入手する必要があるとは思えない。事件に関わった同研究所の社員たちは『自分は内部情報をここまで取れるんだぞ』と営業能力を示し、社内での評価を高めたかっただけではないか」と推測する。  事件は、全国展開する積算ソフト会社が、地縁関係が強い地方自治体の職員と地元建設業者をそそのかしたとも受け取れるが、だからと言って田村市は「被害者面」することはできない。公判で護被告と和樹被告は「入札予定価格を懇意の業者に教えることが田村市では常態化していた」と驚きのモラル崩壊を証言しているからだ。  全国で熾烈な競争を繰り広げる積算ソフト会社が、ぬるま湯に浸かっていた自治体に狙いを定め、情報を抜き取るのはたやすかったろう。川崎町や田村市以外にも「カモ」と目され、狙われた自治体があったと考えるのが自然ではないか。同市の事件が氷山の一角と推察される所以である。 【田村市・贈収賄事件】第1弾の記事は下記です。 https://www.seikeitohoku.com/tamura-city-bribery-case/

  • 追悼・渡部恒三元衆議院副議長11月6日にお別れの会開催

     元衆議院副議長で通商産業大臣、厚生大臣、自治大臣などを務め、2020年8月23日に死去した渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏の「お別れの会」が2022年11月6日、会津若松市の会津若松ワシントンホテルで開かれた。コロナ禍のため延期になっていたもので、関係者をはじめ、政界・経済界から約350人が参列した。 同日には会津若松市城東町の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。館内には大臣就任時に受け取った任命書や叙勲などゆかりの品が展示されている。入場無料。開館は水、土、日曜日の10時から16時。 当日の様子と併せて、約30年前の誌面に載せた恒三氏の写真を再掲する。 在りし日の恒三氏(1992年10月撮影) 会津若松市で行われた「お別れの会」の様子 議員宿舎で晩酌する恒三氏(1992年10月撮影) 記念館前に建てられたブロンズ像 恒三氏を支えていた秘書たち。中央は佐藤雄平元知事。 会津若松市の自宅で家族と食事をとる(1992年10月撮影) 記念館に展示されている恒三氏ゆかりの品 恒三氏の長男・恒雄氏 「お別れの会」であいさつする佐藤雄平元知事

  • 【Jパワー】更新工事進む鬼首地熱発電所

     Jパワー(電源開発)が運営する鬼首地熱発電所(宮城県大崎市、1万5000㌔㍗)は40年以上にわたり電力を安定供給してきた。現在は更新工事の最終段階にあり、2023年4月の運転再開に向け、各種機器などの整備が進められている。 更新工事中の鬼首地熱発電所(手前が還元井、奥が冷却塔)  地熱発電は地下に溜まった蒸気や熱水を「生産井」でくみ上げ、気水分離器を経て蒸気でタービンを回す発電方法。使い終わった蒸気は冷却塔で冷やし、熱水とともに「還元井」で地下に戻す。 くみ上げた蒸気と熱水を分ける「気水分離器」  循環利用できれば長期間にわたり安定的な発電が可能となる。天候の影響を受けず、CO2排出量も少ない。設備利用率(フル稼働時の発電量に占める実際の発電量の割合)は風力約20%、太陽光約12%に対し、地熱発電は約80%だ。  同発電所は鳴子温泉郷から北西約20㌔の「鬼首カルデラ」内に位置し、「栗駒山国定公園」として第一種特別地域の指定を受けている。同社では戦後早くから地熱発電所の建設に着手した。1975(昭和50)年に出力9000㌔㍗で営業運転開始。以降、順次出力を増やし、2010年には1万5000㌔㍗に増強した。  その後、環境負荷の低減や安全性考慮の観点から新たな設備の導入が必要と判断し、17年に一時運転停止。19年から設備更新工事に入った。  生産井9坑、還元井8坑を埋め戻し、新たに掘削した生産井5坑、還元井5坑に集約。これでも出力は更新前とほぼ同水準を維持(1万4900万㌔㍗)。タービン棟を新設し発電機の効率が向上したことで、使用する熱水量・蒸気量が従前より減少するため、有毒な硫化水素の排出量が減少した。過去に生産井付近で発生した噴気災害を念頭に入れ、高温地帯に設備を設けないようにした。  すでに電気、建築設備は立ち上がり、生産井の噴気試験も終了。11月に試運転を開始した。更新工事には同社のほか、グループ会社や協力会社が連携して取り組んでおり、生産井などの掘削工事は主にJパワーハイテックが担った。  同発電所は地域振興の役割も担う。21年度には地元・大崎市の小学校や高校で授業を行い、鳴子温泉の特質や地元資源の独自性、地熱発電の仕組みなどを説明した。地元のお祭りや清掃活動にも積極的に参加しているほか、再生可能エネルギーを扱う東北大学の出前授業にも近々出講する予定となっている。  Jパワーでは50年までに国内発電事業のCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。同発電所の北約2㌔の地点にある高日向山地域(宮城県大崎市)では新たな地熱発電所の開発を目的とした資源量調査も進んでいる。  今後も同社ではエネルギーを不断に供給し続ける使命を念頭に、地域と信頼関係を築きながら事業を継続していく考えだ。

  • 鏡田辰也アナウンサー「独立後も福島で喋り続ける」

     ラジオ福島の名物アナウンサー・鏡田辰也さん(58)が9月末で退社し、フリーアナウンサーとして独立した。大きな節目を迎えたタイミングで、アナウンサー人生と独立の理由について語ってもらった。  かがみだ・たつや 1964年2月生まれ。広島県出身。東洋大卒。1988年にラジオ福島入社。2002年にギャラクシー賞DJパーソナリティー賞受賞。TUF「ふくしまSHOW」にも出演。9月末、ラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなった。  「テレビ出演時、顔にメイクをしたら、お肌に異変を感じたんです。深刻な病気かと思い、すぐ皮膚科に相談したら、『老人性イボですね』と言われて終わりでした。ワハハ」  ラジオからにぎやかな笑い声が流れる。平日13時から16時、ラジオ福島で放送されている生ワイド番組「Radio de Show(ラジオでしょう)」の一幕だ。  マイクの前に座るのは水・木曜日担当の鏡田辰也さん。〝カガちゃん〟の愛称で知られ、同社で30年以上喋り続ける人気アナウンサーだ。  冒頭のようなエピソードを話しつつ、番組に訪れるゲストの話も引き出し、リスナーから寄せられたメールを逐一紹介して話を広げていく。  同社のスタジオはすべて一人で操作する「ワンマンコントロール」。生ワイドはやることが多いので、制作ディレクターが1人付いているが、CMまでの時間管理や放送機材操作は基本的に鏡田さんが担う。ほぼ1人で番組を進行しているわけ。  驚かされるのはトーク内容に関する台本すら全く用意していないということだ。 3時間の生ワイド放送中はトークしながら試食も担当し、放送機材(写真下)も操作するなど大忙し  「時間になったらマイクの前に座って話すだけ。典型的な『アドリブ派』です。昔から読書と映画が好きで、自宅には数百冊の蔵書と大量のブルーレイ・DVDがあります。それらの〝引き出し〟があるからよどみなく話せるのかもしれません」  その能力を生かし、ラジオDJのほか、講演会、イベント、結婚式のMC(司会)なども数多く務めてきた。2020年には、テレビユー福島で毎週水曜夜7時から放送されている地域情報バラエティー番組「ふくしまSHOW」のMCに起用された。他局ではニュースや人気バラエティー番組が放送されている時間帯だが、視聴率は好調で、「『いつもテレビ見ています』と声をかけてくれる方が多くなりました」と笑う。  1964(昭和39)年2月5日、広島県広島市生まれ。実家はJR広島駅前で宿泊業を営む。小さいころから一人で喋り続け、周りの大人からは「客商売向きだ」、「よしもと新喜劇に行け」と言われていた。  東京に行きたくて東洋大に進学。3年生のとき、大学生協の購買部で「東京アナウンスアカデミー」というアナウンス専門学校のチラシが目に入った。「家業を継ぐ前に、きれいな日本語を身に付けるのもいいかも」。気軽な気持ちで入校し、アナウンス技術を学ぶうち、「広島に帰る前に、何年かアナウンサーをやってみたい」と思うようになった。 4年目に迎えた転機  就職活動本番。全国のテレビ・ラジオ局を30社ぐらい受けたが全滅した。既卒となると採用のハードルがさらに上がるため、〝自主留年〟して、翌年も就職活動に再挑戦したが、すべて落ちた。  あきらめて他業種に就職するつもりだったが、2月になって、専門学校から「ラジオ福島で欠員募集が出た」と連絡が入った。ラジオ福島はは2年連続で入社試験に落ちていた。あきらめ半分で試験に臨んだところ、まさかの「内定」が出た。  〝滑り込み〟で始まったアナウンサー人生だったが、入社直後も苦難が続いた。  「先輩方から『暗い』、『笑い方が変』と毎日注意を受け、自社制作CMには『鏡田以外で』と指定が入ったほど。笑うこと、話すことがうまくできなくなり、いつも下を向いて歩いていました。任される仕事は時刻告知や列車情報を読み上げるぐらいで、中継や番組には使ってもらえませんでした」  転機となったのは入社4年目。JR福島駅前からの中継を任されたとき、スタジオにいる先輩アナウンサーから「そこで美空ひばりの曲を歌って」と〝無茶振り〟された。思い切って「真赤な太陽」を歌ったら、思いがけず観衆から拍手をもらった。  「たとえ自信が無くても一生懸命やる姿を見せることが大事なのか」。鏡田さんの中で何かが吹っ切れた。  「笑う門には福来る」をモットーに、気取らずに笑って話すことを心掛けた。しばらくすると、夜11時から放送されていた「rfcロックトーナメント」という若者向けの音楽番組を任されるようになった。  自分の好きなアーティストの応援ハガキを送り、その数でランキングが決まるシステムが売りだった。当初こそ前任の女性アナと比較されたが、気取らない鏡田さんのキャラはすぐリスナーに受け入れられた。何より音楽を好んで聞いていた鏡田さんに打ってつけの内容だった。番組には毎月5000通ものハガキが寄せられた。  音楽関係者も注目するようになり、ビッグアーティストが東北でPRキャンペーンを展開するとき、番組を訪れるようになった。  入社7年目の1995年4月には、鏡田さんをメーンMCとするお昼の生ワイド番組「かっとびワイド」がスタートした。  曜日ごとに選ばれた相手役のパーソナリティーはいずれも曲者ぞろい。思ったことは何でも口にする昭和2年生まれの「ハッピーチエちゃん」こと二宮チエさん。豪快なトークが持ち味の演歌歌手・紅晴美さん。鏡田さんの私生活も容赦なくネタにするお笑いコンビ・母心(ははごころ)。  そんなメンバーからの厳しい〝ツッコミ〟に対し、鏡田さんが変幻自在のトークで「笑い」にして返す。にぎやかで予測不能な掛け合いが評判を集め、同社の看板番組となった。その後タイトルを変えながら、25年以上にわたり放送され続けている。  「『鏡田さんの笑い声を聞くと元気が出る』というお便りをたくさんいただきました。私にとっては宝物で、いまも大切に保管してあります」  同番組でのトークが評価され、2002(平成14)年には、放送批評懇談会が主催するギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を、地方局のAMラジオアナウンサーとして初めて受賞した。  2005(平成17)年には、TBSをはじめとするJNN・JRN系列各局の優秀なアナウンサーに与えられる「アノンシスト賞」のラジオフリートーク部門で最優秀賞を受賞。就職活動も新人時代も〝落ちこぼれ〟だった鏡田さんが、全国に認められるアナウンサーとなった。 退社を決断した理由  一方で挫折もあった。東日本大震災・東京電力福島第一原発事故発生直後には、深刻な状況に直面して何も喋れなくなった。3・11から5日後、上司である大和田新アナウンサー(当時)に退職を申し出た。大和田さんにはこう励まされた。  「今はつらいかもしれないけれど、福島県が鏡田の声を必要とするときがきっと来る。それがいつなのか約束できないけど、いまは歯を食いしばって頑張ってくれ」  同社では発災時から350時間にわたりCMをカットして連続生放送を行った。鏡田さんもスタジオに入り、情報を伝え続けた。必死過ぎてそのときの記憶はほとんど残っていないという。  ただ同年5月、郡山市内のホテルで震災・原発事故後初めて開かれたイベントはよく覚えている。紅晴美さんや母心とのイベントに多くのリスナーが集まった。その姿を見て、イベント開始直後から涙が止まらなくなった。これからも自分にしかできない明るい放送をリスナーに届け続けよう――そう決意した。  そんな鏡田さんがこの秋、大きな決断をした。定年退職前にラジオ福島を退社し、フリーアナウンサーとなったのだ。  「4月に編成局長を任されたが、局長職業務を完璧にこなしながら、放送やイベントの仕事をいままで通り続けるのは、自分には難しいと感じました。しばらく考えた結果、アナウンサーとしての仕事を自分のペースで続けたい、という思いが勝った。そのため、会社と話し合って退職を決めました。おかげさまで独立後もラジオ・テレビのレギュラー番組は継続させていただいています」  卓越したMCスキルとアナウンス技術、30年以上の経験、幅広い人脈……これらを備えたアナウンサーは全国でもまれで、一層の活躍が期待されるが、鏡田さんはこう語る。  「ラジオは喋り手が身近な存在に感じられるし、スマホでも聞ける。さらには『ながら聞き』できるなど大きな可能性を秘めている。これからもラジオに関わり続けたいし、テレビでは地域密着型番組も担当しているので、明るい放送で福島県を盛り上げていきたい」  今日もスピーカーから明るい笑い声が流れてきた。太陽のような〝カガちゃん〟の存在が福島県を明るく照らし続ける。

  • 【福島県ユーチューバー】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん

    【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔  テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。 / https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。

  • 石川町長選で落選西牧氏の悪あがき

     2022年8月28日投開票の石川町長選で落選した元職の西牧立博氏(76)が同10月19日、町選管に異議申し出を提出した。無効票に有効票が紛れている可能性や、開票立会人が票の点検を怠ったとして、投票用紙の再点検を求めたもの。町長選では8647人が投票し、有効票8310票、無効票337票。現職の塩田金次郎氏(74)が西牧氏に716票差で再選を果たした。  町選管が再点検を実施したところ、塩田氏の票が3票減って4510票となったが、西牧氏の3797票は変わらず、2022年10月27日に異議申し出が棄却された。正直〝悪あがき〟感は否めず、町民から呆れる声も聞かれる。ただ当の本人は、二度の事件で逮捕されながら、再び町長選に立候補する性格なので、全く気にしていないのかもしれない。  一方でそんな西牧氏に700票差まで迫られたということは、途中で断念した病院誘致をはじめ、塩田氏に不満がある人が少なくないということ。そのことを意識して町政運営を進める必要があろう。

  • 福島市いじめ問題で市側が被害者に謝罪

    福島市内の男子中学生が市立小学校に通っていたときにいじめを受け、不登校になった問題について、本誌2022年4月号「【福島市いじめ問題】6つの深刻な失態」という記事で、詳細にリポートした。  記事掲載後、男子中学生と保護者は市や市教育委員会の対応を巡り、担任の教員や教育委員会などに謝罪を要求。県弁護士会示談あっせんセンターに示談のあっせんを申し立て、2022年10月末、市長と教育長が謝罪することで和解に至った。  福島市は2022年11月22日の記者会見で、木幡浩市長と佐藤秀美教育長が非公式の場で直接謝罪しことを明らかにした。和解の条件として、市が児童らに180万円の解決金を支払い、いじめ問題の関係者を今後処分する。  同日、被害者側も記者会見を開き、男子中学生は「心の傷は治らない」と語った。保護者は「こちらが求める謝罪ではなかった」としつつ、「今後は組織一体となっていじめ問題に対応してほしい」と訴えた。

