相馬市尾浜の市営松川浦環境公園に隣接する私有地の湿地で、埋め立て工事が計画されている。地元住民や環境団体、相馬双葉漁協は「生活環境が悪化する」、「自然環境が損なわれる」などの理由で反対している。事業者側の担当者を直撃すると、反対意見に対する〝本音〟をぶちまけた。
〝騒いでいるのは一部〟とうそぶく事業者
松川浦は太平洋から隔てられた県内唯一の「潟湖」。震災・原発事故後、ノリ・アサリの養殖は自粛を余儀なくされたが、現在は復活。2020年には浜の駅松川浦がオープンし、同市の観光拠点となっている。一帯は県立自然公園に指定され、多様な自然環境が維持されている。
埋め立て工事が計画されているのは、そんな松川浦県立自然公園内の北西部に当たる同市札ノ沢の私有地。大森山、市松川浦環境公園(旧衛生センター跡地)に隣接する約2㌶の湿地で、松川浦とは堤防で隔てられているが、水門でつながっている。
もともと同湿地を所有していたのは、東京都在住の野崎節子氏(故人)で、〝野崎湿地〟と呼ばれている。かつては絶滅危惧Ⅰ類のヒヌマイトトンボの生息地として知られていたが、津波でヨシ群落が壊滅して以来、確認できなくなった。
「ただ、2022年に県が実施した動植物調査結果によると、レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に登録されている植物・昆虫・底生生物が10種以上確認されています。同公園の中でも重要な希少種の生息域です」(かつて野崎氏から同湿地の管理を任されていた環境保護団体「はぜっ子倶楽部」の新妻香織代表)
そうした中で昨年9月、所有者である野崎氏の親族から同湿地を取得したのが、同月に設立されたばかりの合同会社ケーエム(宮城県気仙沼市、三浦公男代表社員)だ。資本金100万円。事業目的は不動産賃貸・売買・仲介・管理、鉱物・砂利・砂・土石、各種建材の販売など。
三浦氏は64歳で、北部生コンクリート(宮城県気仙沼市)の社長でもある。1983年設立。資本金4000万円。民間信用調査機関によると2022年9月期売上高5億8000万円、当期純利益9000万円。
県立自然公園では自然環境に影響を及ぼす恐れのある行為が規制される。ただ、同湿地は県への届け出で土地開発が可能となる「普通地域」で、埋め立ては禁止されていない。ケーエムは11月8日、県に届け出を提出。市には工事の進入路などに市有地を使う許可申請をした。
同17日には、市松川浦環境公園の管理業務を受託するNPO法人松川浦ふれあいサポート(菊地三起郎理事長)の役員を対象とした説明会が開かれた。説明会を担当したのは北部生コンクリートの子会社で、運搬事業を担うアクトアライズ(宮城県仙台市宮城野区、三浦公男社長)。説明会は同法人関係者以外の人にも開放され、県議や市議、住民、漁業関係者、環境団体関係者など約30人が出席した。
説明会の参加者によると、同湿地取得の目的はケーエムの事務所用地の確保。横浜湘南道路(首都圏中央連絡自動車道=圏央道の一部)の建設工事で出た残土など約7万立方㍍で湿地を埋め立てる。土は汚染物質を検査した後、船で相馬港まで運び、車両で現地に運び込む計画だ。
当日出た意見は「汚染されていないか不安になる」、「ノリやアサリは原発事故後、苦難の中で復活した。新たな風評被害が生まれると困る」、「絶滅危惧種が多く生息している場所を埋め立てないでほしい」、「松川浦環境公園は環境省のみちのく潮風トレイルの始発点(終着点)でもある場所。ここの景観を壊すことは大変な損失になる」など。慎重な対応を求める意見が大半だったという。
12月10日には地元住民を対象とした説明会が開かれたが、この前後に新聞報道が出たこともあり、反対意見が続出したようだ。
さらに同12日には地元の細田地区会が工事への反対を決議し、立谷秀清市長に要望書を提出。同日、松川浦周辺の宿泊施設でつくる市松川浦観光旅館組合も、立谷市長に反対の申し入れを行った。同19日には相馬市の相馬双葉漁協が「埋め立てにより周辺の漁場が将来にわたり影響を受ける」として、市に埋め立て反対を申し入れた。
一方、12月4日には、前述した工事の進入路などに市有地を使う許可申請について、NPO法人松川浦ふれあいサポートが「住民への説明が不十分で、地域として不安と不信があることから、市の行政財産使用許可を控えるべき」とする意見書を立谷市長に提出した。
埋め立て計画に対し反対一色となっており、こうした反応を受けて県や市も慎重な姿勢を見せている。
県(知事)は県立自然公園内の「普通地域」の土地開発届け出があった際、風景を保護するために必要があると認められる場合、30日以内に土地開発の禁止・制限、期間延長などの措置を命じることができる。
