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  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

    【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

    【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    意見書から読み解く住民の〝意思〟 ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    意見書から読み解く住民の〝意思〟 ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