  • 来春に迫った北塩原村議選2つの注目ポイント

     北塩原村議会議員の任期は2023年4月29日までで、同月中に選挙が行われる予定となっている。  いまの議員は「村として初めての無投票」(ある関係者)によって選ばれ、村民からは事あるごとに「無投票は良くない」といった声が聞かれていた。  そのため、1つポイントになるのは「2回連続の無投票は阻止しなければならない」といった動きだ。  「現職議員の中には、無投票なら出る、選挙になるなら出ない、といった考えの人もいるようです。正直、そういった発想は村民(有権者)を愚弄しているとしか思えない。そんな人がタダで議員になるのを防ぐ意味でも、何とか無投票は避けてほしい」(ある村民)  もう1つは、遠藤和夫村長に近い議員は伊藤敏英議員くらいで、遠藤村長が自派議員擁立に動くか、ということ。  本誌8月号に「北塩原村長辞職勧告決議の背景」という記事を掲載した。同村6月議会で、遠藤村長の辞職勧告決議案が提出され、賛成5、反対2、退席2の賛成多数で可決された。背景にあるのは、介護保険の高額介護サービス費の支給先に誤りがあったこと、支給事務手続きが遅延したことで、その責任を問われた際、遠藤村長からは「自分の責任ではない」旨の発言があった。そのため、議員から「村長の説明は自分に責任がないようなものになっている。この先、事務執行するに当たって誰が責任を取るのか、明確にしておかなければならい」として、村長の責任を追及する動議が出された。その後、辞職勧告決議案が提出されたという流れだ。  その際、遠藤村長は「重く受け止める」とのコメントを残したが、辞職は否定した。同決議に法的拘束力はない。 遠藤和夫村長  そのほか、同議会ではそれに付随するような形で、一般会計補正予算案も賛成3、反対6の賛成少数で否決された。  こうした例があったため、遠藤村長は自派議員擁立に動くのではないか、とみられている。  もっとも、前述したように、明確に遠藤村長派と言える議員は伊藤議員1人だけだが、この間、前段で紹介した辞職勧告決議、一般会計補正予算案の否決のほかに、議案を否決されたのは1、2回あった程度で、表向きは議会対策にものすごく苦心している、というわけではない。  ちなみに、遠藤村長は2020年8月の村長選で初当選し、現在1期目。遠藤村長の妹が菅家一郎衆院議員の妻で、2人は義理の兄弟に当たる。1期目の折り返しを過ぎ、より自分の「カラー」を打ち出すためにも、遠藤村長は自派議員を増やしたいと考えているようだ。  同村は、北山、大塩、檜原の旧3村(3地区)に分かれているが、「遠藤村長は各地区で候補者を立てたい意向のようです」(ある関係者)という。  もっとも、別の村民によると「早い段階で表立って動くと、潰されてしまうから、いまはまだ水面下での動きにとどまっているようです」とのこと。  遠藤村長派の議員の台頭はあるのか、2回連続の無投票を阻止できるのか、この2つが同村議選の注目ポイントになろう。

  • 渡辺義信県議会議長に「白河市長」待望論!?

     白河市長4期目の鈴木和夫氏(73)が2023年7月28日に任期満了を迎える。市長選まで1年を切ったが、現職の動向を含め、まだ目立った動きは見えない。  鈴木氏は早稲田大卒。県商工労働部政策監、相双地方振興局長、県企業局長などを経て、2007年の市長選で初当選を果たした。  県職員時代の経験を生かし、財政再建や企業誘致、歴史まちづくり、中心市街地活性化を進めてきた行政手腕は高く評価されている。初当選時こそ次点の桜井和朋氏と約4000票差の約1万6000票だったが、2回目以降は2万票以上を獲得し、次点に1万票以上の差をつけ、当選を重ねてきた。  とはいえ、さすがに5選ともなると、「多選」のイメージが強くなり、弊害を懸念する声も出てくる。それを見越して、市内では〝後釜〟探しが水面下で進んでいるようだ。  市内の経済人によると、「『県議会議長の渡辺義信氏(59、4期、白河市・西白河郡、自民党)をぜひ次期市長に』という声が同県議の地元である旧東村で上がっている」という。 鈴木和夫氏(上)と渡辺義信氏  渡辺氏は日大東北高卒。自民党県連幹事長などを歴任し、2021年10月、県議会議長に就任した。白河青年会議所理事長、ひがし商工会副会長などを務めた経験から、応援する経済人も多いようだ。  2023年秋には県議の改選が控える。前回2019年の県議選での渡辺氏の得票数は1万0362票。現職・鈴木氏との一騎打ちとなれば勝ち目はなさそうだが、誰も成り手がいないのなら渡辺氏が適任ではないか――こうした〝待望論〟が支持者などから出てきているわけ。  もっとも、身内であるはずの自民党関係者は冷ややかな反応を示す。  「渡辺氏は国政選挙などがあっても真面目に応援してくれない。閣僚が応援演説に来た際も数人しか集められず、慌てて他地区から動員したことがあった。仮に市長選に出ても、(自民党支持者が)一丸となって応援する構図は考えづらい」  こうした声が出る背景には、白河市・西白河郡選挙から満山喜一氏(71、5期、自民党)も選出されており、市内の自民党支持者が二分されている事情もあるのだろう。  渡辺氏本人は周囲に「立候補はしない」と明言しているようだが、渡辺氏の動きを警戒する鈴木氏の後援会関係者からは「鈴木氏にもう1期頑張ってほしい」という声が上がっているようだ。鈴木氏本人も「多選批判」を意識しているだろうが、周囲から立候補を強く要請されれば状況が変わる可能性もある。  市内の選挙通は鈴木氏の立候補について、「市周辺の幹線道路を結ぶ『国道294号白河バイパス』が全線開通間近で、市役所隣接地には複合施設を整備する計画も進んでいる。筋道を立て、その完成を見届けてから引退したい思いが強いのではないか」と見立てを語る。  複合施設は鈴木氏が市長選の公約として掲げていた「旧市民会館跡地の活用」の一環として行われるもので、健康・子育て・防災・生きがいづくり・中央公民館などの機能を備える(本誌2021年6月号参照)。  現在基本設計に着手しているところで、2023年3月に策定し、2026(令和8)年度以降に工事完了予定だ。概算事業費は約35~45億円の見込み。前回市長選の公約に掲げるほど、事業にかける思いは強い。  一方で、同施設に関しては、資材高騰の影響から設計案の見直し(コンパクト化)が進められており、一部で先行きを心配する声も出ている。  そうした問題への対応も含め、鈴木氏の今後の動向が注目される。おそらく年明けに動きが本格化するのではないか。

  • 選挙を経て市政監視機能が復活した南相馬市議会

     任期満了に伴う南相馬市議選(定数22)は2022年11月20日に投開票され、現職19人、元職2人、新人1人が当選した(開票結果は別掲の通り)。  注目は本誌先月号で既報の通り、元市長の桜井勝延氏が立候補したことだった。市議を経て2010年から市長を2期務めたが、14、18年の市長選で現市長の門馬和夫氏に敗れた桜井氏。再び市議を目指すことに市民からは「どれくらい得票するのか」と注目が集まったが、結果は6061票と2位に4123票差をつける圧勝を飾った。  もっとも、当の桜井氏が意識したのは投票率だった。桜井氏は立候補の挨拶回りをする中で、市民が市議会に関心がないことを知り「市議会は市政のチェック機関だが、市議会に関心を持たないと市政に無関心な市民が増えてしまう」と危機感を露わにしていた。自分が立候補することで市民の関心を少しでも市議選に向けさせたいと選挙戦に臨んだが、結果は56・37%で前回(2018年)の55・91%から0・46㌽の上昇にとどまった。  これをどう受け止めるかだが、桜井氏は「思ったより伸びなかった」と評している。2014年の市議選の投票率は59・10%なので、低下に歯止めをかけたのは事実だが、桜井氏の立候補が市民の関心を向けさせるきっかけになったかというと、ゼロではないが起爆剤とはならなかったようだ。  とはいえ、有権者の投票行動には明らかな変化が見られた。  一つ目は、現職の当選者(19人)が全員、前回より得票数を減らしたことだ。少ない人で100票前後、多い人で1100票も減らした。  その分の全てが桜井氏に投じられたかというとそうではない。二つ目の変化は、桜井氏以外にもう1人、元職が当選したことだ。郡俊彦氏は旧鹿島町議も長く務めたベテランだが、2010年の市議選で落選し政界引退。ただ引退後も「わだい」という広報紙を発行し、門馬市政を厳しく批判していた。  実は、郡氏は現職時代、共産党議員として活動していたが、今回の市議選では公認申請せず無所属で立候補した。  「同市の共産党議員は今回6選を果たした渡部寛一氏と落選した栗村文夫氏だが、2人は門馬市政を支える与党のため、郡氏は『共産党として市政をチェックする役目を果たしていない』と不満だったのです。そこで、郡氏はあえて無所属で12年ぶりの市議選に挑み、1163票で返り咲いた。一方、渡部氏と栗村氏は前回より揃って600票以上減らした。2人の減らした分がそっくり郡氏に回ったことで、市内の共産党員が与党として活動する2人を評価していないことが明白になった」(選挙通)  そして三つ目の変化が、初当選した表信司氏の存在だ。表氏は市職員を退職して市議選に挑んだが、実際に門馬市長に仕えて「この市政はおかしい」と問題意識を持ったことが立候補の動機になった。  投票率の上昇はわずかだが、現職全員が得票数を減らす中、桜井氏、郡氏、表氏が当選したのは「今の市議会は門馬市政をチェックできていない」と市民が判断した証拠だ。改選後の市議会がどう変わっていくのか注目される。

