ticker
注文のご案内
注文のご案内
財政指標は良化、独自の「創造性」はイマイチ 人口減少・少子高齢化など、社会・経済情勢が大きく変化する中、国は1999年から「地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立」を目的に、全国的に市町村合併を推進してきた。いわゆる「平成の大合併」である。県内では90市町村から59市町村に再編された。本誌では2021年12月号から5回に分けて、合併自治体の検証を行った。一方で、県内では「平成の大合併」に参加しなかった自治体もある。それら自治体のいまに迫る。今回は桑折町・国見町編。 2006年1月1日、伊達郡の伊達、梁川、保原、霊山、月舘の5町が合併して伊達市が誕生した。当初、この合併議論には、桑折町と国見町も参加しており、「伊達7町合併協議会」として議論を進めていた。 ただ、2004年8月に桑折町の林王喜久男町長(当時)が合併協議会からの離脱を表明した。その背景にあったのは、合併後の事務所(市役所本庁舎)の位置。伊達7町合併協議会は事務所の位置に関する検討小委員会で、「新市の事務所は保原町とする」と決定した。それが同年8月11日のことで、それから約2週間後に開かれた桑折町議会合併対策特別委員会で、林王町長は合併協議会からの離脱を表明したのだ。 離脱の理由について、林王町長は①合併に対する基本的な考え方が満たされない、②行政圏域と生活圏域が一致しない、③町民への説明責任が果たせない――等々を明かしていた。とはいえ、当時、同合併協議会の関係者の間ではこんな見方がもっぱらだった。 「伊達地方は(阿武隈川を境に)川東地区と川西地区に分かれ、前者の中心が保原町、後者の中心が桑折町。合併協議が進められる過程で、両町による合併後の主導権争いがあった中、新市の事務所の位置が保原町に決まった。それに納得できない桑折町は『だったら、参加しない』ということになった」 桑折町は旧伊達郡役所が置かれ、「伊達郡の中心は桑折町」といった矜持があった。にもかかわらず、合併後の事務所は保原町に置かれることになったため、離脱を決めたというのだ。 同年9月に正式に離脱が決まり、以降は「伊達6町合併協議会」と名称を変更して、議論を進めることになった。 ところがその後、同年11月に行われた国見町長選で、「合併を白紙に戻す」と訴えた佐藤力氏が当選した。当時、現職だった冨永武夫氏は、県町村...
桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。 食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。 その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。 昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。 町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。 古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。 いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。 いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザ...
財政指標は良化、独自の「創造性」はイマイチ 人口減少・少子高齢化など、社会・経済情勢が大きく変化する中、国は1999年から「地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立」を目的に、全国的に市町村合併を推進してきた。いわゆる「平成の大合併」である。県内では90市町村から59市町村に再編された。本誌では2021年12月号から5回に分けて、合併自治体の検証を行った。一方で、県内では「平成の大合併」に参加しなかった自治体もある。それら自治体のいまに迫る。今回は桑折町・国見町編。 2006年1月1日、伊達郡の伊達、梁川、保原、霊山、月舘の5町が合併して伊達市が誕生した。当初、この合併議論には、桑折町と国見町も参加しており、「伊達7町合併協議会」として議論を進めていた。 ただ、2004年8月に桑折町の林王喜久男町長(当時)が合併協議会からの離脱を表明した。その背景にあったのは、合併後の事務所(市役所本庁舎)の位置。伊達7町合併協議会は事務所の位置に関する検討小委員会で、「新市の事務所は保原町とする」と決定した。それが同年8月11日のことで、それから約2週間後に開かれた桑折町議会合併対策特別委員会で、林王町長は合併協議会からの離脱を表明したのだ。 離脱の理由について、林王町長は①合併に対する基本的な考え方が満たされない、②行政圏域と生活圏域が一致しない、③町民への説明責任が果たせない――等々を明かしていた。とはいえ、当時、同合併協議会の関係者の間ではこんな見方がもっぱらだった。 「伊達地方は(阿武隈川を境に)川東地区と川西地区に分かれ、前者の中心が保原町、後者の中心が桑折町。合併協議が進められる過程で、両町による合併後の主導権争いがあった中、新市の事務所の位置が保原町に決まった。それに納得できない桑折町は『だったら、参加しない』ということになった」 桑折町は旧伊達郡役所が置かれ、「伊達郡の中心は桑折町」といった矜持があった。にもかかわらず、合併後の事務所は保原町に置かれることになったため、離脱を決めたというのだ。 同年9月に正式に離脱が決まり、以降は「伊達6町合併協議会」と名称を変更して、議論を進めることになった。 ところがその後、同年11月に行われた国見町長選で、「合併を白紙に戻す」と訴えた佐藤力氏が当選した。当時、現職だった冨永武夫氏は、県町村...
桑折町中心部の町有地で、食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園の整備が進められている。ところが、工事途中で、地中から廃棄物が発見されたという。 食品スーパーなどの進出が計画されているのは、桑折町の中心部に位置する福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸と表記)跡地。2001(平成13)年に同工場が操業終了し、約6㌶の土地を町が所有してきた。 その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園を整備。残りの約2・2㌶を活用すべく、公募型プロポーザルを実施し、町は一昨年5月末、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会を最優秀者に決定した。 昨年3月に町といちいの間で定期借地権設定契約を結び、同年8月にいちいが契約している建設会社が造成工事をスタートした。だが、そこから間もなくして、地中から産業廃棄物が出土、現在は工事がストップしているという。実際に複数の建設業関係者が、敷地内に積まれた廃棄物を目撃している。 町産業振興課に確認したところ、「出土したのはコンクリートがらや鉄パイプなど。町が同地を取得した時点ではそういうものはないと聞いていたし、写真も残っている。福島蚕糸の前に操業していた郡是製糸(現・グンゼ)桑折工場のものである可能性が高い。取得時にはそこまでさかのぼって調査をしていませんでした」と語った。 古い建物となればアスベストなどの有害物質を含んでいた可能性も考えられるが、出土量も含め、その詳細は明らかにされていない。契約では処分費用をいちいがすべて負担することになっているようだが、「数千万円はかかるだろう。町有地から出てきた廃棄物処分費用をすべて負担させるのはいかがなものか」(県北地方のある経済人)と見る向きもある。 いちいに問い合わせたところ、「同計画の担当者がいないので詳細については答えられない」としながらも、「予想外の事態なので、工期の遅れなどが発生する恐れもあるが、町と連携しながら法律に則って対応していく」と述べた。松葉福祉会の担当者は「いちいから報告は受けており、開業に向けての支障はないと聞いている」と回答した。 いちいのスーパーとアウトドア施設は2023(令和5)年秋、松葉福祉会の認定こども園は2024(令和6)年4月に開園予定となっている。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザ...