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福島第一原発事故

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)

    原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容