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。

  • 郡山の補選で露呈した県議への無関心

     郡山市の政界関係者の間で同市選挙区県議補選(欠員1)の投票結果に注目が集まっている。同補選には前市議の新人佐藤徹哉氏(自民党)と会社経営の新人髙橋翔氏(諸派)が立候補し、内堀雅雄知事が3選を果たした知事選と同じ10月30日に投開票された。  当6万5987 佐藤 徹哉54  1万9532 髙橋  翔34         投票率34・72% 当選した佐藤徹哉氏(上)と髙橋翔氏  表面的な数字だけ見れば、自民党公認で公明党の支援を受けた佐藤氏の大勝は不思議ではない。注目されるのは高橋氏の得票数だ。  「正直、1万9500票も取るとは思わなかった。旧統一教会の問題など岸田内閣に対する反発が自民党公認の佐藤氏には逆風になった」(ある自民党員)  髙橋氏がここまで得票できた要因を、ある保守系の郡山市議は 「髙橋氏はもともと知事選に出ると言っていたのに、告示日(10月13日)になって急きょ県議補選に方針転換した。メディアはその間、知事選の立候補予定者として髙橋氏の顔と名前をずっと報じたからね」  と〝恨み節〟を語っていたが、立候補表明した以上、メディアはその事実を報じざるを得ない。ちなみに本誌も、8月号に「知事選立候補を前提」とした髙橋氏のインタビュー記事を掲載している。  選挙後、髙橋氏に県議補選に変更した理由を尋ねると、次のように説明した。  「知事選は当初、複数の候補者が手を挙げていたが、告示日時点で三つ巴(内堀氏、草野芳明氏、髙橋氏)になった。しかし対現職で考えた時、新人2人が挑むのは現職批判票の分散を招き、私が一つの指針にしている『対立候補の得票率10%』を超えるのは難しい。そこで、私が県議補選に回ることでどちらも一騎打ちの構図とすれば、無投票阻止と得票率10%を同時に目指せると考えた。そもそも市議をそそくさと辞めた人を県議に無投票で当選させることは、一郡山市民として納得できなかった。もちろん、共産党が知事選に候補者を立てていなければ私は確実に出馬しており、県議補選には子育て世代の若手を擁立する予定だった」  そんな県議補選をめぐっては、投票率や無効票にも注目が集まった。  例えば、知事選の郡山市だけの投票率は37・44%、投票総数は9万8614票だったが、県議補選は34・72%、8万5519票で、県議補選の方が投票率は2・72㌽低く、投票総数も1万3095票少なかった。  これは告示日の違いが影響している。すなわち知事選は10月13日、県議補選は同20日だったが、近年は期日前投票が増えているため、先行した知事選は投票したものの県議補選は投票しなかった人が1万3000人超もいたということだ。県議補選への関心の低さがうかがえる。  無効票の数も特筆される。知事選5816票に対し県議補選6910票と、投票総数が知事選より8分の1も少ない県議補選の方が1100票余も多かった。県議補選の投票用紙に「内堀雅雄」と書かかれたケースが散見されたという話もあるが、郡山市選管によると「無効票にそれだけの差がついた理由はよく分からない」という。  地元ジャーナリストはこんな危機感を示す。  「有権者にとって県議はいかに遠い存在であるかが明白になった。当選した佐藤氏は、髙橋氏の急な方針転換で選挙戦となり少しは知名度アップを果たせたかもしれないが、知事選と同日選になったことで、県議への無関心さが露呈した形です」  投票率低下は全国的な傾向だが、2023年秋に控える県議選の本選で有権者の関心をどこまで集められるか。

  • 福島市西部で進むメガソーラー計画の余波

     「自宅の周辺を作業員が出入りして地質調査をしていると思ったら、目の前の農地に開閉所(家庭でのブレーカーの役割を担う施設)ができると分かった。一切話を聞いていなかったので驚きました」(福島西工業団地の近くに住む男性)  同市西部の福島西工業団地(同市桜本)の近くの土地を、太陽光発電事業者がこぞって取得している。東北電力の鉄塔に近く、変電所・開閉所などを設置するのに好都合な場所だからだ。  2022年2月、鉄塔がある地区の町内会長の家をAC7合同会社(東京都)という会社の担当者が訪ねた。外資系のAmp㈱(同)という会社が特別目的会社として設立した法人で、福島市西部の先達山(635・9㍍)で大規模太陽光発電施設を計画している。そのための変電所を、市から取得した土地に整備すべく、町内会長の了解を得ようと訪れたのだ。  町内会長は冒頭の男性と情報を共有するとともに、同社担当者に対し「寝耳に水の話で、とても了承できない」と答えた。  同計画の候補地は高湯温泉に向かう県道の北側で、すぐ西側に別荘地の高湯平がある。地元住民らは「ハザードマップの『土砂災害特別警戒地域』に隣接しており、大規模な森林伐採は危険を伴う。自然環境への影響も大きい」として、県や市に要望書を提出するなど、反対運動を展開している。  そうした事情もあってか、変電所計画にはその後動きがないようだが、2022年3月には、別の太陽光発電事業者が近くの民有地を取得し、開閉所の設置を予定していることが明らかになった。  発電事業者は合同会社開発72号(東京都)で、福島市桜本地区であづま小富士第2太陽光発電事業を進めている。開閉所を含む発電設備の建設、運転期間中の保守・維持管理はシャープエネルギーソリューション(=シャープの関連会社、大阪府八尾市)が請け負う。  発電所の敷地面積は約70㌶で、営農型太陽光発電を行う。営農事業者は営農法人マルナカファーム(=丸中建設の関連会社、二本松市)。2022年7月に着工し、2024年3月に完工予定となっている。  開閉所は20㍍×15㍍の敷地に設置される。変圧器や昇圧期は併設しないため、恒常的に音が出続けるようなことはないという。発電所から開閉所までは特別高圧送電線のケーブルを地下埋設してつなぐ。 開閉所の整備予定地  5月7日には地元住民への説明会が開かれた。大きな反対の声は出なかったようだが、冒頭・予定地の目の前に住む男性は「電磁波は出ないというが、子どもへの影響など心配になる。工事期間中、外部の人が出入りすることを考えると防犯面も気になります」と語った。  前出・町内会長は、一方的な進め方に違和感を抱き、市の複数の部署を訪ねたが、親身になって相談に乗ってくれるところはなかった。  特別高圧送電線のケーブルが歩道の地下に埋設される予定であることを知り、市に「小学生の通学路にもなっているので見直してほしい」と訴えたところ、車道側に移す方針を示した。だが、根本的に中止を求めるのは難しそうな気配だ。  「鉄塔周辺の地権者が応じれば、ほかにも関連施設ができるのではないかと危惧しています」(町内会長)  福島市西部地区で進むメガソーラー計画で、離れた地区の住民が思わぬ形で余波を受けた格好だ。2つのメガソーラー計画についてはあらためて詳細をリポートしたい。