県自然保護課の担当者は「特に法令違反などはなかったので、措置を命じることはありませんでした」としながらも、「地元住民の理解促進に努め、自然環境への影響を考慮するよう要請しました」と話す。
市長は反対意見尊重
相馬市の立谷市長は前述した私有地の使用許可をめぐり、NPO法人松川浦ふれあいサポートの意見書を受け取った際、「地域にとって重要な土地に関して、住民の理解が得られない以上、市として行政財産使用を許可できない」と述べた。
12月7日に開かれた相馬市議会12月定例会の一般質問でも、中島孝市議(1期)の質問に答える形で「現時点で公共の利益または公益性が認められないことに加え、地域住民の理解を得られておらず、意見書が寄せられていることを踏まえると、市は使用許可については不適切と考えています」と答弁した。
市執行部は「説明会で多数の住民から不安の声が寄せられたことを踏まえ、事業者に対し、埋め立てようとしている土地に不適切なものが混入していないか、そのことによって長年にわたり弊害が起きないか、丁寧な説明を求めてきた。また、県から意見書を求められたので、①周辺環境の保全に十分配慮すること、②長期的な環境への影響が発生した際の責任や対応態勢を明確にすること、③住民の理解を得ないまま工事に着手しないこと――などの意見を表明した。以前、相馬中核工業団地東地区に不適切な残土が運搬された苦い経験(汚染物質を含む残土が運搬された。〝川崎残土問題〟と呼ばれている)もあることから意見書を提出した」と説明した。
中島市議が「市は環境基本条例を制定している。環境面への影響を考えて、市が先頭に立って反対すべきではないか」と質したのに対し、立谷市長は「許認可権は県が持っている。反対運動を演出(主導)するようなことは慎みたいが、反対の声が多ければ十分尊重する」と話した。
こうした中で、それでも事業者は埋め立て計画を強行するのか。12月11日、土地を所有するケーエムに代わって〝窓口役〟を務める前出・アクトアライズの福島営業所(浪江町)を訪ねたところ、伊藤裕規環境事業部長が取材に応じた。
――野崎湿地を取得したケーエムとはどんな会社か。
「北部生コンの三浦公男社長の個人会社。当初、湿地は個人で取得するつもりだったが、経費を精算するために会社を立ち上げた。この事務所自体は10年ぐらい前に設置しました(アクトアライズは2022年設立なので、関連会社の事務所という意味だと思われる)」
――埋め立て計画について住民から反対の声が上がっている。
「一部の人が騒いでいるだけ。環境団体や共産党の関係者がわーっと来て質問しているだけで、多くの地元の人は辟易している。NPO法人松川浦ふれあいサポートや相馬双葉漁協などの〝まともな人〟は『特に反対意見はないが、埋め立てた後にどう利用されるのか気になる』とのことだったので、必要なエリア以外は相馬市に寄贈することも含めて検討しています」
――「一部の人が騒いでいる」というがどんなことを言っているのか。
「弊社のダンプが狭い道を猛スピードで走行していて、運転手に注意したら逆に暴言を吐かれた――とか。各車両にGPSが付いているので、具体的にどこであったことなのか教えてほしいと言ってもあやふやな答えしか返ってこない。運転手一人ひとりに確認したが、注意されたという人は一人もいなかった。埋め立て計画を止めるための完全な言いがかりでしょう。地元で活動する環境団体関係者から『(約2万平方㍍の湿地と)私が所有する100坪(331平方㍍)の田んぼと交換しましょう』と意味不明な提案をされ(※)市議らから『市長に金を渡して埋め立てを決めたというウワサも出ている』などめちゃくちゃなことも言われた。名誉棄損、威力業務妨害に当たる行為もあったので、今後の対応について弁護士と相談しています」
※環境団体関係者は「野崎湿地だけは避けてほしい。どうしても事務所建設用地が必要ならば100坪の土地を提供してもいい」と提案したとのこと。
――野崎湿地は希少生物がいるので自然環境保護の観点から埋め立ては控えるべきとの意見がある。
「現場に行ったら自転車や冷蔵庫が捨ててあり、引っ張り上げた。環境が大事というのならまずごみ拾いからやるべきではないか。希少なトンボが生息しているというが、調査の結果、いまはいなくなったとも聞いている。自然環境保護といっても完全に主観の話になっている」
「裁判も辞さない」
――そもそもどういう経緯で湿地を取得したのか。
「(北部生コンクリート本社がある)宮城県と(アクトアライズ福島営業所がある)浪江町をつなぐ中継地点かつ物流拠点である相馬港周辺の土地を探す中で、不動産業者からあの場所(野崎湿地)を紹介された。僕らは車を止める場所として300坪だけ購入するつもりだった。ただ、前の所有者(野崎氏の親族)に『一括して購入してほしい』、『子どもが落ちたら危ないので埋め立ててほしい』と依頼され、2㌶分を購入して埋め立てることにした。地元の学校関係者にも『埋め立ててもらった方がいい』と言われ、行政区長からも了解を得たので計画したまでです」
――運び込まれる土に対する不安は大きいようだ。
「まるで汚染土でも運び込むように言われているが、神奈川県横浜市の道路工事現場で、NEXCOがシールドマシンを使ってトンネルを掘り出した際に出てきた普通の土ですよ。仮にその辺の山から土を持ってきても重金属など有害物質が入っている可能性がある。うちは公共工事の土しか扱っていないので、もし汚染物質が混入していたら、排出者である自治体やNEXCOに責任を取ってもらうだけです」
――今後の見通しは。
「年が明けたらNPO法人松川浦ふれあいサポートに跡地利用のビジョンを示し、そのうえで市に再度市有地を使う許可申請を行う。それでも市が同意できないというなら裁判も辞さない考えです」
取材時点では「(反対しているといっても)一部住民が騒いでいるだけ」とかなり強気の姿勢を見せていた伊藤氏だが、前述の通りその後、細田地区会、市松川浦観光旅館組合、相馬双葉漁協、NPO法人松川浦ふれあいサポートなどが反対意見を表明している。
学校関係者は埋め立てに賛意を示したとのことだが、あらためて市教委に確認したところ、「中村二小、中村二中とも説明を受けただけと聞いている。事実と異なる」という(後日、アクトアライズの営業課長に電話取材したところ、「教頭と面会したのは私だ。間違いなく『埋め立ててもらった方がいい』と言っていた」と主張していた)。
細田地区会にも確認したが、津野信会長が「反対決議は班長など30人ほどが集まって決めた。一部の人の声だけで決めたわけではない。実際にダンプのドライバーに注意して暴言を吐かれた人もいる」と反論した。
〝まともな人〟と評価されていたNPO法人松川浦ふれあいサポートの菊地理事長は「特定の政党や特定の団体と意見を共にする考えはない」と強調しつつも「現在の環境のまま残してほしいというのがわれわれの思いだ」と話した。
双方の主張がすれ違っており、どちらが正しいか判然としないが、いずれにしても「一部の人が騒いでいるだけ」とは言い難い状況と言えよう。一方で、「自然環境保護をうたうわりに、粗大ごみが放置されていた」という指摘は、事実であれば地元住民や環境団体にとって耳が痛い指摘ではないか。
世界・国の流れと逆行
福島大学共生システム理工学類の黒沢高秀教授(植物分類学、生態学)は「ネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せること)を推進する世界・国の流れと逆行した動きであることを残念に思います」と述べる。
「2022年、生物多様性条約第15回締約国会議で世界目標『昆明・モントリオール生物多様性枠組』が採択され、昨年3月には『生物多様性国家戦略2023―2030』が閣議決定されました。同月、県が同戦略を反映した『第3次ふくしま生物多様性推進計画』を策定しています。にもかかわらず、県は従来と変わらないスタンスで県立自然公園内の埋め立てを容認し、相馬市も地元自治体として意見を言う機会があったのに動かなかったことになります」
黒沢教授によると、松川浦県立自然公園はもともと全国的に著名な景勝地で、1927(昭和2)年には東京日日新聞・大阪毎日新聞の企画で日本百景にも選ばれたという。だがその後、埋め立て・護岸工事が進む中で岸辺の風景が消失していき、戦後は景勝地選定から外れた。
「風景を大切にしないことが観光客・経済的価値の減少、生態系サービスの享受の低下につながり、そのことでさらに風景を大切にしない傾向が強まる〝負のスパイラル〟に陥っているようにも見える。今回の問題をきっかけに、松川浦の風景の重要性があらためて認識され、風景保全や再生が進み、全国的な景勝地としてのステータスを取り戻す方向に進むことを望みます」(同)
12月20日、相馬市議会12月定例会最終日には、同市議会に寄せられた野崎湿地の埋め立て中止を求める陳情が請願として採択され、市議会として埋め立てに反対する決議が議決された。
アクトアライズは報道に対し、「地域住民の理解を得て進めていきたい」と取り繕ったコメントをしているが、前述の対応を聞く限り本音は違うのだろう。ちなみに、住民説明会参加者から「しっかりしていて信頼できる人」と評されていた同社の営業課長にも電話取材したが、やはり「反対しているのは一部の人」という認識を示した。
同湿地埋め立て計画に対し、県と相馬市はどう対応していくのか。地元住民や各団体は自然保護のためにどうアクションするのか。今後の動きで生物多様性に対するスタンスが自ずと見えてきそうだ。
※はぜっ子倶楽部の新妻代表は「メンバーで協力してお金を出し合い土地を買い取り、県に管理してもらう考えだ」と明かした。