  • 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

    業者を悩ます「費用対効果」 2021年末から断続的に降った大雪で、福島市中心部は除雪が十分に行われない「デコボコ除雪」が問題となった。降雪、気温の低下が続いたことも相まって起きた災害だ。これを教訓に、市は除雪体制強化のため1億2727万円の予算を計上。道路の除雪を担う建設業界は「今季も同じくらい雪が降ると考えなければ」と神経をとがらせている。  気象庁によると、今冬の予報は、気温は東日本で平年並みか低い見込み、福島県を含む北日本でほぼ平年並みの見込み。降雪量は東日本の日本海側で平年並みか多い見込み、北日本の日本海側でほぼ平年並みの見込みとなっている。太平洋側は毎年予報をしていない。あくまで予報である点は念頭に置かなければならないが、少なくとも暖冬ではないということだ。  さらには、世界的な異常気象の原因となり、日本の冬に低温傾向をもたらす「ラニーニャ現象」が12月以降も続く可能性があるという。西高東低の冬型の気圧配置が強まり、寒気が流れ込みやすくなる。  2021年末から2022年初めにかけての大雪は、断続的に降り、低温が続いたため根雪ができた。雪を路肩によけても解けないため、壁のように固まり道路幅を狭め、交通が麻痺した。  2014年以来の大雪に、ツイッターでは《福島市の除雪はやっぱりヘタクソ。国道4号と13号以外はヒドイもんだ。飯坂街道などの主要道路もしっかり除雪すべき。木幡市長、除雪にもっと力を入れてくれ》など、除雪の遅さに苛立つ声が相次いで投稿された。市には2022年2月時点で2340件の苦情が寄せられたという。 なかなか雪が解けない本誌編集部前の道路  「デコボコ除雪」を教訓に、市は1億2727万円の「除雪力強化パッケージ」予算を打ち出した(表)。木幡浩市長は議会で「今回の大雪対応を検証した結果、準備態勢や除雪体制、情報発信などに課題があることを確認しました。それに基づき、2022年度当初予算で除雪力強化パッケージを盛り込み、この冬に向けて除雪力強化に取り組んでいます」と答弁している。  何を揃えたのか見てみよう。中央部に雪掻きが付いた「グレーダー」はこれまで1台のみだったが、新たに1台増やした。グレーダーは雪を寄せるほか、削る機能がある。前面に付いた板で雪を押し分ける「ドーザー」6台と併せ市の維持補修センターが保有する専用車両は現在8台となっている。  雪が積もる前の準備については、凍結防止剤散布車を3台から5台に増やした。また凍結防止剤を自動散布する装置を、スリップ事故が多い伏拝周辺の旧国道4号沿いに6か所設置している。  「生活道路や通学路は地域で」の方針も見える。町内会やボランティア団体を対象に、小型除雪機械購入補助として2021年度と同様に120万円を計上した。11月末現在で5件の申請があり、予算の上限を超えたことから、同じ除雪関連費用を流用しているという。その他には除雪技術向上に関する研修会の参加費として1人当たり1万円を助成する。  市で増やした機器は凍結防止剤散布車やグレーダーに限られ、歩道は地域住民が小型除雪車などを使って除雪することになる。ただ、2021年のような異例の大雪への対応は依然不安が残る。交通麻痺が起きた要因は、車道脇の固まった雪が解けずにいつまでも残っていたからだ。「ロータリー」(写真)で道路そのものから雪をどかさなければならなかった。 道路脇に溜まった雪を除去する除雪車両「ロータリー」  道路の除雪を担う委託業者はどのように備えているのか。市内でも積雪が多い飯坂町を拠点とする信陵建設の斎藤孝裕社長(66)は  「それなりに人員と予算を確保すれば対応できます。問題は、福島市は会津地方ほどの豪雪地帯ではないということ。せっかく用意しても出動する機会がなければ無駄になってしまう」  同社は除雪車を2台持つが、これまではそれで回ってきた。県道では5~10㌢、市道では10㌢の積雪が見込まれると出動するルールになっているが、斎藤社長によると、基準に達しなくても地元業者が自己判断で前もって出動するのが実情という。同社は本社周辺の国道399号の一部、県道福島飯坂線、フルーツラインの一部など5路線計約20㌔を担当している。  「前回は真夜中から出動しても降り続け、掻いても掻いてもきりがありませんでした。除雪車をリースしたり、臨時で人を雇うにしてもだいぶ前から手配しないと間に合いません。交通量や人通りの多い道路から除雪する優先順位もあり、家の前の除雪が後回しになった住民からは『何で来ないんだ』と言われました。ただ、すべての業者ができる限りの対応をしていることは理解してほしい」(斎藤社長)  同社では新たに8㌧除雪車の購入を考えたが、相場は1000万円ほど。前回ほどの大雪が毎年降るのかどうか判断が付かず、出動しなくても維持費や車検代がかかることを考えると、なかなか手が出せないという。半導体不足で中古車の相場も新車とほとんど変わらない。どこまで行っても、「豪雪地帯でない福島市でどこまで用意する必要があるか」が問題のようだ。 建設業の人手不足、人口減が重しに  除雪にかかわらず建設業界は人手不足が付きまとう。同社では、除雪車のオペレーターを2人募集しているが集まらない。給与を上げて再募集をかけているが、それでも厳しいという。  地元の道路の雪掻きは近くの住民が協力するのが原則だが、地方経済の沈下で自営業は衰退。居住地近くで働き、除雪作業に参加できる人も少ないだろう。地域の力でやるといっても、町内会を構成するのは高齢者ばかりで、体力の衰えた高齢者が主体となればなるほど除雪作業も事故が増えていく可能性がある。どこを削り、その分、どこを費やすか。雪害対策も人口減少でままならない状況が垣間見える。

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    会計検査院報告を読み解く  会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。

  • 会津地方の農家を襲う「8050問題」

    「息子のために農地を売る」老親の覚悟  80代の老親と50代のひきこもりの子が孤立や困窮に直面する「8050問題」が進行している。会津地方のある農家は、自分の死後も病気を抱える一人息子の生活を支えようと、なけなしの田を売ることを考えたが法律の壁に阻まれた。一方で米価は下落し収入も減り、老親自身も今の暮らしで手一杯。農家の8050問題を追った。  「私は息子のために農地を売りたいが、売るのを阻まれています」  会津地方に住む農家の80代男性はため息をつく。妻と40代後半の一人息子と3人暮らし。息子は高校中退後、働きに出ず、ずっと家で過ごしている。  80代の老親と50代のひきこもりの子に関わる社会問題「8050問題」が顕在化している。進学や就職に失敗したことなどをきっかけに、家にこもって外部との接触を断つひきこもりが長期化。さらに、高齢となった親の収入が途絶えたり、病気や要介護状態になったりして経済的に一家が孤立・困窮することで起こる。孤立死や「老老介護」の原因ともなりうる。  人口の多い団塊の世代が80代を迎え、その子らの第二次ベビーブーム世代が50代を迎える時、社会に与える影響は大きいと見込まれる。ただ、40~50代はバブル崩壊後の就職氷河期で「割を食った」世代。採用を抑制され、新卒時に就職先に恵まれなかったこともあり、一概に失敗を「個人の努力不足」に帰することはできない。  冒頭で嘆いた男性の息子は、10代で精神疾患を発症した。その影響からか、人とうまくなじめず不登校になったという。家族が疾患と分かったのは高校中退後だった。  「もっと早く気づいてあげたかった」(男性)  息子は現在、医療機関に通い、週2回、支援者が訪問サービスに訪れている。  「息子は調子が良い時は農業を手伝ってくれます。薬が合っているのか、最近は以前よりも体調が良いようです。車は運転できないが、自転車を使って1人で買い物に行っています。私がいなくなってもお金さえあればなんとかなると思う」(同)  規則正しく食事も取るようになった。少しずつ復調し、農業の手伝いなど自分のできることから始めようとする息子を見て、最後まで支えなければという気持ちが強くなった。  「息子は障害年金を受け取っていますが、月数万円ではとてもじゃないが暮らしていけない。私もいつ死ぬか分からない。それまでに1000万円以上は用意してあげたい。やはり最後はお金です」(同)  男性は1000万円を国民年金基金に積み立てたいと考えている。そうすれば約10年後、自分が亡くなっても60歳になった息子には月約7万円が支給されるという。国民年金基金は自営業、無職、フリーランスが対象の1号被保険者が保険料を上乗せして払い、受給額を多くする制度だ。  だが、男性が元手にできるのは農地しかない。今は約16反(1万5800平方㍍)で米を作っているが、米価は下落し、苗代や肥料、農業機械の維持費、固定資産税などを考えると赤字で、助成金で埋め合わせているという。  「田んぼをやっているのは、手を入れなくなると雑草で荒れてしまうからです。周囲の田畑に迷惑がかかるし、何しろ笑われてしまう。息子が米を作ることはないだろうから、できれば売ってしまいたい」(同)  採算が合わないのに同調圧力で仕方なく米を作っているが、そのまま農地を残せば息子にとって負債となる。だから、処分して金に換えたいというわけ。  男性は宅地にしたり、太陽光発電施設の設置業者に売却しようと考えたが、農地を転用するには農業委員会の許可が必要になる。同委員会に申し出たが「他の人が(男性の農地を取得して)農地を広げる可能性がある」と認められなかったという。  「米が値下がりしている中、わざわざ新たに田んぼを買う奇特な人がいるとは思えない。作っても手間ばかりで、儲けはほとんどないんですから。農業委員会に『農地として買う予定の人がいるのか』と尋ねても答えてくれませんでした」(同)  自分の寿命はそれほど残されていない。元気に動けるのはあと10年もないだろう。農業委員会の許可は今後得るとして、まずは業者に売却する算段を付けようとした。  太陽光発電施設の設置業者をネットで調べ電話した。東京や名古屋から複数の業者がすぐに飛んできた。営業社員の男は調子が良かった。「米を作っていたということは日当たりが良いってことです。つまり太陽光発電にもうってつけなんですよ。会津は太陽光の宝庫です」と前のめりだったが、農業委員会の許可が下りそうもないことが分かると、見切りを付けて去っていった。 「太陽光の宝庫」と発電事業者から評される会津地方の田園  男性は現在も地元の農業委員会に通っているが、「それは県農業委員会に聞いてほしい」「東北農政局じゃないと分からない」などとたらい回しにされているそうだ。 「残された時間は少ない」  なぜ、ここまで農地売却に固執するのか。それは息子のために売れる資産がそれしかないからだ。  「国は国債を際限なく発行して借金があるでしょう? 頼りになりません。自分たちの身は自分で守らないと」(同)  他人を頼る気持ちにはなれない。周囲に不信感がある。10年ほど前に近隣で連続不審火があった。原因が分からなかったため、犯人探しが始まった。「無職で家にいるアイツ(息子)じゃないか」とウワサされたという。世間はいつも、息子をこう見ていたのかと知った。周囲がとても冷たく感じられたという。  「事情を知らない役所の人は、年寄りが息せき切って土地を売ろうとしている様子を陰で笑っているんでしょうね。でも、私には残された時間が少ない。『分からず屋』と言われても、息子のために動かなければならないんです」(同)  このまま農地を売却できないことも十分想定される。筆者は男性亡き後の息子の独り立ちを考え、市町村の相談窓口や成年後見制度を紹介したが、男性はしばらくすると、また農地を売却するための方法を熱心に探り出した。「どうしても売れなくて困っている」。農地売却には高い壁が立ちはだかるが、困難であればあるほど、男性の生きる「最後の目標」になっているようだ。

  • 【会津若松・喜多方・福島】市街地でクマ被害多発のワケ

    専門家・マタギが語る「命の守り方」  2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 「第8波」に入った新型コロナ

    相馬市の陽性者分析で見えた対策  相馬市は今夏の新型コロナ「第7波」の感染者(陽性者)の詳細な分析を行った。その内容を紹介・検証しつつ、すでに到来しつつある「第8波」に向けて、どのような対策が有効かを考えていきたい。  11月23日時点での国内のコロナ感染者累計数は2409万4925人、死者数は4万8797人。およそ5人に1人がこれまでに罹患している計算になる。1日の感染者数で見ると、今夏の「第7波」と言われる感染拡大の中で、7月下旬から8月下旬にかけて連日20万人を超える新規感染者が確認された。その前後でも、1日に10万人から15万人の感染者が出ている。  県内で見ると、11月23日時点でのコロナ感染者累計数は24万9359人、死者数は335人。およそ7人に1人が感染している計算で、国内平均よりは低い。1日の感染者数が最も多かったのは、2022年8月19日で3584人。その前後で、2000人越え、3000人越えの日が相次いだ。7月下旬から9月上旬までが「第7波」に位置付けられる。  その後は、少し落ち着き500人から1000人弱の日が続いたが、11月中旬ごろからまた増え始めている。11月22日は3341人、23日は3191人と、過去最高に迫っている。すでに「第8波」が到来していると言えそうだ。  政府(新型コロナウイルス感染症対策本部)は、11月18日までに「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合の対応について」をまとめた。いわゆる「第8波対策」である。  基本方針は「今秋以降の感染拡大が、今夏のオミクロン株と同程度の感染力・病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず、社会経済活動を維持しながら、高齢者等を守ることに重点を置いて感染拡大防止措置を講じるとともに、同時流行も想定した外来等の保健医療体制を準備する」というもの。  住民は、これまでと同様、3密回避、手指衛生、速やかなオミクロン株対応ワクチン接種、感染者と接触があった場合の早期検査、混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出などを控える、飲食店での大声や長時間滞在の回避、会話する際のマスク着用、普段と異なる症状がある場合は外出、出勤、登校・登園等を控える――等々の基本的な対策が求められる。  「第8波対策」で、これまでと大きく変わったところは、「外来医療を含めた保健医療への負荷が相当程度増大し、社会経済活動にも支障が生じている段階(レベル3 医療負荷増大期)にあると認められる場合に、地域の実情に応じて、都道府県が『医療ひっ迫防止対策強化宣言』を行い、住民及び事業者等に対して、医療体制の機能維持・確保、感染拡大防止措置、業務継続体制の確保等に係る協力要請・呼びかけを実施する」「国は、当該都道府県を『医療ひっ迫防止対策強化地域』と位置付け、既存の支援に加え、必要に応じて支援を行う」とされていること。  つまり、都道府県の判断で「医療ひっ迫防止対策強化宣言」を行い、営業自粛、移動自粛などの要請ができるということだ。  こうして「第8波」に向けた対策や基本方針が定められる中、相馬市が「第7波」の感染者について詳細な分析を行ったものが今後の参考になりそうなので紹介・検証したい。  ちなみに、同市の立谷秀清市長は、医師免許を持っており、地元医師会との意思疎通が図りやすいほか、全国の医師系市長で組織する「全国医系市長会長」を務め、他市の医療体制・感染状況などの情報交換がしやすいこと、全国市長会長を務め、比較的頻繁に国と意見交換ができる環境にある、といった強みがある。 ワクチンの効果  別表は、同市で「第7波」で陽性判定を受けた人の「陽性者数と陽性率」、「年代別、ワクチン接種回数別の陽性者と陽性率」、「陽性者の症状」をまとめたもの。  まず、陽性者数と陽性率だが、ワクチン適正回数接種者は対象2万8355人のうち、陽性者1260人で、陽性率は4・4%、適正回数未接種者は対象5157人のうち、陽性者916人で、陽性率は17・8%となっている。なお、ワクチンの適正接種回数は60歳以上が4回、12歳から59歳が3回以上、5歳から11歳が2回。  こうして見ると、ワクチンを適正回数接種した人は、していない人に比べて、陽性率が4分の1程度になっていることが分かる。  立谷市長は「ブレイクスルー(ワクチンを適正回数接種しても感染するケース)はあるものの、ワクチンの効果はあることが証明された」と説明した。  年代別で見ると、若年層の適正回数未接種者の陽性率が高い傾向にあることが分かる。若年層は、注意をしていても、人が集まる場に行く機会が多い、移動機会が多い、といった理由から、感染リスクが高くなると言われているが、それが裏付けられたような結果だ。対象的に、高齢者は適正回数接種者の陽性率は1・86%、それ以外でも10%以下と低くなっている。高齢者や基礎疾患がある人は重症化のリスクが高まるとされていることなどから、十分注意していることがうかがえる。  一方、陽性者の症状を見ると、94・8%が軽症となっており、無症状を含めると、99%以上が無症状・軽症になる。残りの0・8%は中等症Ⅰ、Ⅱで重症はゼロ。なお、厚生労働省が作成した「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」によると、中等症Ⅰは「呼吸困難、肺炎所見」、中等症Ⅱは「酸素投与が必要」とされている。  立谷市長は以前の本誌取材に「ウイルス側も寄生するところがなくなったら生存できないわけだから、オミクロン株などに形を変えて『広く浅く』といった作戦に切り替えてきた。それをわれわれ人間がどう迎え撃つか。その戦いだ」と語っていたが、まさにそういった状況になっていることが分かる。 立谷市長  「今後、『第8波』が来る。年末年始で人の動きが活発になるということもあるが、基本的にこうしたウイルスは厳冬期は活性化しますからね」(立谷市長)  もっとも、対策としては「これまで継続してやってもらっている基本対策(消毒、マスク着用、密回避など)と、早期のワクチン接種しかない。『第8波』が来る前に、11月上旬からワクチン接種を実施している」(立谷市長)とのことで、そこに尽きるようだ。 ◎新型コロナ体験談 郡山市に住む50代男性。妻、子ども3人、義父母と暮らしています。 最初に感染したのは高1の娘。11月初めの夕方、高校に迎えに行くと喉がイガイガすると言う。まさかコロナじゃないだろうなと思いながら念のため車の窓を開けたが、娘も私もマスクを外していた。すると翌日、娘は咳をし出して発熱。病院でPCR検査を受け、陽性と判定された。 その2日後、私の体調に異変が表れた。喉がイガイガし、翌朝さらに酷くなった。次第に乾いた咳をするようになり、熱は38度台半ばに達した。抗原検査キットで陽性を確認。頭痛、寒気、関節の鈍い痛み等にも襲われ、寝るのもしんどい。解熱剤を服用してようやく眠れたが、その後、微熱と平熱を3、4日繰り返した。頭痛や寒気は翌日収まったが、喉のイガイガと咳は6日ほど続いた。寝過ぎた際に頭がボヤーっとする感じもしばらく残った。 私が発症した2日後には小学4年の次男も同じ症状に見舞われたが、幸い他の家族には広がらず、3人の感染で食い止めることができた。 私はワクチンを3回接種し、4回目の予約を検討しているところだった。インフルエンザに罹った時よりは辛くなかったが、できればもう感染したくないですね。

  • 【FSGカレッジリーグ】仮想空間で授業を実施

     専門学校グループ「学校法人国際総合学園 FSGカレッジリーグ」(郡山市)は1984(昭和59)年の開校以来、38年間積み上げてきた指導ノウハウと、2万0900人以上の卒業生ネットワークによる学生支援体制を備え、若者の学び場の充実を図り続けてきた。同グループは5校57学科で構成されており、東北最大級の規模を誇る。  グループ校の一つ、国際アート&デザイン大学校では9月、米国発メタバース「Virbela(バーベラ)」の日本向けプラットフォーム「GIGA TOWN(ギガタウン)」を活用した実証授業を実施した。専門学校としては初の試み。  メタバースとはインターネットの中に構築された仮想空間のこと。自分自身の分身(アバター)を操作して他者と交流できる。ゲームなどで使われてきたが、近年はビジネスシーンでの利用も進んでおり、今後の成長が見込まれている。  同校は「ギガタウン」の日本公式販売代理店・㈱ガイアリンク(長野県)と連携。学生らはアバターを使って「ギガタウン」での授業に参加し、事例研究、ゲーム、ディスカッション、グループ発表などを行った。  参加した学生からは「実際にその場で授業を受けているような臨場感があり、楽しかった。テーブルごとに個別通話できたり、画面を複数に分けて資料を提示できるなど、さまざまな機能があり、使いやすかったです」との声が聞かれた。  実証授業は学生の夢や目標達成のためのスキル、コミュニケーション力を育む目的で行われたもの。同校では5月にも、ICT関連やデジタルコンテンツ分野の教育機関を運営するデジタルハリウッド㈱(東京都)と連携し、アバター生成・操作のアプリケーションを使用した実証授業を行っている。  同グループでは教育のICT化を進める「Ed―Tech推進室」が中心となって、ICT技術・デジタル化を活用した効果的な授業の在り方を検討しており、同校の授業に積極的に取り入れている。  例えば、同校コミックマスター科では県内で初めて、アニメーション制作ソフト「Live2D」を授業に導入した。同ソフトは低コストで原画の画風を保ったアニメーションが制作できることから、家庭用ゲームやスマートフォンアプリに多く使用されている。同校は「Live2D」モデル作成ソフトライセンス無償貸与の教育支援プログラム認定校に県内で唯一指定されているため、授業での使用が可能となった。  一方でアナログテクニックを身に付ける実習も充実させており、どんな現場にも対応できる即戦力のスペシャリストの養成に努める。  ICT関連の資格取得も全力で支援しており、「PhotoShop(フォトショップ)クリエイター能力認定試験」の合格率は100%を誇る。さらにCGクリエイター検定の文部科学大臣賞を全国で唯一3年連続受賞している。  同グループが目標として掲げているのは「ONLY1、No・1」の教育実績。今後もコロナ禍以降本格的に導入したICT教育を発展させる形で、メタバースを活用した授業を推進し、学生一人ひとりのニーズに沿った教育を行うことで、夢の実現をサポートしていく考えだ。

  • 京都・仁和寺で「カラー絵巻」一般公開

    デジタル技術で蘇る戊辰戦争の風景 双葉町出身学芸員が解説  京都を代表する古刹・仁和寺で、明治時代に作られた「戊辰戦争絵巻」のデジタル彩色版が12月8日まで一般公開されている。福島県と何かと関係が深い戊辰戦争だが、その絵巻がなぜいま京都の寺院でカラー化されて公開されたのか。双葉町出身の学芸員に、その背景や一般公開の見どころを解説してもらった。  仁和寺は888(仁和4)年、宇多天皇が先帝の光孝天皇の遺志を継いで創建した寺院で、真言宗御室派の総本山。1994(平成6)年にユネスコの世界遺産に登録された。境内に咲く遅咲きの「御室桜」が有名で、和歌などにも詠まれている。 仁和寺金堂  皇族や公家が出家して住職を務める門跡寺院で、歴代天皇の厚い帰依を受けたことから、優れた絵画・書籍・彫刻・工芸品が数多く所蔵されている。創建当時の本尊である「阿弥陀三尊像(国宝)」をはじめ、国宝12件、重要文化財48件、古文書数万点を保存・管理している。  そんな同寺院の所蔵物の一つである「戊辰戦争絵巻」をデジタル彩色するプロジェクトが進められている。  戊辰戦争の幕開けとなった1868(明治元)年の「鳥羽伏見の戦い」を描いた絵巻で、全39場面。幅31㌢、長さは上下巻合わせて約40㍍。  「歴史資料に光彩を与えたことで、情報がより写実的になりました。例えば紅蓮の炎や血色染まる兵士の姿は、視覚的に凄惨さを増しましたが、その痛ましさに想像力を持って向き合うことで、絵巻に描かれていることは『物語』ではなく『歴史』であるという気づきをもたらすのではないか、と思います」  デジタル彩色の狙いについて、こう解説するのは双葉町出身の仁和寺学芸員・朝川美幸さんだ。  1971(昭和46)年生まれ。双葉高校、東洋大文学部卒。立命館大学大学院文学研究科博士前期課程を修了。年数回開催される仁和寺霊宝館名宝展の企画・展示を担当。共著に『もっと知りたい仁和寺の歴史』(東京書籍)がある。小さいころに真言密教に興味を抱き、仏教のことを学び続けている専門家だ(本誌2018年1月号参照)。  朝川さんによると、仁和寺と戊辰戦争のつながりは深い。仁和寺第30世の純仁法親王は1867(慶応3)年に還俗(出家した人が俗人に戻ること)し、仁和寺宮嘉彰(にんなじのみやよしあきら)親王と名を改めた。その後、征夷大将軍に任命され、鳥羽伏見の戦いで新政府軍を率いた。出陣の際には仁和寺に仕えていた坊官や寺侍が警備に回った。  明治の世になってから、時代の転換点となった戦争を記録し、その事実を絵巻として残すことになった。戦争体験者の東久世通禧伯爵と林友幸子爵が計画し、1889(明治22)年に完成。明治天皇に献上された。1891(明治24)年には保勲会がモノクロ、木版画の複製品を若干部制作し、仁和寺などに寄贈した。  ただ、制作数が少なく事実を広く知ってもらうには至らなかったことから、絵巻の一部を新たに着色し、『錦の御旗』と改題して一般向けに刊行した。  今回のプロジェクトは、仁和寺に所蔵されていた絵巻(複製品)を超高精細スキャンによりデジタル化。『錦の御旗』や解説本の記述、専門家などの考証を参考に彩色し直して、原寸大で和紙に印刷するものだ。  デジタル彩色は「先端イメージング工学研究所」(京都市左京区)代表理事で、京都大学名誉教授の井手亜里さんが率いるプロジェクトチームが担当。10カ月かけて彩色を行い、ようやく完成した。 デジタル彩色のメリット  絵巻の撮影に同席し、一部の絵巻の解説文執筆も担当した朝川さんはこう説明する。  「超高精細デジタルスキャニング技術で撮影したことで、現物を何度も広げずに済み、画像を拡大してより細かい描写を読み解けるようになりました。保存・分析、両面でメリットがあったと思います。また、着色したことで、戊辰戦争の様子をイメージしやすくなり、幅広い方に興味を持っていただきやすくなったと思います」 仁和寺霊宝館で解説する朝川さん  完成したデジタル彩色絵巻は2022年12月3~8日まで「令和絵巻に見る仁和寺と戊辰戦争」特別展で一般公開される。デジタル彩色絵巻と元来の絵巻(複製)の比較展示のほか、デジタル彩色絵巻をタッチパネル式の画面で見ることができる。好きな場所を指定して拡大することで高精細な画像の閲覧が可能。またオリジナル映像を視聴するコーナーも設けられている。12月3日には、絵巻に合わせて講談師・神田京子さんが講談を行うライブも開かれた。 ジタル彩色された「戊辰戦争絵巻」の一部(上は「第二図会津藩伏見上陸」、下は「第十三図征討大將軍節刀拜受」=画像:先端イメージング工学研究所提供)  同プロジェクトは文化庁の「Livng History(生きた歴史体感プログラム)促進事業」に採択されている。文化庁は京都への移転準備を進めており、2023年3月27日にはいよいよ業務が開始される。移転の目的は東京一極集中の是正に加え、「文化の力による地方創生」、「地域の多様な文化の掘り起こし・磨き上げによる文化芸術の振興」というもの。デジタルの力を使い地方の寺院に眠る歴史的資料の価値を磨き上げる同プロジェクトは、象徴的な活動と言えよう。  一般公開は期間限定であり、福島から離れているので、気軽には行けないかもしれないが、仁和寺は何かと福島に縁のある場所。世界遺産の建物や所蔵物が展示されている霊宝館(期間限定公開)はもちろん、春は桜、秋は紅葉が美しい観光スポットでもある。機会があればぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

  • 【第2弾】【田村市・贈収賄事件】積算ソフト会社の「カモ」にされた市と業者

      田村市で起きた一連の贈収賄事件。受託収賄・加重収賄の罪に問われている元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品や接待を受けていた。本誌は先月号で、元職員が漏らした非公開の土木事業単価表が積算ソフト会社に流れたと見立てていたが、裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた。調べると、仙台市に本社があるこの会社は宮城県川崎町でも全く同じ手口で贈収賄事件を起こしていた。予定価格の漏洩が常態化していた田村市は、規範意識の低さを積算ソフト会社に付け込まれた形だ。  元職員への賄賂の経路は、贈った市内の土木建築会社ごとに「三和工業ルート」と「秀和建設ルート」に分かれる。本稿では執筆時点の11月下旬、福島地裁で裁判が進行中で、同30日に役員に判決が言い渡される予定の「三和工業ルート」について書く。  「三和工業ルート」は単価表をめぐる事件だった。公共工事の入札に当たり、事業者は資材単価を工事に合わせて積算し、入札金額を弾き出す。この積算根拠となるのが、県が作成し、一部を公表している単価表だ。実物をざっと見ると半分以上が非公表となっている。ただし都道府県が市町村に単価表を提供する際は、すべての単価が明示されている。  問題は、不完全な単価表しか見られない業者だ。これを基に他社より精度の高い積算をしなければ落札できない。そこで、事業者は専門の業者が作成する積算ソフトを使ってシミュレーションする。積算ソフト会社にとっては、精度を上げれば製品の信頼度が上がり、商品(積算ソフト)が売れるので、完全な情報が載っている非公表の単価表は「のどから手が出るほど欲しい情報」なのだ。  一方で、三和工業は堅実で業績も安定しており、自社の落札のために単価表入手という危ない橋を渡ることは考えにくい。こうした理由から、本誌は先月号で、積算ソフト会社が三和工業役員に報酬をちらつかせて単価表データの入手を働きかけ、役員が元市職員からデータを漏洩させたと見立てた。果たして裁判で明らかとなった真相は、見立て通り、積算ソフト会社社員の「依頼」が発端だった。  11月9日の「三和工業ルート」初公判では、元市職員の武田護被告(47)=郡山市=と同社役員の武田和樹被告(48)=同=が出廷した。2人は旧大越町出身で中学時代の同級生。和樹被告は大学卒業後、民間企業に勤めたが、父親が経営する同社を継ぐため2014年に入社した。  次第に積算業務を任されるようになったが、専門外なので分からない。そこで、相談するようになったのが護被告、そして取引先の積算ソフトウェア会社「コンピュータシステム研究所」の社員Sだった。  公判で言及されたこの会社をあらためて調べると、仙台市青葉区に本社を置く「株式会社コンピュータシステム研究所」とみられることが分かった。法人登記簿や民間信用調査会社によると、1986(昭和61)年設立。資本金2億2625万円で、コンピュータソフトウェアの企画、開発、受託、販売及び保守、システム利用による土木・建築の設計などを行っている。建設業者向けのパッケージソフトの開発が主力だ。   代表取締役は長尾良幸氏(東京都渋谷区)。同研究所ホームページによると、東京にも本社を置き全国展開。東北では青森市、盛岡市、仙台市に拠点がある。「さらなる積算効率の向上と精度を追求した土木積算システムの決定版」と自社製品を紹介している。  実は、田村市の事件は氷山の一角の可能性がある。同研究所は他の自治体でも単価表データの入手に動いていたからだ。  2021年6月30日、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、町内の建設業「丹野土木」男性役員(50)、そして同研究所の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報7月1日付より、年齢役職は当時。紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同年12月28日付の同紙によると、3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、同27日に仙台地裁から有罪判決を受けている。町職員は懲役1年6月、執行猶予3年、追徴金1万2000円(求刑懲役1年6月、追徴金1万2000円)。丹野土木元役員と同研究所社員にはそれぞれ懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)が言い渡された。  判決によると、2020年11月24日ごろから21年4月27日ごろまでの6カ月間、町職員は公共工事の設計や積算に使う単価表の情報を提供した謝礼として元役員から役場庁舎などで6回にわたり商品券計12万円分を受け取った。贈賄側2人は共謀して町職員に情報提供を依頼して商品券を贈ったと認定された。1回当たり2万円払っていた計算になる。  田村市の事件では、三和工業役員の和樹被告が、2020年2月ごろから21年5月ごろまで、ほぼ毎月のペースで元市職員の護被告から単価表データを受け取ると、同研究所のSに渡した。Sは見返りに会社の交際費として2万円を計上し、和樹被告に14回にわたり計28万円払っていた。和樹被告は、毎回2万円を護被告と折半していた。田村市の事件では、折半した金の動きだけが立件されている。川崎町の事件と違い、和樹被告とSの共謀を立証するのが困難だったからだろう。それ以外は手口、1回当たりに払った謝礼も全く同じだ。  共謀の立証が難しいのは、和樹被告の証言を聞くと分かる。2019年12月、Sは「上司からの指示」としたうえで「単価表を入手できなくて困っている」と和樹被告に伝えた。積算業務の素人だった自分に普段から助言してくれたSに恩義を感じていたという和樹被告は「手伝えることがある。市役所に同級生がいるから聞いてみる」と答えた。翌20年1月、和樹被告は護被告に頼み、「田村市から出たのは内緒な」と注意を受けて単価表データが入ったCD―Rを受け取り、それをSに渡した。Sからもらった2万円の謝礼を「オレ、なんもやっていないから」と護被告に言い、折半したのも和樹被告の判断だという。   一連の単価表データ入手は、川崎町の事件で同研究所の別の社員が2021年6月に逮捕され、同研究所が「コンプライアンス強化」を打ち出すまで続いた。逮捕者が出て、ようやく事の重大性を認識したということか。  田村市で同様の手口を繰り返していた護被告は、川崎町の事件を知り自身に司直の手が伸びると恐れたに違いない。捜査から逃れるためか、今年3月に市職員を退職。そして事件発覚に至る。  単価表データを入手する活動は、同研究所が社の方針として掲げていた可能性がある。裁判で検察は、SがCD―Rのデータを添付して上司に送ったメールを証拠として提出しているからだ。  本誌は、同研究所に①単価表データを得る活動は社としての方針か、②自社製品の積算ソフトに、不正に入手した単価表データを反映させたか、③事件化した自治体以外でも単価表データを得る活動を行っていたか、など計8項目にわたり文書で質問したが、締め切りの11月25日を過ぎても回答はなかった。  川崎町の事件から類推するしかない。河北新報2021年12月5日付によると、有罪となった同研究所社員は《「予想した単価と実際の数値にずれがあり、クレーム対応に苦慮していた。これ(単価表)があれば正確なデータが作れる」と証言。民間向け積算ソフトで全国トップクラスの社の幹部だった被告にとって、他市町村の発注工事の価格積算にも使える単価表の情報は垂ぜんの的だった》という。積算ソフトにデータを反映させていたことになる。  一方、田村市内のある建設会社役員は「積算ソフトの精度は向上し、製品による大きな差は感じない。逮捕・有罪に至る危険を冒してまで単価表データを入手する必要があるとは思えない。事件に関わった同研究所の社員たちは『自分は内部情報をここまで取れるんだぞ』と営業能力を示し、社内での評価を高めたかっただけではないか」と推測する。  事件は、全国展開する積算ソフト会社が、地縁関係が強い地方自治体の職員と地元建設業者をそそのかしたとも受け取れるが、だからと言って田村市は「被害者面」することはできない。公判で護被告と和樹被告は「入札予定価格を懇意の業者に教えることが田村市では常態化していた」と驚きのモラル崩壊を証言しているからだ。  全国で熾烈な競争を繰り広げる積算ソフト会社が、ぬるま湯に浸かっていた自治体に狙いを定め、情報を抜き取るのはたやすかったろう。川崎町や田村市以外にも「カモ」と目され、狙われた自治体があったと考えるのが自然ではないか。同市の事件が氷山の一角と推察される所以である。 【田村市・贈収賄事件】第1弾の記事は下記です。 https://www.seikeitohoku.com/tamura-city-bribery-case/